今際の際

「呼ばれて飛び出て、ズバババーン! っす!」


「……なんで2回言った?」


「反応が無かったからっす!」


 明朗快活。事務所の静寂を台無しにする空気感で、鞍楽が大声で答える。

 そしてそのまま手綱を操作して、四つん這いの大男ごと事務所の中に入って来た。


「待て待て待て、勝手に入ってくる……のはこの際良いとして、なんで今ここにお前が居るんだ」


「質問ばっかりっすね~。逆に聞くっすけど、代表さんこそこんなとこで1人でなにやってたんすか?」


 逆に聞かれちまった。

 何やってたと言われてもな。


「考え事してたんだよ」


「こんな時にっすか?」


「どういう意味だ?」


「瑠璃氏が居なくなったのに、こんなとこでのんびりしてて良いんっすかって意味っす!」


 ……すげえ言い辛そうなことをハッキリ言いやがって。

 コイツがこっちの事情を何処まで把握してるかは知らないが、少なくとも瑠璃がFMK関係者であることぐらいは知ってるらしい。

 下手すれば俺と瑠璃が兄妹であることも知ってるまであるだろうが、そこを詮索するのは後でも良いだろう。

 俺はとりあえず鞍楽の質問に答えてやることにした。


「良いんだよ。……俺だって今すぐ瑠璃を探しに行きたいけど、闇雲に探したってどうにもならない。だからこうして考えてたんだ。瑠璃の行先と、どうして瑠璃が居なくなったのか。その理由を」


「ふ~ん、それってここで考えてたら分かる問題なんすか?」


「何も分からないまま動いて、時間と体力を使うよりはマシだ」


「なるほどっす! じゃあ自分も!」


 そう言って鞍楽は大男の背から飛び降りて、事務室の空いてる席に勝手に腰かけた。

 一瞬コイツの突発的な行動に面食らったが、自分もという言葉を額面通りに受け取るなら、俺と一緒に瑠璃失踪事件の原因を究明してくれるということなのだろう。


 正直ありがたかった。

 瑠璃の学校での後輩である鞍楽が居れば、俺の知らない瑠璃の情報を知ることが出来る。

 それだけで断る理由はないに等しかった。

 しかしそれはそれとして、だ。


「で、お前はどうしてここに来たんだよ。というか今回の件についてどこまで理解してる?」


 いきなり事務所に現れた鞍楽について問い質しておくべきことを問い質す。

 回想はそれからだ。


「ここに来た理由は、聞きたい事があったからっす!」


「聞きたい事? 俺にか?」


「っす!」


 っす! じゃないが。


「なんだ?」


「2期生オーディションのラストの『FMKライバーとの面接』って、FMKが今こんな状況っすけど、予定通り3日後にやるんっすか? なんの連絡もないから不安になったんで、直接聞きに来たっす!」


 ――なるほど。

 俺は鞍楽に言われて初めて、そういえば2期生オーディションの最終選考であるFMKライバーとの面接が、もう3日後にまで迫っていることに気が付いた。


 1次選考の書類審査、2次選考の通話面談、3次選考の運営との面接。

 鞍楽はそれら全てを突破して、2期生合格に王手を掛けている応募者の1人だ。


 だのに肝心のFMKそのものが、FMKライバーとの面接などとてもじゃないが・・・・・・・・出来る状況じゃない・・・・・・・・・ことに不安を覚えたのだろう。

 FMKの現在の状況はネットなどでも既に話題になってしまっている。

 しかし運営側は今回の件に関しての釈明文も、最終選考まで勝ち残った応募者への説明責任すらも果たせていなかった。

 これは完全に俺の落ち度だ。


「すまん――いや、申し訳御座いませんでした。こちらの不手際で不安にさせてしまいました」


「あはは、そんな畏まらなくても自分は気にしてないっす!」


 あっけらかんと笑う鞍楽。

 どうやら本当に運営を責めるつもりはないようだった。

 鞍楽の緩い態度に少し安堵しつつ、彼女の質問に答えるべく俺は頭を働かせる。


「重ねて謝らせて欲しい、最終選考は予定より少し遅れるかもしれない」


 俺が机に額がぶつかる勢いで頭を下げると、鞍楽は分かっていたかのように「っすよね~」と理解を示した。

 まあ、当たり前と言えば当たり前だろう。


「ライバーとの面接って言っても、肝心の面接役だったライバーが全員不在・・・・なんすから、面接やりたくても出来ないっすよね」


「――ああ、そうだな」


 VTuberとしての活動を休止したFMKライバーは、勝手に卒業を宣言して姿を晦ませたナキだけではなかったということだ。


 金廻小槌。

 幽名姫依。

 スターライト☆ステープルちゃん。

 笛鐘琴里。

 モデルナンバー:bd。


 上記の5人全員が、それぞれの事情から活動を一時休止してしまっていたのだった。


 そして事態はライバーのみにとどまらず、運営スタッフも今動けるのは俺ひとり。

 七椿、蘭月、フランクリン。数少ない運営スタッフだった3人までもが、FMKの力になれない状況に置かれてしまっている。


 そうじゃなけりゃ、釈明文だの応募者へのケアだのが疎かになるはずもない。

 そんなのはいつもだったら、七椿が秒で片付けてくれてたからだ。助力を得られなくなって初めて、この数ヶ月間七椿には大いに助けられていたのだと、痛みを伴った実感を覚える。


 FMKが置かれている状況は、以上の通り。

 正に崩壊寸前。今際の際というヤツだ。


「FMKはもう終わりなんすか?」


 直球過ぎる鞍楽の言葉に、俺は少し逡巡してからこう答える。


「――終わらせない」


 まだだ。

 まだ、全てを失ったワケじゃない。

 何一つ、誰一人として損なうつもりも毛頭無い。


「そのために必要なのが瑠璃なんだ。FMKは瑠璃がいなくちゃ成り立たない。だから鞍楽、お前の力も貸してくれ」


「そういうことなら了解っす」


「ヒヒーーン!」


 鞍楽が俺の協力要請に快諾すると同時に、四つん這いの大男が馬のように嘶いた。

 なんなんだコイツは。というツッコミは最後までしないことに俺は決めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る