2人目の闖入者

 キャロライン・M・シルバーチェインという名前をググると普通に色々情報が出て来た。

 合衆国大統領マイケル・F・シルバーチェインの一人娘。19歳。大学生。ネットに転がってる顔写真を見る限り、かなりの美人。ネットによると典型的なギフテッドで、若くして様々なビジネスに着手。どの分野でも成功を収めて、年齢に見合わない個人資産を保有しているとかなんとか。

 最近支持率低下気味らしいマイケル大統領だが、その父親に過ぎたるものが娘のキャロラインだと言われているほどのようだ。本多忠勝かな?


 で、その人生勝ち組街道まっしぐらなキャロラインが、何をどう間違ったのか日本の新興VTuber事務所であるFMKに応募してきたらしいのだ。


「いや、なんで?」


「ワタシに聞かれテモ知らんアル」


「右にオナジクデース」


 蘭月とトレちゃんが知ってるはずもない。


『実は私もそれを知りたくて、わざとフランクリンを釣る餌の中にキャロラインを残したのですよね。bd、興味津々です』


 ポンコツAIに至ってはもう滅茶苦茶だ。

 元はと言えばお前のせいでややこしくなってるんだからな?

 まあ、それも込み込みでbdをFMKに入れると決めたのだから、そんな後悔は今更だけど。


 俺は溜息を一つ吐いてから、申し訳なさそうにデカい図体を出来るだけ小さくして椅子に座っているフランクリンに視線を向ける。


「フランクリン、もうちょっと詳しく事情を説明してくれ。最近は大統領の娘までスパイ活動してるのか?」


 ここ数ヶ月で色んな意味でぶっ飛んだ連中に関わって来たお陰で、今更大統領の娘がリアル007だと言われても驚かない自信がある。


「だからそういうのじゃない。お嬢は、ただ純粋にこの事務所に入りたがっている。それだけだ」


 しかしフランクリンから返って来た答えは、もっと普通で当たり障りのないシンプルなものだった。


「シンヨウ出来ないデス」


 トレちゃんは取り付く島もないくらいバッサリと切り捨てる。


「ナニを企んデルカ分かったものジャナイデスヨ、考えるマデもナク失格にスルべきデス」


「マァ、背負うヒツヨウの無いリスクをカカエルのは愚かネ。ワタシもトレインに同意アル」


 蘭月とトレちゃんの言う事は尤もだ。

 だがもしも、フランクリンの発言が真実だった場合はどうか。

 キャロラインはFMKに興味を持って応募してきてくれているにも関わらず、大統領の娘だからという理由だけで理不尽にオーディションから落とされることになる。


 生まれと親だけは誰にも選べない。

 そこだけは、本人の努力ではどう足掻いても覆せない。

 キャロラインは一見全てが手に入る勝ち組のように思えるが、彼女もまた親という鎖に繋がれた存在であるとも言える。

 それがなんとなく、俺や瑠璃の境遇とダブってしまい、俺はどうしても蘭月とトレちゃんの意見に賛同することが出来なかった。


「フランクリン。キャロラインは、どうしてFMKに応募しようと思ったんだ?」


 気付けば俺は、そんな質問をフランクリンにぶつけていた。

 トレちゃんが何か言いたげに口を開こうとしていたが、なんとか我慢して思い止まってくれたようだ。助かる。


「お嬢は元々日本のサブカルが好きだからな、その流れでVTuberにも興味を持ったんだろう」


 だろう、ということはその部分についてはフランクリンの推測なのだろう。

 そして俺が聞きたいのはVに興味を持った経緯についてじゃない。


「だがVTuber事務所なんてここ以外にも沢山あるだろ。ここよりもっと規模がデカくて有名な事務所なんていくらでもある。なのにキャロラインが選んだのはFMKだ。キューブのある、な。トレちゃんが言うように、俺もキャロラインがキューブを狙っているようにしか見えない」


 だが、と俺は続ける。


「だが、もし本当にキャロラインがFMKでVになりたいと思ってくれたのなら、ここじゃなきゃダメな理由があるはずだろ? 応募者データの志望動機には『FMKこそが私に相応しい事務所だと思ったから』なんて抽象的なことしか書いていない。何故FMKが自分に相応しい事務所だと思ったのか、俺はそこを知りたいんだ」


「だったら」


 と、フランクリンが溜めて言う。


「直に話して本人の口から直接聞けばいいだろ?」


 挑発的な態度でフランクリンが笑う。が、直後に両隣のWコスプレ娘に凄まれて笑顔が消えていた。


 直接、ね。

 それはつまり、1次選考を通過させて、2次選考以降の通話面談やらなんやらで本人に直接理由を聞けってことなのだろう。


「…………分かった」


 俺はしばらく考えてから、そう頷いた。


「代表さん!!!」


 声を荒げるトレちゃんを、俺は手を挙げて制してやる。


「トレちゃんの気持ちは分かるが、一旦この件は俺に預けてくれ」


「それは、お嬢は1次選考通過ってことで良いのかい?」


 結論を急ぐフランクリンに、俺は首を横に振る。


「それは今から決めることだ。とりあえず、他の受験者同様ちゃんと審査をして通過させるかどうかを判断する。勿論、ここで上がったスパイ疑惑とかは評価に含めないと約束する」


「助かる、その配慮だけで十分だ」


 深々と頭を下げるフランクリン。

 スキンヘッドが眩く光る。


 というか、今回はbdが興味本位を無駄に働かせたお陰で、たまたま撒き餌として1次選考に入れていたが(その後蘭月に落とされてたっぽいけど)、最初の時点でbdフィルターに弾かれてたらどうするつもりだったのだろうか。

 いや、その程度の次善策くらいは用意していたと考えるのが自然か。専用フォームを通していない応募データを紛れ込ませるとか、手段はいくらでも考えられる。どっちにしろbdに見つかってトレちゃんにチクられていただろうけど。

 そう考えると、フランクリンがトレちゃんに投げられるのは確定事項だったワケだ。可哀そうに。


「代表さんは甘すぎデス……」


 トレちゃんは、俺の決定に不服そうに頬をぷくーっと膨らませた。

 トレちゃんは今日も可愛いですね。


「カカカっ! そこがボスの魅力ナンジャないアルカ? ホラ、ニンゲン短所があった方が親しみをモテルって何かに書いていたアル」


「短所扱いかよ。ともかくそういうことだから、俺のPCにキャロラインのデータを送っといてくれ」


 そうしてこの件は一旦終息した。

 その後、俺は厳正なる審査の上で、キャロラインを1次審査に合格させることになる。


「ゼッタイにまんまと乗せられてるデス」


 トレちゃんの言う通り、まんまと乗せられる形で。


 ■


「へー、そんなことがあったんすね」


 フランクリンとキャロラインが行おうとした不正の話を聞いて、鞍楽は適当な相槌を打ってきた。

 流石にトレちゃんが大暴れした部分とか、キューブに関係する話は全部端折った上で鞍楽には話して聞かせている。

 鞍楽が得た情報は、あくまでも知り合いを合格させようとしたスタッフが居て、その知り合いがキャロットキャロラインだったということだけだ。


「しかし大統領の娘と知り合いのスタッフが居るなんて、FMKはやっぱすごいっすね!」


 すごいって感想で済ましてくれる鞍楽に感謝だな。

 もうちょっと頭の切れるヤツだったら、明らかにおかしな話だって勘付いただろうし。

 コイツがアホで良かった。


「で、そのキャロットが、FMKがこうなってる遠因になったってのはどういうことっす?」


「それは――」




「それは私の口から直接説明させてもらおうかしら?」




「「!?」」


 バーン! と、事務所の入り口が開いた。

 って、なにこのデジャブ。

 さっきも鞍楽がこんな感じで事務所に飛び込んで来たんだけど、まさか……。


 つかつかつかと、小気味良い足音を鳴らしながら、事務所の中にブロンドの女が入ってくる。


 ラフな格好をしたアメリカのティーンエイジャー。

 しかし自信に溢れる立ち姿とオーラが、彼女の歳を一回りも二回りも大きく誤認させている。

 上に立つ者の気質とでも言うべきだろうか。そういう否応なしに相手を委縮させる迫力が彼女から発せられていた。或いはその迫力は、俺が彼女の親を知っているが故の色眼鏡なのかもしれないが。

 ともかくブロンドの女は、勝手に事務所の中に入って来て、止める間もなく勝手に空いてる席に座った。


「誰っすか?」


「……キャロット」


「この人がっすか」


「誰かニンジンよ。でも好きに呼ぶと良いわ、キャロットでもキャロルでもキャロラインでも、お好きにね」


 さらっと本名も添えて来たが、鞍楽は「キャロットが良いっす!」と元気に応じていた。


 そう、彼女こそがアメリカ合衆国現大統領の一人娘、キャロライン・M・シルバーチェインなのだった。

 そのキャロラインが、どうしてこのタイミングで事務所を訪ねてきたのかは一切不明なのだが。


「待て、キャロル。何しに来た?」


「為すべきことを成しに」


 キャロルの言は要領を得ない。

 自信満々にドヤ顔で言われても困る。


「分かるように言ってくれ」


「FMKに潰れてもらっては困るから、力になろうと思って駆け付けたの。これで満足?」


 キャロラインは、そう宣言して偉そうに足を組んだ。


「なんとか現状を打破しようと画策してるのよね? それくらい見なくても分かるわ。だから、この私が力を貸してあげる。それが問題解決に向けて最も確実なファクターだということは、説明しなくても理解出来るわよね?」


 マジかよ。

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