大事の前の擦り合わせ

「でだ、回想を再開する前にちょっと聞いておきたいんだが、鞍楽はFMKの現状をどこまで把握してるんだ?」


 ここ2ヵ月間の間にFMKに起きた出来事を追想する旅に、瑠璃の後輩で2期生候補でもある鞍楽を加えた俺は、話を再開する前にそう切り出した。

 FMKに関する踏み込んだ話をする手前、鞍楽がこちらの事情をどこまで把握しているかを知っておく必要があったからだ。


「超ヤバそうって事は知ってるっす!」


「もうちょい具体的にならねえかな」


 だがこれは俺の質問が悪かったかなと自戒する。

 鞍楽は、なんていうかその……わりとバカっぽい。

 なのでもう少しストレートに分かりやすく質問してあげないと、こちらの意図を察してくれないだろう。


「瑠璃がFMKでどういう立場にあるのかは分かってるのか?」


「バイトっすよね?」


「……それは本人から聞いたのか?」


「っす! ここに3次選考の面接受けに来た時に瑠璃氏と遭遇して、その時に直接聞いたっす!」


 なるほど。

 瑠璃は自分がFMKに居た理由を後輩相手に誤魔化していたと幽名が言っていたが、FMK運営を手伝うアルバイトだと言って正体を偽っていたらしい。

 ということは、鞍楽は瑠璃=ナキだということは知らない可能性がある。

 もうちょっと踏み込んで聞いてみるか。


「瑠璃と、薙切ナキの関係は把握してるか?」


「知らないっす!」


 そっちはやはりか。


「じゃあ、俺と瑠璃の関係は?」


「ご兄妹なんすよね?」


 む……そっちは把握してるのか。

 ややこしいな。


「それは誰から聞いたんだ? 俺と瑠璃が兄妹だってのは」


「んー、強いて言うなら瑠璃氏からっすかね?」


「強いて言うならって変な言い方だな」


「前に学校で瑠璃氏のスマホを覗き見した時に、代表の写真があったっす! で、自分その時にそれ彼氏っすか!? って聞いたら、瑠璃氏がプンプン怒りながら『これはお兄ちゃんだから!』ってキレられたっす!」


「そういうことか。で、この間面接で俺に会った時に、瑠璃の兄=FMK代表だって気付いたと」


「っす!」


 これは誰が悪いとかじゃなく、わりと単純な事故か。

 まさか瑠璃のやつも、学校の後輩が同じ事務所のVTuberになろうとしてるとは思わなかっただろうし。


 鞍楽は、FMKへの志望動機を『V好きの先輩を驚かせたかったから』と書いていた。

 今更気付いたが、その先輩というのが瑠璃のことだったのだろう。

 つまり鞍楽はFMK2期生オーディションを受けていたことを、瑠璃には内緒にしていたはず。

 だからこその事故だ。


「しかしよく面接の時に騒がなかったな。お前の性格なら、俺が瑠璃の兄だって気付いた瞬間大声でリアクション取りそうだけど」


「顔見て直ぐ思い出せたワケじゃないっすから。面接中に『なんか見覚えあるっす、この顔』ってずっと思ってて、帰りの電車の中でようやく思い出した感じっす!」


 そういや面接の時、めちゃくちゃ俺の顔を凝視してちょっと怖かった記憶があるな。

 面接官の目を見て話すという基礎中の基礎を徹底した結果かなとか思ってたけど、事実はそんなもんだったらしい。


「他に聞きたいことはないっすか?」


「そうだな……まあ、とりあえずは擦り合わせはこんなもんだろう」


 俺としては、鞍楽が瑠璃周りのことをどの程度知っているか把握出来ればそれで良い。

 後は必要に応じて都度質問していく方が効率は良いだろう。


 それと、瑠璃が本当はアルバイトスタッフなんかじゃなく、薙切ナキの魂なんだってことはまだ教えるべきじゃない。

 3次選考を突破しているとはいえ、そもそも鞍楽はまだFMKにとっては部外者だ。

 安易にライバーの魂が誰であるなんて情報を教えてはいけない。


 それにこれは、瑠璃本人が自分の口から鞍楽に明かすべき事柄だ。

 俺はそう判断した。


「じゃあそろそろ本題に入ろうか」


 改めて、ここ2か月の間に起きた出来事を振り返ることにする。

 記憶の海を辿り、瑠璃の居なくなった原因を見つけるために。


「あ、待って欲しいっす」


 回想モードに入ろうとした俺に、鞍楽が待ったを掛ける。


「なんだ?」


 あんまり進行を妨げないで欲しいんだが。

 もう夕方だし、深夜になる前に回想を終えたいしな。


「瑠璃氏のことも大事っすけど、FMKのライバーが全休みしてる理由はなんなんすか? そっちも同時進行で解決してかないと危険が危ないっすよ?」


 FMKの裏事情までは完全に把握していない鞍楽部外者からしてみれば、それは至極当然の心配だろう。

 俺としてもそこは分かっている。瑠璃以外を蔑ろにしているつもりもない……今はもう、大丈夫だ。


「まあ、そうなんだが……そうだな、じゃあそこも含めて全部振り返って行くか。瑠璃の事とも無関係じゃないからな」


「お願いするっす!」


「ああ――いや、やっぱりその前にそっちの話を聞かせてくれ」


「こっちっすか? なんも話すことはないっすよ!」


「ないことはない、はず。例えば、ここ2ヵ月くらいの間の学校での瑠璃の様子とか。なにか変わった様子とかなかったか?」


「ん~…………どうだったっすかね~……」


 鞍楽は懐から取り出したニンジンを、相変わらず四つん這いの大男に食わせながら思案する。


 ポンとは何も出てこないか……。

 まあ瑠璃の事だ。何か心配事があったとしても、それを簡単に人に悟られるような真似はしないだろう。アイツは自分の弱みを見せるのが苦手だし、人を頼るのも苦手だからな。だからこそ、こんなことになっているのだろうと俺は睨んでいる。

 さて、学校でもそれを徹底していたとなると、鞍楽から引き出せる情報は期待出来ないということになるのだが……。


「あ」


 と、鞍楽が何かを思い出したように口を開いた。


「どうした」


「そういえばあったっす! 瑠璃氏の態度が変だったこと!」


 何やら気になることを思い出してくれたらしい。

 どんな些細な情報でも構わない。

 俺は前傾姿勢になって鞍楽の方へと身を乗り出す。


「詳しく聞かせてくれ」


「はいっす! あれは確か、10月頭の……えーっと……2期生オーディションが始まってから1週間くらい経った辺りのことっすね! 自分がオーディションに応募して、毎日ソワソワしてた頃だから日付は間違いないはずっす!」


 鞍楽が登場するまで、ちょうどその辺りの日付を回想していたので、時系列的にも分かりやすくて助かるな。

 俺は黙って鞍楽の回想に耳を傾けることにした。


「あれは、学校の昼休みの出来事だったっす。自分はいつものように瑠璃氏と楽しい雑談をするために、3年生のクラスにお邪魔したんすけど――」


 そして鞍楽の回想が始まった。

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