楽しいだけじゃ成り立たない
「瑠璃氏~! 瑠璃氏は居るっすか~? 居るっすよね! 居た居た!」
お昼休みになって自分が瑠璃氏の教室を尋ねると、瑠璃氏はいつものように自分を暖かく出迎えてくれたっす!
「何しに来たの? っていうか、ソレに乗って教室に来ないでって何回も言ったはずだけど」
「いきなり地の分との矛盾が発生してるんだが」
「あ! ちょっと! ダメっすよ!」
■
「ストップっす! 代表! 自分の回想中に喋ったらダメっす!」
「いやだって」
「言い訳は無用っす!」
なんで俺が怒られてるんだ。
「割り込んだのは謝るけど、混乱するから情報は正確に伝えてくれ」
「? 別に変なことは言ってないっすけど」
そんな俺がおかしいヤツみたいな目で見られても。
とりあえず、鞍楽の主観から語られる情報である以上、実際にあった出来事とは若干差異や誤差、記憶違いなどがあるのは留意しておいた方が良いだろう。
俺の回想だって100%正確な再現だったワケじゃない。
確かアイツはこんな感じのセリフを言ってたはず……みたいな割とふわっとした記憶で構成された回想だった。
そこは2ヵ月近く前の記憶なので、完璧に覚えていないのは仕方ないと諦めてる。
直近にあった出来事なら、俺も鞍楽も正確に描写出来るだろうが。
「まあ、分かったから続けてくれ。それで? それに乗って教室に来るなって言ってたけど、お前は何に乗って教室に入って行ったんだ?」
なんとなく答えを知りつつ、俺は続きを促した。
■
「ソレに乗って教室に来ないでって何回も言ったはずだけど」
瑠璃氏は自分が跨ってる馬に視線を向けて、そう言ったっす。
「すいませんっす! 自分、代々ジョッキーの家系なので、馬に乗ってないとどうしても落ち着かなくって!」
「毎回同じ説明しなくても知ってるから。理由を聞いてるんじゃなくて、やめてっつってるの。同級生の男子に跨って移動するような変態と仲良くお喋りなんてしなたくないの、私は」
「すごいな、至極まともな理由で怒ってる」
「……なんか、おにいの声が聞こえた気がするんだけど」
「幻聴っす!」
「なんで俺の声が、回想の中にフィードバックされてんだよ」
「また聞こえた」
「それも幻聴っす、瑠璃氏は疲れてるんすよ」
なんか教室に入ってしばらくは、そんな感じのいつものやり取りをしてたっす。
「はぁ……もういい、勝手にして。ただでさえこっちは悩みしかないのに、バカにこれ以上構ってられない」
瑠璃氏はなんだか本当にお疲れの様子だったっす。
話を聞いてる限り、お前との絡みが半分くらい疲れのウェイトを占めてそうだけど。
あ! 地の分に割り込むとは考えたっすね代表!
でも読んでる側が混乱するから止めた方が良いと思うっすよ、そういうの。
読んでる側ってなんだよ。
ともかく! 瑠璃氏はお疲れの様子だったっす。
「なんかあったっすか?」
「……別に」
「いつにもまして不機嫌っす」
「そういうのは分かってても言うもんじゃないって分かんない?」
「ところで瑠璃氏、瑠璃氏。瑠璃氏はVTuberになるつもりとかは、ないんすか?」
「私の意見はガン無視ね……ってかなに、藪から棒に。VTuberになるつもりなんて――ない、けど」
「そうっすか……」
「なんでアンタが落ち込むの」
この時、自分は既にFMKの2期生オーディションにこっそり応募した後だったっす。
でも本当は、大好きな瑠璃氏と一緒にVをやれたらって思っての質問だったんすけど、生憎と瑠璃氏にその気はない様子だったっす。
その気があるならオーディションに応募するよう全力で唆すつもりだったんすけど。
どうやら瑠璃氏は、Vは見るだけで満足派だったらしいっす。
■
「……そうか、鞍楽は瑠璃と一緒にVになりたかったのか」
「っす。でも、本人がなりたくもないのに無理強いは出来ないっす。だから大人しく諦めたんすけど、
俺は肯定も否定もしなかった。
やはり真実は瑠璃の口から直接鞍楽に伝えるべきだと思ったからだ。
あと事務所で鞍楽と瑠璃が鉢合わせた時の話を掘り下げて欲しかったが、そこはまあ、後からでも問題ないか。
「続けてくれ」
■
「でもやってみたら案外楽しいかもしれないっすよ! ちょうどFMKが2期生を募集してるっす! オーディション、受けてみないっすか!?」
「全然大人しく諦めてねえじゃねえか」
「またおにいの声が」
「またまた幻聴っす! この季節は幻聴が多いっす!」
「どんな季節よ……というか、やらないって言ってるでしょ。私はVTuberは見てるだけで満足なの」
「え~、ムシャムシャ」
「思い出したかのように昼ご飯食べ始めないでよ。私だってアンタのせいでまだ食べれてなかったのに」
瑠璃氏は文句を言いながらもお弁当を食べ始めたっす。
あ、お弁当じゃなくって惣菜パンだったかもっす。
え? その情報はどうでもいい?
代表も文句ばっかっすね、流石は兄妹って感じっす。
「瑠璃氏なら全然VTuberでやってけると思うんすけどね~」
「……そんなことない」
「いやいや、イケるっすよ。この鞍上鞍下鞍楽が保証するっす」
「アンタなんかに何が分かるの……」
瑠璃氏は惣菜パンを握り潰す勢いで、手に力を込めてたっす。
なんか凄い怒らせてしまったみたいで、ちょっと反省したっす。
流石にしつこかったのかも知れないっす。
「どうせ私みたいのがVになった所で、大して人気も出ないで埋もれてくのが関の山なの」
「うーん、でも人気になれなくても、楽しければそれで良くないっすか?」
「……私も最初はそれで良いと思ってた。でも、現実はそう甘くない。楽しいだけじゃ成り立たない」
「? そうなんすか?」
「そう、でしょ。とにかく結果が出せなければ、誰も認めてくれないんだから。リスナーも、親も」
■
「待った。今の瑠璃の言葉、一言一句間違いないか?」
「どうだったっすかね……流石に一言一句ってことはないっすけど、大体同じだと思うっすよ。特に『リスナーも、親も』の部分は、印象に残ったんで良く覚えてるっす。瑠璃氏は普段親の話をするのを嫌ってたのに、自分から触れて来たから少し変だなって思ったっす」
「……なるほどな。それで、その後は?」
■
「じゃあ結果を残せば良いじゃないっすか! 瑠璃氏なら出来るっすよ!」
「っ……! そんなのアンタなんかに言われなくても――!!」
いきなり瑠璃氏が立ち上がって大声出すからビックリしたっす。
教室中の視線が瑠璃氏に集まってたっす。
瑠璃氏がこんなに感情的になるのは見たことなかったので、皆驚いてヒソヒソしてたっす。
「……別のとこで食べる」
言って、瑠璃氏はパンと牛乳を持って教室を出てったっす。
自分も馬を走らせて、慌てて後を追おうとしたんすけど、
「ついて来ないで、来たらマジで蹴る。馬を」
って脅してきたんで、馬が怖がってしまって追うことが出来なかったっす。
■
「この回想は以上っす」
「……瑠璃が居なくなったのって、お前が原因だったりしない?」
「それはないっす! 自分らマブダチっすよ!?」
今の回想を聞く限り、とてもマブだとは思えなかったが。
とはいえ、幾つか分かったこともあった。
まず、やはり瑠璃はその時期から精神的に不安定な部分があったらしい。
そこは自分ひとりだけ案件が取れなかった時の俺とのやり取りからも分かっていた事だが、日常生活でもそれが継続していたということが分かったのは大きい。
それにもうひとつ、瑠璃の背後にイヤな影がチラついて見えた気がする。
「自分はお役に立てたっすかね」
「ああ、ありがとう。助かったよ。引き続き何か思い出したことや気付いたことがあったら教えてくれ」
「っす!」
鞍楽は、馬の背を撫でながら元気に頷いた。
……というかコイツ、学校でも人間の背に跨ってるの相当ヤバいな。
教師とかはスルーしてるのだろうか。
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