台本と進行

 フランクリンがオーディションで八百長しようとして、FMKの敵を絶対に許さないウーマンと化したトレちゃんにボコされた日の翌日。昨日あんなことがあったにも関わらず、FMKは通常営業の穏やかなバタバタとした日常に戻っていた。

 穏やかなのにバタバタという部分に大いなる矛盾を感じなくもない。が、適度にバタついてるのがFMK的には普通なせいで、ちょっとくらい騒がしくないと俺が落ち着かなくなっているというだけの話である。


 そんなこんなで本日はFMK初となる案件配信の日。

 事務所には企業様から指名された3人が集まっていた。


「いいかお前ら、案件だからって必要以上に気負うことはないが、でも絶対に気を緩めて適当な発言をして企業側に迷惑を掛けたりしないよう気を付けるんだぞ」


「うぃ~~~~」


「委細承知いたしましたわ」


「りょーかいデス!」 


 事務所の会議室。

 俺が一応の注意喚起を呼びかけると、三者三様の返事が返って来た。

 約1名ムカっとする返事をしてきたヤツが居るが、そいつが一番の問題児である金廻小槌こと丸葉一鶴だ。


 トレンドの秋服をオシャレに着こなす一鶴は、黙って何もせずに彫刻のように固まっていてくれさえすれば、そんじょそこらの雑誌モデルにも引けを取らないくらいの容姿の持ち主なのにな。

 口を開けば金、ギャンブル、金、ギャンブル。残念美人にもほどがある。


 その上、俺に対する態度まで適当なのはいただけない。

 別に代表を敬えなんて偉そうなことを言うつもりはない。

 しかし締める所はキチンと締めてしかるべきだと俺は思っている。

 もうすぐ2期生が入ってきて先輩になるわけだし。もうちょっと模範となるような態度を身に付けていただきたいものだ。


「一鶴、返事くらいはちゃんとしようぜ」


「はいはい」


「はいは一回な」


「は~~~~~~い」


「無駄に伸ばすな」


「は」


「極端に短い!」


「なによ、急に小姑みたく口煩くなっちゃって。気ぃ張り過ぎじゃないの代表さん? ほら、リラックスリラックス。オーディションの選考作業が忙しくてイラつくのは分かるけど、所属ライバーに当たるのは良くないわよ。姫ちゃんとトレちゃんもそう思うわよね?」


「ですわね」


「デース」


「あれ? 俺が悪い流れになってる? 嘘だろ?」


 俺の反応に3人娘がクスクスと笑い合う。

 俺を玩具にして遊びやがって、仕方のない奴らだ。


 しかしまあ、一鶴の言う通り、忙しさと懸案事項が多すぎて若干ストレスが溜まっていたのは事実でもある。

 そこらへんをあまり表に出さないよう俺も気を付けるとして、本題に入らせてもらう。


「念のため、何が起こるか分からないしお前らは何をしでかすか分からないから、案件配信の段取りを改めて確認するぞ」


「信用ナイデスネ」


「まるでわたくし達が、今まで何かしでかした事があったかのような口ぶり。心外ですわ」


「ねー、あたしら今日まで頑張ってFMKを盛り上げてきただけなのにね。代表さんには伝わってなかったかぁ」


「悲しいデース」


「3対1は俺に勝ち目無さ過ぎるからやめない? そして話が永遠に進まなくなるから、ちょっと一旦静かにしような?」


 仕切り直し。


「今回案件で紹介するのは【ドゥームズガールΘリィンカーネイション】ってゲームだ」


「そっからおさらい? 流石にタイトルぐらいもう覚えてるわよ」


「配信開始時刻は今日の19時からだから……あと1時間後だな。時間厳守で頼むぞ」


「茶々入れたのに無反応ね」


「ソウイウ対応をサレルト、どこまで無視出来るのかタメシテみたくナルデスヨネ」


 真面目に話を聞け。


 ちなみに配信は事務所のスタジオでやってもらうことになっている。

 もう既に3人とも事務所にインしているので、流石にここから配信に間に合わないということはないだろうが、こんな状況でも油断ならないのがこの3人だ。


「で、配信の流れは事前に渡してある台本通りに進行すればいいだけだから、そう難しく考えなくてもいいぞ。配信画面に映すスライドなんかは自分達で操作してもらうが、設定はこっちでもう済ませてあるから、あとは配信ソフトをポチポチするだけで切り替えられる」


「至レリ尽くセリデース」


「あとゲーム内で現在実施中のキャンペーンについての告知だけは絶対に忘れないようにな」


「今ならログインするだけでSSRキャラが貰えるってやつ?」


「そうだ。それと、どのプラットフォームから遊べるかって情報も忘れずに」


「PCとスマホですわ」


「正解、偉いぞ姫様。で、しつこいようだがゲームに対してマイナスイメージになるような発言は絶対にNGだからな。それをやったら今後FMKに案件が来なくなる可能性だってあるんだから、絶対の絶対にやらないように」


「フリデス?」


「振りじゃなーい!」


「おお、怒ってる怒ってる」


「深呼吸ですわよ、代表様」


 クソ、こいつら……こうなったら最後の手段だ。


「おい、七椿」


「はい」


 俺が呼ぶと、それまで黙々と隣で作業していた七椿が眼鏡を光らせた。

 立ち所に静かになるバカ3人。


「代表が真面目な話をしている時に、いくら何でもふざけ過ぎです。代表は甘いので皆さんに強く言う事はあまり有りませんが、だからといっていつまでも騒いでいて良い事にはなりません。そこは分かっていますか?」


「「「はい……ごめんなさい」」」


 やっぱりFMKの無法共を黙らせるには、七椿のお説教が一番だな。

 案件の台本だって、七椿がゲームの下調べをした上で作ってくれたわけだし。

 俺は心底七椿の存在に感謝するのだった。

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