馬上の闖入者

「やっぱ冷静に考えておかしいよな。もう応募者数が3000超えてるんだけど」


 2期生オーディション開始から3日目。

 流石に初日よりも応募の勢いは落ちたものの、総数は既に3000オーバー。運営の処理能力的にもキャパオーバーである。


 スタッフ4人で手当たり次第に選考を進めているものの、タスクは減るどころか増える一方だ。

 何故にこんなに高倍率なオーディションになってしまっているのか。

 自分で言うのも悲しくなるが、この事務所はハッキリ言って弱小だ。

 ここまで人気が爆発する理由がイマイチ分からない。


「トレインたちのガンバリが、実を結んだンじゃナイアルカ? 素直に喜んでおけばイイと思うヨ」


 蘭月なんかはご覧の通り、楽観的な物言いで事態を問題視していない様子だった。

 というか蘭月にとっては、大抵の出来事が些末事なのだろうが。


「にしても3日で3000……前回のオーディションの4000を軽く超えるな」


 よく考えたら1期生の時の4000もなかなかの数字だったし、知名度上昇+男性ライバー解禁の効果で応募者が激増したと考えるのが妥当なところなのか。

 最近あんまFMKについてエゴサとかしてないけど(怖いから)、もしかしたら我が事務所は、代表の俺も知らぬ間に超人気箱になっていたのかもしれない。


 ただ母数が増えた分だけ、ちょっとアレな応募者も増えたのが玉に瑕だけども。

 主に選考が苦行になるって意味で。


 ただまあ、全員が全員及第点以下というワケではない。

 当たり前だが、事務所側が求める一定水準以上の実力者もチラホラ居たし、拙いながらも自己PR動画で俺の心を掴みに掛かってきた応募者も何人か居た。

 そういう応募者との出会いが、長い道のりである1次選考の心の支えなのである。


 この子がもしデビューしたらどんな配信をしてくれるのかとか、この人ならきっとこういうプロデュースをしてあげた方が良いのだろうとか、そういう未来に向けた妄想を膨らませるのも、オーディション審査員としての役得なのだ。


「ところで蘭月は気になった応募者は居たか?」


「居たヨ。結構オモシロそうなヤツが何人カ」


 あの蘭月のお眼鏡に適うなんて中々の逸材なんじゃないのか?


「興味津々なんだけど。どんなやつ?」


「チョット待つヨ……エーット……ああ、コイツアル」


 蘭月がスタイリッシュな指捌きで、タブレット上に応募者のデータを展開した。


「どれどれ? 鞍上鞍下あんじょうあんげ 鞍楽くらら? すげえ珍しい名前だな」


 名前から既にインパクト抜群の存在感。

 しかもその後の自己紹介文もなかなか強かった。

 なんでも鞍上鞍下は先祖代々ジョッキーの家系だとかで、その血のせいで常に馬に乗っていないと落ち着かない性分なのだそうだ。

 VTuberになりたい動機は、V好きの先輩を驚かせてやりたいからだとか。


 動機はともかく、確かに色んな意味で面白そうなヤツではあるな。

 プロフィールによるとまだ高校2年生か……。

 収益の関係であまり未成年は起用しづらいのだけど、将来性があるなら是非FMKで囲っておきたいところではある。


「自己PR動画も見せてくれよ」


「ホイ」


 蘭月が待ってましたとばかりに動画の再生を始める。


『初めましてっす! 鞍楽っす!』 


 画面に映ったのは、四つん這いの大男に跨ったお団子頭の少女の姿だった。

 俺は黙って動画を一時停止させた。


「再生する動画を間違えたか?」


「思いっきりクララって名乗ッテタネ。間違いなく自己PR動画ダヨ」


「えぇ……」


 蘭月が勝手に動画を再生する。

 動画の内容自体は、本当にシンプルなPR動画だった。

 ただただ鞍楽が喋り倒して終わるだけ。


 しかしその間に馬になってる大男が本物の馬みたいな挙動で動き回り、鞍楽もごく自然に手綱を握って、ついでに鞭までしならせていたりしたので、そっちが気になって全然内容が頭に入って来なかった。

 いやいや……馬に乗ってないと落ち着かないとは書いてあったけども……。


「ナ? オモシロいヤツだったアルネ」


「ここ数ヶ月の間に磨かれた俺の変人センサーが、感度最大で警報を鳴らす程度には面白いヤツだったな」


「カカカっ、じゃあコイツは1次通過ってコトで」


「面白いヤツだったんだけどなぁ……」


 俺としてはこれ以上FMKを変人集団にはしたくなかったので、もうちょっと成分控えめな人を採用したかったんだけども。

 まあ、蘭月がマネージャーとしての仕事にのめり込んで、裏社会の仕事からすっぱり縁を切ってくれる切っ掛けになるかもしれない。応募者の中に蘭月の推しが見つかったのなら、多少変人でも迎えてやるべきだろう。他に候補がいなければの話だけど。


 俺は鞍楽のプロフィールにもう一度目を落としながら、そんなことを考えていた。



 ■



 ――しかしこの鞍楽が、まさか瑠璃の顔見知りだとは、あの時の俺は夢にも思わなかった。


「ってかそんなの分かるわけねえしな」


 1次選考の時の記憶を振り返りながら、俺はため息交じりに独り言ちた。

 鞍楽と瑠璃が、同じ高校の後輩と先輩の間柄だったと知ったのは、3次審査……運営との直面接の時の事だった。


 事務所に面接に受けに来た鞍楽と瑠璃が鉢合わせになってしまい、そこでちょっと揉めたらしい・・・のだ。

 らしい、と又聞き風なのは、俺が現場を直接見ていないからだ。

 騒ぎを聞きつけて俺が面接室から出て来た頃には、もう瑠璃は後輩から逃げるように事務所を後にしていた。

 なので、そこで起きた出来事は、現場に居合わせた人間から聞いた以上の情報は知らない。

 ちなみに現場に居合わせたのは幽名だけだ。


 その幽名曰く、瑠璃は最初驚いていて、それから自分がこんな場所にいることをなんとか口八丁で誤魔化そうとして、その後鞍楽がここに居る理由を聞いてから、何かショックを受けたような顔で逃げるように事務所から出て行ったのだそうだ。


 誰が何をどんな風に言ったとか、そこまで詳しい情景を幽名から聞き出すのは難しそうだったので、それ以上の情報は得られなかった。


「もう少し詳しく情報を精査しておくべきだったな……」


 あの時は、瑠璃が卒業を言い渡して姿を晦ますなんて、思ってもみなかった。

 だから瑠璃が鞍楽から逃げ出したのだって、ただ後輩に自分がナキであることをバレないようにするためだと思っていた。


 だが、もしかすると鞍楽とのやり取りの中で、瑠璃は何か思う所があったのかもしれない。

 或いはそれが原因で、瑠璃は……。


「クソっ、せめてここに鞍楽が居れば、もう少し詳しい背景を知れるのに……!」


「呼んだっすか!?」


「!!?」


 バーン!!! っと、それまで静かだった事務所内に、ドアを勢いよくぶち開ける快音が響いた。


「呼ばれて飛び出て、ズバババーン! っす!」


 開けた扉のその向こうには、お団子頭の少女――鞍楽が、堂々と四つん這いの大男の上に跨っていた。

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