冒頭には死体を、結末にはフランクリンを

 10月半ば。

 2期生オーディションが始まって早くも2週間が経過していたが、FMK事務所はそれなりに修羅場の様相を呈していた。


 言ってしまえば普通に多忙。スタッフが俺含めて4人しかいない中で、数千にも及ぶ応募をひとつひとつ丁寧に審査しているのだから当たり前と言えば当たり前だ。

 応募締め切りまであと2週間、ようやく折り返し地点に入った現時点での応募総数はなんと8948。もう既に1期生の時の倍以上だ。ヤバイわよ!


「だがこの地獄の選考作業も慣れて来れば何も感じなって来るもんだ。俺達運営スタッフは毎日死んだ魚のような目をしながら、ヒヨコのオスとメスを選別するくらい機械的に順調に作業を進めて行っているのだった」


「またボスがブツブツ言いナガラ作業シテるアル」


「リーダー、アンタ疲れてるんだぜ」


 蘭月とフランクリンが不憫そうな目で俺を見て来るが、2人が思ってるほど俺は疲れてはいない。

 むしろ気力が充実してやる気に満ち溢れているくらいだ。


 出だしから応募者が爆発していたことに対し、始めは何か裏があるんじゃないかと疑心暗鬼になっていた俺も、2週間の間に色々と考えを改めていた。

 これだけ応募があるって事は、やっぱりFMKは人気があるってことなんだろう。

 超絶絶好調、上り調子の伸び盛り。

 こうなったら俺も気合いを入れて頑張らねばって感じだ。


 具体的にどうして急にこんな前向きになったのかは自分でも分からないが、人間の気分なんて山の天気みたいなものだって誰かが言ってたしそんなもんだろう。あ、それは女心だったっけ? はっはっは、まあなんでも良いか。


「今度はヒトリでニヤニヤしてるアル」


「一昨日からあんな調子だが、本当に大丈夫なのか? ここのリーダーは。場合によってはキューブを回収しなきゃならない俺の身にもなってくれよ」


「オマエもオマエで苦労人アルネ」


 ■


「なんでその時の代表は変なテンションだったんすか? おクスリっす?」


「やってねえよ、胡乱な目で見るな」


「じゃあなんでっすか?」


「それが本当に分かんないだよ、自分でも」


「スタッフの会話を聞く限り、その日の一昨日になんかあったっぽいっすけど」


「……実を言うと、その一昨日の記憶が無いんだよ」


「無い?」


「なんかすっぽり抜け落ちてるっていうか、朝事務所に向けて自宅を出たとこまでは覚えてるんだが、気付いたら帰宅しててベッドで寝てた」


「おクスリっす……!」


「おい待て、どこに電話しようとしてる。俺のことはいいから、それよりも話の続きをさせろ」


「はいっす」


 ■


「ヘイ! 蘭月&フランクリン! 話に夢中で手が止まってるぜ!?」


「うわっ、コッチにハナシカケてきたアル」


「本当に大丈夫かこのリーダー」


 2人から奇異なモノを見る眼を向けられて、俺は少しだけ気分を鎮める。

 あと七椿の視線が怖かったから声のボリュームも落とした。


「2人共進捗はどんなもんだ?」


「ボチボチアルヨ」


 蘭月は頬杖を付いて、こっちを見もしないでそう答えた。

 視線はモニターに固定したまま、高速でマウスを動かしてカチカチクリックを繰り返している。

 背後に回り込んでモニターを見やると、片っ端から自己PR動画を開いては、冒頭5秒くらいを見てから全部不可のフォルダに突っ込んでいた。


「判断早すぎないか?」


「こんなタイリョウに応募者がイルのに、イチイチ全部を最後マデ見てタラ先に寿命がきちゃうアル。動画の掴みでココロを掴んで来ない輩は、モンドウムヨウでゴミ箱にシュー! ネ」


 蘭月審査員はどうやら効率厨として覚醒してしまったらしい。

 かなりドライな事を言っているが、しかし蘭月の言ってることも分からんでもない。

 

 動画だろうが配信だろうが、掴みというヤツは重要だ。

 リスナーは人生の貴重な自由時間を消費して、Tubeやその他配信サイトで動画や配信を見てくれている。

 時間は有限であり無限ではない。だから動画を再生したとしても、出だしでつまらないと思ったら即ブラウザバックするという人間もそう珍しくはない。正に今の蘭月のように。


「ミステリー界隈にはコウイウ格言がアルヨ。話の冒頭には、シタイをコロガシテおけってネ。その程度の基本を徹底出来てないザコは不合格アル」


 次々と自己PR動画にボツを喰らわす蘭月は本当に容赦がない。

 意外と審査する側の人間性が出るなぁ。


 これで失格になった応募者はちょっと可哀想ではあるが、今回は運がなかったと思って諦めてもらうしかない。他の審査員が落とした応募者の二重チェックなんかやってたら、それこそ俺もジジイになっちまうからな。

 こういう場面で相性の良い審査員に拾ってもらう運も重要ってことだ。


「ふぅ、やれやれ……リーダー、ちょっと良いか?」


 そこでフランクリンが俺を呼んだ。

 どうでもいいが、フランクリンは身体がデカすぎて事務所の椅子がまるでキッズチェアだ。

 ミシミシ不穏な音を立ててるし、フランクリン用の事務椅子を買ってあげた方がいいのかも知れない。


「なんだ?」


「ランユエが失格にした応募者のデータを俺のPCに転送してくれ」


「ん?」


 フランクリンの申し出があまりにも意外過ぎたので、聞き間違いかと思って疑問符を出しながら耳をそちらに傾けた。だがどうやら聞き間違いではなかったらしく、フランクリンは「ランユエが失格にした応募者のデータを俺のPCに転送してくれ」と、律義に全く同じ口調で同じ文言を繰り返してきた。


「一応聞いておくがどういう意図だ?」


「意図も何も、ただ応募者が可哀想に思っただけだ。折角未来に夢を馳せて応募してきたのに、ちょっと面を見ただけでハイサヨウナラなんてな」


「だからフランクリンがもう一度審査し直そうって言うのか?」


「問題あるか?」


「問題はないが……」


 俺は蘭月と顔を見合わせた。

 蘭月もいきなりのフランクリンの熱意を訝しんでいる様子で、露骨に不審そうな顔をしている。

 フランクリンはCIAからFMKに出向してきてこの方、真面目に業務をこなしてはいたが、さほどこの仕事に前向きという感じではなかった。それは彼の事情を鑑みれば当たり前の話だったのだが、それがここに来て急にコレだ。違和感しかない。


「まあいいか、本人がやる気なのは良い事だ」


 だが妙だとは思いつつも、俺は一昨日から続いているハイなテンションのノリでOKを出した。


「HAHAHA、リーダーが話の分かる男で助かる」


「いやぁそれほどでも! HAHAHA!」


 ちなみにその後蘭月は「ワタシも少しはちゃんと見てヤルアルカ。フランクリンのシゴトを増やすのもアレアルからネ」と、自己PR動画をしっかり視聴することにしたようだった。お陰で作業速度は遅くなったが、まだ見ぬ原石を発掘するためなら審査員が時間を惜しむべきではないだろう。これはこれで良かったのだ。


 しかしその日の夕方になって、事態は急展開を迎えることになった。

 なんと事務所にやってきたトレちゃんが、フランクリンを捕まえて床に叩き伏せたのである。

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