発端
「代表さーん! いるー? 居るわよねえ! ちょっと聞いて欲しい話があるんだけど! 絶対に儲かる話があるんだけど!」
なんて、戯けた妄言をまき散らしながら事務所に突入してきたのは、皆さんご存じFMKきっての問題児、金廻小槌の中の人である丸葉一鶴だった。
黙っていれば芸能人やモデル顔負けの美女なのだが、いかんせん口を開けばご覧の通り。立てば勝負師、座れば詐欺師、歩く姿はハリケーンな残念美人なのである。
そんな嵐を呼ぶ女が、正しく詐欺師の常套句を引っさげて事務所に現れたのを見て、俺は最初無視を決め込んで何も見なかったことにしようとした。
なにせ俺は……というか事務所のスタッフ達は、FMK2期生オーディション開始前の最後の打ち合わせのようなものをしていたからだ。
有り体に言えば仕事中。
詐欺師の営業お断りの状況だったワケだ。
ワケだったのだが、
「ちょ、ちょっと……待ってください、一鶴さん……! そんなに引っ張らないでください……!」
一鶴が後ろ手に奥入瀬さんを連れてきているのを見つけてしまい、俺は仕事を一時中断せざるを得なくなった。
どう見ても、バカが奥入瀬さんを文字通り振り回してる現場だ。流石に見過ごすのは忍びない。
「儲かる話はともかく、その奥入瀬さんはなんだ。とうとう人身売買にまで手を染めるつもりか?」
軽口を叩きながら、七椿とフランクリンにアイコンタクトで休憩を言い渡す。
察しの良い有能事務員2人は、俺の意を汲んで無言で散っていく。
本当はもう1人、チャイナ服を着たスタッフが居るのだが、そいつはたった今一鶴と奥入瀬さんの後ろから遅れて事務所に入って来たところだった。
ストッパーがストッパーの役割を果たしていない。
俺は蘭月に非難の眼差しをぶつけるが、当の本人は軽く肩を竦めただけだ。
まあ、蘭月が止めなかったということは、今回の一鶴の企みはそれほど問題があるというワケでもないのだろう。少なくとも人身売買でないことだけは確かだ。
「まあ、人身売買も足が付かないのなら有りかもだけど」
一鶴は、奥入瀬さんを抱き寄せて、品定めするように顔をマジマジと見つめる。
奥入瀬さんも一鶴や姫様ほどではないにせよ、十分に美人の手合いだ。出すとこに出せば確かに言い値になるのかもしれない。美人というよりかは可愛い系かもだが。
そんな俺と一鶴の無駄なやり取りのせいで、奥入瀬さんは普通に怖がっていた。
人をモノ扱いするような会話はしちゃいけません。
人身売買は犯罪です(そもそも奥入瀬さんが密林から売られてFMKに来た経緯は例外とする)。
「でも奏鳴さんを売るなんてとんでもないわよ。この人は金の成る木よ! 金の卵を産むガチョウよ!」
怯える奥入瀬さんを丁重に大事に扱うようにみせて、その実、人扱いしていない人でなし発言をかました一鶴は、瞳の中に¥マークを輝かせながら力説する。
「トレちゃんのMV、めちゃくちゃ伸びてるじゃない」
あー、その話か。
一鶴が言ってるのは、とうとう先日完成品が出来上がったトレちゃんのオリジナル楽曲【スターレイン☆コンチェルト】のMVの事だろう。
予定よりも早めに納品されたMVは、それなりに金を掛けただけのことはあって、かなりのクオリティに仕上がっていた。
お陰で、一昨日Tube上にアップしたばかりのMVは、早くも80万再生。
この調子なら今日中にでも100万再生に届くのではという勢いで伸びていた。
その爆発力に金の匂いを感じ取ったのだろう。
一鶴は奥入瀬さんの才能に目を付けてしまったらしい。
「あのMVを見て、思ったワケ。VTuberは、謂わばキャラクター産業の最前線。あたしもそろそろ金廻小槌ってキャラクターの世界観を開拓して、活動の裾野を広げて行くべきなんじゃないかって」
「そうか」
「そうなの。で、あたしもオリジナルソングでウハウハになりたいんだけど」
志高そうな導入で始まりながらも一瞬で化けの皮を剥がした一鶴は、しかしVTuberの活動としてはまともそうな提案をしてきた。
動機はどうあれ、やる気があるのは結構なことだからな。
俺もその熱意だけは応援したい今日この頃だ。
「良いんじゃないか? 奥入瀬さんがイヤじゃなければ」
「あの……私としてもやぶさかじゃないんですけど……その……」
思いっきりやぶさかそうに(やぶさかってなんだ?)しながら奥入瀬さんが言葉を詰まらせる。
「プロとして仕事をするなら……タダというのは、ちょっと……」
「あー……」
奥入瀬さんの言葉を聞いて、俺はようやく一鶴が奥入瀬さんをここまで連れて来た理由を察した。
ぶっちゃけ奥入瀬さんに曲を作ってもらうだけなら、当人同士で勝手に打ち合わせしてやれば良いだけの話だ。しかしそこに金が掛かるとなれば話は別だろう。特に一鶴にとっては。
「お友達価格で無料でいーじゃん。代表さんからも説得してよ」
「どっちを?」
「どっちって何よ。奏鳴さん以外に誰が居るのよ」
いつぞや姫様にクリエイターを軽視してはいけないみたいな話をしたことがあった気がしたが、あっちよりも先に人としてのマトモな価値観を教えるべき相手が居たらしい。
「タダは良くない。以上」
「じゃあ事務所がお金出してよ」
「うーん……」
「トレちゃんのオリジナル曲にはお金出したのに、あたしはダメだっての!?」
「いや、お前借金してる身分でよくそんなこと言えるな……」
「ケチ!」
「分かったから、とにかく奥入瀬さんを解放しろ。ダメなものはダメだから」
「ちぇ……はいはい」
渋々と言った様子で一鶴が奥入瀬さんから手を離す。
そのまま奥入瀬さんは、メタルスライムみたいな足の速さで「私、ついでなので姫様にご挨拶してきます」と言って、事務室から逃げ出した。
「くそぉ、奏鳴さんならちょっと押せば折れてくれると思ったのに。意外と強情だったのよね」
普通に最低なことを言いながら、不貞腐れたように一鶴は応接用のソファに身を投げた。
もう帰ってくれないかな。俺も暇じゃないんで。
「提案自体は悪くなかったと俺も思うぞ。ただ、無報酬でクリエイターを働かせるのは良くないからな」
「金、金、金。世の中もっと大事なものがあると思うの、あたし」
「すげえや何も心に響かない。あと一応訂正しておくけど、トレちゃんの楽曲だけど、アレ全部……MVの作成費用まで含めて、トレちゃんの自腹だからな」
「え!? トレちゃんって学生よね!? どこにそんな金が!?」
「お前にもデビューと同時に同じだけの金額を支給してたはずなんだがな、こういう時のために」
「そうか、トレちゃんはあたしや姫ちゃんと違って、まだ1000万を手元に残してるんだったか」
そこまで呟いてから、一鶴は急に「そういえば」と話題を変えて来た。
「1000万と言えば、2期生にも支給するんだったわよね」
「ん? ああ、そうだけど」
「ふーん……前々から気になってたんだけど、代表さんってどこにそんな金持ってんの? 奏鳴さんと同い年くらいなのに、よくそんな貯えあるわよね? 親の遺産か何か?」
どうやら一鶴は次のターゲットを、こともあろうに俺に定めたらしい。
とんでもないヤツだ。
「ノーコメントで。ただまあ、親の遺産なんかじゃないことは確かだ」
ノーコメントと言いながら、言わなくても良い事を言ってしまったのは、俺は心の底から親を嫌っているからだろうか。
「ふーん、じゃあ自力でそれだけの財を築いたってことか。意外とやり手だったのね、代表さんて」
運で10億手に入れただけだから、やり手でも何でもないがな。
そう思っていると、一鶴が俺のデスクににじり寄って来た。
「ちなみに代表さんって彼女とか居るの?」
「居ないが」
「そうよね。そんな冴えない代表さんに超優良物件をご紹介」
「よし、蘭月。そろそろこの超絶事故物件をここから摘まみ出してくれ」
「ハイヨ」
「ちょ、ぎゃぁあああああ! 腕がああああああああ!」
断末魔を上げながら、一鶴が蘭月に連行されていく。
結局仕事の邪魔をしに来ただけだったな。
なんだったんだコイツは。
「蘭月、少し待って頂けますか」
と、声を上げたのは七椿だった。
一鶴を摘まみ出そうとしていた蘭月が、七椿の言葉に足を止める。
「どうしたアルヨ、オネーサン」
「丸葉さんに仕事の依頼が届いてます」
「なに?」
俺もそれは初耳だった。
なんだ、一鶴に仕事の依頼って。
一鶴本人も訳が分からないという顔をしている。
「正確には、金廻小槌、幽名姫依、スターライト☆ステープルちゃんの3人に、ですが」
七椿はいつものように眼鏡を光らせながら、そう訂正した。
「案件の依頼です」
色々と衝撃的な発言を付け加えながら。
■
そう、今にして思えば、やはりあれが全ての発端だった気がする。
ナキを除く、FMK1期生が案件に指名された、あの出来事が。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます