何故、少女は焦っていたのか?

 案件とは。

 以前も説明したような気がするが、念のためもう一度ざっくばらんに説明しておくと、要するに企業などからの依頼で動画作成や配信をして、特定の商品やサービスのプロモーション活動をすることを指している。


 勿論企業からのお仕事なので、金銭的な報酬が発生する。

 相場は大体チャンネル登録者数×〇円だったり、チャンネルの平均再生数×〇円という計算方法となっていたはず。まあ、その辺りは企業によってマチマチだろう。

 というか上の報酬例はあくまで単発依頼――所謂スポット案件などにだけ当てはまる報酬形態だ。

 案件には、紹介した商品の売り上げのなん%かを報酬としてバックする完全報酬型だったり、あとはスポンサー契約を結んで契約料を貰うタイプの案件だったりが存在している。


 ともかく、案件依頼が来ていると聞いて一番喜びを露わにしたのは、他の誰でもない金廻小槌だった。


「案件!? 報酬はいくら!?」


 身も蓋もない食いつき方をする一鶴に無感情な一瞥をくれてから、七椿はタブレットに視線を落とす。


「まず、今回の案件はセイヴ・ザ・ピースという企業からの依頼です」


 聞いたことない企業だな。


「なにをやってる企業なんだ?」


「主にHTML5ゲームプラットフォームを運営している会社のようです」


「ゲームプラットフォーム……HTML5ってことは、ブラウザゲームを扱うサイトを運営してるって感じか」


「その認識で相違ないかと」


「なるほど。じゃあ依頼の内容もゲームの宣伝ってとこか」


「はい。先ほど挙げた3名に、ゲームプラットフォーム【PeaceMaker】で配信中の看板ゲーム【ドゥームズガールΘリィンカーネイション】を、配信で楽しく実況プレイして欲しいそうです」


「あー、そのゲームの名前は何か聞き覚え……というか見覚えがあるな」


「あたしも見覚えあるわね」


 一鶴が俺に便乗してくる。


「よくTubeとか、スマホサイトなんかにクソデカバナー広告出してるゲームでしょ? エッチな絵で釣ろうとしてるヤツ。あの手の広告バナーってクソデカいから邪魔なのよね」


「お前、それ間違っても案件配信中に言ったりするなよ」


 他企業様の広告や商品に対して邪魔だのなんだのマイナスイメージとなる発言をするのは、たとえ案件配信中じゃなくても、どこでだって言うべきではない。

 案件を受ける前に、全ライバーに改めて注意喚起しておくべきなのだろうか。

 まあ、うっかりクリックを誘発するクソデカバナーが邪魔だって意見には同意しかないが。


「報酬はスポット依頼型なので、3人のチャンネル登録者数×1円で計算しているようです」


「1円? なにそれ低すぎない? もしかしてあたしら足元見られてる?」


 文句ばかりだな。

 登録者数で報酬を計算する場合、大体1~5円くらいが相場らしいので、実質最低報酬で案件を投げて来たと思えなくもない。

 だが今回の案件出演依頼を受けている3人は、いずれも登録者数10万人越えの銀盾持ち。つまり1時間か2時間くらいの配信を一回するだけで10万以上稼げるわけだ。時給換算すると真面目に働くのがバカらしくなる金額である。


「平均再生回数の方で報酬計算されてたら、もっと報酬が低くなってたんだから、登録者数の方で計算してくれてるだけ有情だと思うぞ」


 ちなみに金廻小槌のチャンネル登録者数は、現在12.5万人。一回の配信で同じ額だけの金が貰えるのだから、あまり文句は言うもんじゃないと俺は思うのだが。


「一応報酬の交渉はしといてよ、それって事務所の仕事よね? あたし、自分は安売りしたくないのよねー」


「この金額で受けてくれないならいいですって断られるかもしれないし、そういうのは先にトレちゃんと姫様にも相談してからな」


「チッ……あたし1人への依頼だったら良かったのに」


 というわけで、この件は一旦保留になったのだが、その日のうちにトレちゃんと幽名の意見も確認出来た。

 2人共一応案件を受けるつもりらしい。で、報酬はそのままでいいので、話が流れる恐れのある交渉はしないで欲しいとのことだった。

 一鶴は思いっきり不服そうだったが、金が手に入らないと困るのは自分なので、結局は報酬据え置きで案件を受けることにしていた。


 ■


「一鶴さんたちに案件が来たって聞いたんだけど?」


 で、ウチは小さい事務所だ。

 こういう話題が広まるのも一瞬であって、当然瑠璃にもその話は届いていた。

 不満たらたらの一鶴と入れ違いで事務所にやってきた瑠璃は、開口一番で俺にそう尋ねて来た。


「ああ、ブラウザゲームの実況配信をしてくれってやつな」


「一応聞くけど、私にはなんかないの?」


 瑠璃からの質問を、俺は視線で七椿へと受け流す。

 俺と瑠璃の視線を受けた七椿は、最小限の動きで首を横に振った。

 瞬間、瑠璃が少しだけ表情を暗くする。


「そう……まあ別にいいけど」


 いいけどと言いながら、瑠璃の表情は硬い。

 1期生で案件が来てないのはナキだけ。

 ナキだけが、今回の案件からハブられた形にも見えなくもない。

 表情から察するに、多分瑠璃はそう感じているのかもしれない。

 もしくは、他3人との間に生じた壁のようなものに、らしくもなく悩んでいるのかも。


「心配しなくても、そのうちナキにも案件くらい来るさ」


「そのうちって? いつ?」


「いや、それは分からんけど。企業の目に留まるかどうか、運の要素もそれなりにあるだろうからな」


「そんなの待ってられない。取って来てよ、案件のひとつやふたつ。密林の楼龍さんは、自分から営業してサウナカーの案件取って来たらしいじゃん」


 楼龍のサウナに賭ける情熱を引き合いに出されてもな。

 だが可愛い妹の頼みを無下に断るのは、兄としての沽券に関わる大問題だ。

 第一、この事務所は瑠璃あっての事務所だからな。


「分かった分かった、なんか探しといてやるよ」


「絶対だからね。絶対の絶対。嘘吐いたら針千本、死刑、地獄行き」


 瑠璃はやたらと強めに念押ししてから「じゃあスタジオ借りるから」といって事務室を出て行ってしまった。

 余程案件が来てないのが悔しかったのだろう。

 そんなに焦らずとも、ナキだってデビューして4ヶ月程度にしては、それなりに登録者が居る方なのにな。


 ■


 その時は、俺もそんな風に瑠璃を生暖かい目で見守ることしかしなかった。

 瑠璃の言葉の裏に見え隠れしていた『焦り』に、まだ気付けていなかったから。


 そう、あの時の瑠璃は何かにせっつかれるように焦っていた気がする。

 こうして今になって思い返してみて、それがようやくハッキリと分かった。


 この話が予兆、あるいは瑠璃が俺に向けて密かに発信していたSOSだったのかもしれない。

 そして俺はついぞ――それこそ問題が顕在化するまで、事の深刻さに気付けなかったワケだ。


 「その後は何があったっけか……」


 一鶴たちが案件を引き受けて、それから案件配信……いや、案件を受けて直ぐに配信したわけじゃなかったか。

 確か、案件配信までに2週間ほど日にちが空いてたはず。


 その2週間の間にも色々な出来事が起こっていた。

 例えば、2期生オーディションの応募が始まって、出だしから前回を遥かに上回る応募が集まった事とか。


 次はその辺りを思い出してみよう。

 きっとここにも、瑠璃が居なくなった原因へのヒントがあるはずだから。

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