破竹の勢い

 10月になり、事前の告知通りにFMK2期生オーディションの募集が始まった。


 運営としてはここからが本当の修羅場だ。

 なにせ数千にも及ぶ応募の中から、輝く原石を発掘して拾い上げなくてはならないのだから。

 その作業がいかに精神的度量を試されるものなのかは、1期生の時の選考作業を思い出して下されば、皆様ご納得頂けることだろう。


 とはいえ、だ。今回は蘭月とフランクリンの2人が新戦力として加わっており、ついでに前回のノウハウと反省もある。

 まずタスクを下手に溜め込んだりせずに、片っ端から1次選考の書類審査を片付けていくのが大事だ。送られてきた端からぱっぱと処理していけば、終盤になって残りの作業量を見てげんなりすることもなくなるだろうし。

 ま、俺と七椿と蘭月、それからフランクリンの4人体制で集中して取り組めば、そこまで苦行にもならないはずだ。

 そう高を括っていたのだが、


「リーダー、募集開始から1時間で1400以上も応募が集まってるぜ」


「うそーん」


 さっきSNSで募集開始の宣伝をして、応募専用フォームを開放したばかりだぞ。

 フランクリンの冗談かと疑ったが、自分の目で確認してそれが嘘でも何でもない、ただの事実であることが分かった。

 やだ……私の事務所人気過ぎ……。


「おかしくない? というか、よくサーバーがパンクしなかったな」


『ああ、こうなると予測していたので、事前に私が手を回しておきました。そのお陰ですね、えっへん』


 俺のPCディスプレイに、FMK所属の変なAIであるbdがドヤ顔で姿を現す。

 また俺の許可なく勝手なハック行為をしていたらしい。


 bdが何かすると、途端にフランクリンの視線が厳しくなるから勘弁して欲しいのだが――しかし、今回だけはbdの力に頼らなくてはならない事案が発生しているので、仕方がないと言えるだろう。

 フランクリンにも、そこは事前に承諾済みだ。


「おい、bd。キューブを狙うスパイがオーディションに応募してきて、FMKに潜入しようとしてるって言ってたよな?」


『ええ、はい』


 bdにだけ聞こえるように、超小声でPCマイクに囁き掛ける。

 すると俺が右耳に付けていたBluetoothイヤホンに、bdの返事が返って来た。

 蘭月とフランクリンはともかく、事情を知らない七椿にキューブの話を聞かれるわけにはいかないからな。こういう話はひっそりコソコソするしかない。

 蘭月なんかは、七椿にも事情を説明して巻き込めばいいアルとか適当言ってたが、流石に国家規模のゴタゴタにまで巻き込むのは止めておいた方がいいだろう。ただでさえも、七椿は忙しい立場にあるのに。


「この今応募してきている1400人の中に、スパイは居るのか?」


『居ませんよ?』


 bdはきっぱりと言い切った。


『そういえば説明してませんでしたね。オーディション応募フォームから送られてきたデータは、まず私の下へと送られてくるようにしました』


「ああ、うん……そうなんだ」


『で、私がデータを細かく分析して、スパイだと思わしき応募者は全てその場で排除しています。そして残りの純粋な応募者のデータだけが、事務所のPCに転送されるようにしました』


「そっかぁ、ちなみにそのスパイと思わしき応募はどれくらいあったんだ?」


『352件ですね。つまり正確な応募者総数は1700以上ということになります』


「352人もスパイが……」


『あからさまな輩から、経歴を見ても普通の日本人にしか見えないマジモノのスパイも居ました。ま、私の目は誤魔化せませんがね』


「すごい」


 もうね、そんな適当な感想しか湧いてこない。

 FMKのオーディションが原因で、国家の安全保障に関わる小競り合いが起きてるなど知りたくもなかった。

 bdが協力的じゃなければスパイが入り放題だったのではないだろうか。

 ただでさえ日本はスパイ大国だなんだと言われてるのだから。


 しかしということは、この序盤に殺到してきた1400という数字は本物だということになる。

 てっきりこの内の9割くらいがスパイでしたー、なんてオチだと思ってたのに。

 いや、それはそれでイヤだけど。


「はぁ……じゃあここからは、皆で手分けして選考作業だな」


「私はもう始めています。代表や他のスタッフも早く手を動かしてください」


 流石と言うべきか、七椿は早速選考作業を始めている様子だった。


「面白ソウな作業ネ、何気にこういうスタッフらしい仕事は初めてアルヨ」


 どう見てもスタッフに見えないコスプレチャイナが、楽しそうに空いてるデスクに腰かける。


「多分楽しいは最初だけで、直ぐにその顔は苦痛に歪むことだろう」


「カカカっ、ボスは直ぐそういうジョウダンを言うアル。嘗めてもらっちゃ困るヨ、ワタシに精神的拷問は通用しないアル」


「そりゃ頼もしいな。フランクリンはどうだ?」


「俺がこの程度の事務作業で根を上げるような、ヤワな魅せ筋に見えるかい?」


「筋肉は関係ないだろ」


「鍛え上げられた肉体は、精神的な強さにも直結するってことだ。覚えておくんだな」


 あんま突っ込んだ話とかしたことなかったけど、フランクリンはどうやら筋肉信仰を持っているらしい。まあ確かに、コイツほどの肉体があれば、それが自身の源にもなったりするのだろうが。

 しかし2人共甘く見ているな、この作業がいかにSAN値をガリガリ削られるのかを。


「よし、じゃあ始めようぜ。FMK2期生オーディション1次試験、書類選考をよ」


 かくして2期生オーディションはしめやかにスタートした。


 ■


 そして1時間後。


「キッツ……コレ、自己PR動画のブラクラ率がタカスギじゃないアルカ?」


「おいおいおい、ジャパニーズイタコが、合格させなきゃ呪殺するってPR動画を送ってきてるぞ!?」


「ワタシの方は、さっきからニチャニチャボソボソボイスでなんか喋ってる動画が8連続ダヨ。よくこんな低クオリティで応募しようと思ったアルネ。コイツら正気カ?」


「Fu〇k!! 畜生! 耳がいかれる!」


「イライラしてきたアル」


「Oh……サイケデリックな画面を移して、延々と電波なことを言ってるぞ、この動画。なんだコレは……リーダー、どういうことだ? これは本当にオーディション用の自己PR動画か?」


 さあな、そこんとこだが俺にもよう分からん。

 だが多分だが、彼らは大真面目にその動画で1次試験に受かると思って応募してきているのだと俺は思っている。世の中には一定数確実に存在しているのだ、応募するだけ応募しておけばワンチャンあると思っている輩が。


 原石を取りこぼさないためにも、1期生の時同様、基本的には自己PRには全部目を通すように徹底させている。お陰であれだけ自信満々だった蘭月とフランクリンは、割と早めに地獄を楽しんでいる様子だった。ははは、ウケる。

 ウケるとか言ってるけど、俺もその地獄に取り込まれてる人間の1人なのだけれど。


 さて、ここで今更だが、オーディション1次試験の概要をおさらいをしておこうと思う。

 1次試験は書類審査。まずは応募フォームに書き込まれた必要事項に目を通し、問題がないかを確認する。この時点で日本語が既に怪しかったり、明らかにやる気の感じられない応募者は、申し訳ないが篩に掛けさせてもらう。

 それから自己PR動画の確認だ。応募フォームに張られたURLから動画へ飛び、応募者が各自投稿した動画を視聴していく。この自己PR動画が、1次試験である意味最も重要であるのは、1期生のオーディションで説明した通りだ。


 まず自己をPRするための動画だって前提条件を分かってない応募者が、信じられないくらい存在している。

 PRの手法は様々だろうが、審査員に「この人は配信者として成功しそう」と思わせてくれるような内容じゃなきゃ困る。


 例えばトレちゃんのように、声真似という特技を披露するとか。

 例えば幽名のように、声に出して笑ってしまうような面白い動画を送ってくるとか。

 例えば一鶴のように、自己にどれだけの価値と将来性があるのか熱く演説してみたりとか。


 なんでも良いから、とにかく「おっ」と感心してしまうような要素が大事なのだ。

 なんなら、なんの特技も才能もなくたって良い。

 心に響く熱い気持ち……それさえあれば、俺はFMKへの切符を渡しても良いとさえ思っている。


 逆に言えば、どれだけの才能を示して見せたとしても、微塵も熱意を感じなかった時は……。


「そういや今回は応募してくるのかな、あの女」


 1期生オーディションの時、ストリーマーとしての才能と実績を示しはしたが、最後の面接で俺が落とした応募者が1人居た。

 その時の面接で実は一悶着あって、結果その応募者は俺がその場で失格を言い渡したのだが……。


 ■


「ふぅん、そっか。落ちたのなら仕方ない。でも、私ってば貴方のこと気に入っちゃったみたい。また会いましょう、愛しの代表ちゃん」


 ■


 というような捨て台詞を去り際に置いて行っていたのだ、そいつは。

 その言葉を真に受けるなら、今回もその応募者――フォーチュン・ショットは必ず参戦してくると思うのだが、どうなることやら。たとえ応募してきても、性格が180°変わってない限り、また面接段階で落とすことになりそうだけども。


 まあ、そのフォーチュン何某がどういう人物だったのかは、もしも彼女が懲りずに応募してきた時にでも語るとしよう。

 今は来るかも分からない変な女より、目の前のタスクを片さなくてはならない。


 募集開始から半日。

 応募総数は早くも2000の大台に達しようとしていた。

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