10人の変なヤツら

「なんか回想したらドッと疲れが押し寄せてきたっす」


 鞍楽が回転椅子でクルクルと回りながら、背もたれに体重を預けてぐったりとする。

 仮にも部外者なのになんたる太々しさなのだろうか。

 コイツはFMK1期生たちに負けず劣らずの図太い神経の持ち主のようだ。

 流石は3次選考をクリアして、2期生合格に王手を掛けているだけのことはある。


「記憶を掘り起こす作業ってのは、割と頭を使わなくもないからな。疲れるってのは同意だよ」


「次は代表がお話して下さいっす」


「そうだな、じゃあ交互に何か有益そうな回想を出し合う感じでいくか」


 自分で言ってて謎だが、回想を出し合うって大分意味不明なこと言ってんな。


「交互っすかぁ、自分1回の回想でスタミナ30くらい消費してるっす。このスタミナは3分で1回復なんで、次の代表の回想で1時間半くらい繋いでくれなきゃ困るっす」


「ソシャゲか」


 まあ、暗に役に立てそうな情報をそこまで多く持ってないと言ってるのだろうが。


「次は何処から回想しようか……」


 何から話して良いか迷う。

 それぐらいにこの2ヵ月は色々起きたし、忙しかった。

 それらの出来事を全部語っていては、時間がいくらあっても足りないほどに。

 思い起こすべき出来事は、ある程度取捨選択していくべきだろう。

 俺が必死に記憶と言う名の本棚にある背表紙と睨めっこしていると、不意に鞍楽が「あ」と声を上げた。


「じゃあ、オーディションに来た面白そうな応募者の話をして欲しいっす」


「常に人間を馬にして跨ってるイカれた女子高生が居たな」


「それ自分っす! そうじゃなくて、自分以外にどんな面白人間が居たのか聞きたいっす!」


「暫定部外者にそんなこと教えられるか」


「じゃあ、自分と同じく3次選考をクリアした人だけでもいいっすよ」


「なんも良くないが」


「いいじゃないっすか。どうせ最終選考のFMKライバーとの面接は、最後まで残った応募者全員を集めての集団面接にする予定だったんすよね?」


 鞍楽の言う通り、最終選考は集団面接という体で全員に集まってもらうことになっていた。

 そこはここまで勝ち残った応募者たちには既に通達済みだ。


「だったら別に少しくらい教えてくれてもいいじゃないっすか。どうせ全員と顔を合わせることになるんすから、先んじて自分にちょろっと教えてくれるくらい」


「……」


 本当はダメだが、鞍楽は既にこちらの裏事情に片足突っ込んでおり、今からもう片方の足もぬかるみに浸そうとしてる段階にある。

 ならその協力の対価として、少しくらい融通利かせてやっても良いのではないだろうか。

 さっきはそれなりに有益な情報をくれたワケだし。


 それに良く考えたら、ここから先回想を進めていくに辺り、オーディション応募者たちの話は避けては通れない道となっている。

 何故なら一部応募者は、鞍楽と同様に話にがっつり食い込んでしまっているからだ。

 そして彼らの存在は、瑠璃の失踪や、他のライバーの休止にも恐らく深く関わってもいる。

 その辺の事情を加味した上で、俺は判断する。


「仕方ない、か。じゃあ3次選考突破者について、少しだけ教えておいてやる」


「やったーっす! 未来の同期に興味津々っす!」


 そうか、鞍楽にとっては同期になるかもしれない相手の情報だもんな。そりゃ知りたくて当たり前か。

 まずお前が合格するかどうかが一番の問題なのはさておき。


「3次選考……運営との面接を突破したのは、鞍楽を入れて全部で10人だった」


「10人っすか? 確か今回のオーディションって、最大10人まで合格って話だったっすよね? 枠ギリギリまで通したってことは、相当粒ぞろいだったってことっすか?」


「ああ、なんだかんだ言って、3次選考が終わる頃には今の半分……5人くらいまで減らすつもりだったんだが、結局減らし切れずに10人も通すことになった」


「今回のオーディションの総応募者数ってどのくらいだったんすか?」


「全部で13077人だ」


「ひぇ~、その中の10人に選ばれたって凄い名誉なことに思えてきたっす」


「言っとくけど、才能よりも個性とか審査員の好みで採用してる部分がかなりデカいからな。あまりうぬぼれないように」


「え、自分はどういう基準で採用されたっすか?」


「とあるスタッフの好みかな」


「どんなスタッフさんなんすか?」


「チャイナ服が普段着で、裏稼業を生業にしてる何でも屋の頼れる用心棒だよ」


「変な人っす!」


 お前に言われたら蘭月もさぞ複雑な気分になるだろうよ。

 蘭月が帰ってきたら、ちゃんと伝えといてやろう。

 ……今度も無事だと良いんだが。


「で、っすよ? その残った10人はどんな人達なんすか?」


「比較的マトモそうなとこから紹介すると、お前と同じ女子高生とか」


「情報量少なすぎて全然人物像が浮かばないっすよ?」


「その子はそうとしか形容が……他には、剣術家とか、鍛冶師の娘とか、現役配信者とか、プロゲーマーとか、ミリオタとか」


「なんかいきなり濃ゆそうな並びになってきたっす」


「あとは自称忍者に自称宇宙人なんかも居たな」


「なんか肩書聞いてるだけでも変人ばっかっすね。そういう人間を集めるご趣味でもあるんすか?」


 他人事みたいに言ってるがお前もその内のひとりだぞ、ナチュラルボーンジョッキー。


「そして10人目なんだが……そうだな、次の回想はコイツが関わって来るところから始めようか」


「関わって来るっす?」


「ああ、こう言っちゃなんだが、今FMKが陥ってる危機的状況の一部は、その10人目が遠因になってる部分があるからな」


 言うと鞍楽は怪訝そうに眉を潜めた。

 隣の馬(大男)も似たような反応を示す。何普通に話を聞いてるんだお前は。誰なんだよお前。


「何者なんすか? その人」


「あー……詳しくは言えないけど、某国の大統領の娘」


「ええ!?」


「期待してた通りの良いリアクションをありがとう」


 変人の鞍楽を多少驚かせてやったことに満足してから、俺は次の回想を始めることにした。


「その大統領の娘の存在を知ったのは、オーディションの応募が始まってから約2週間が経った頃だな。FMK初の案件配信を控えた前日の出来事だった」


あの・・案件配信の前日っすか?」


「そうだ」


 口振りから察するに、鞍楽もあの案件配信のことは知っているようだ。

 だったら案件配信で起きた例の騒動のことも当然知ってるだろう。

 そこはまた次に話すとして、まずは大統領の娘の話だ。

 ここまでの流れ通り、時系列順に回想を重ねていくとしよう。


「大統領の娘――言い辛いから仮名を付けさせてもらうが、キャロル……いや、キャロットとでも呼ぶか」


 大男(馬)が齧っているニンジンを見ながら、俺は大統領の娘をそう呼ぶことにした。


「キャロットは、お忍びでFMKのオーディションを受けていた。当然だが、まさか一国の長の娘がウチのオーディションを受けに来てるなんて、俺は夢にも思わなかった。だが、事前にそれを知ってたヤツが居たんだ」


「どういうことっすか?」


「ウチのスタッフのひとりが、キャロットの既知だったんだよ。そしてあろうことか、キャロットは不正な手段で1次審査を通過しようとした。今から話すのは、その時の話だ」

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