あなたにオススメのゲームは

『時に疑問なのですが、幽名姫依は何故密カス以降、配信でFPSをやっていないのですか?』


 ある日の事務所。

 2期生オーディションの告知を目前に控え、微妙にピリピリとしている俺の耳に、bdの暢気な質問が聞こえて来た。

 他人のスマホに勝手に入り込むウイルスみたいなスーパーAIは、今日は幽名のスマホを乗っ取って本人に直接質問をぶつけている様子だった。

 bdのハッキングに最初は驚いていたFMKの面々も、1ヶ月も経った今では自分のスマホにbdが現れても眉一つ動かさない。慣れとは恐ろしいものである。


 それはそれとして、bdの質問内容は俺としてもちょっと気になっていたところではある。

 密カスでの大活躍以来、幽名のFPS配信を待ち望む声がSNSなどでもチラホラ聞こえていた。


 世界王者Lipidとの対決を期待する声もある。

 しかしそんな高まる需要を一顧だにせず、幽名はあれから全くと言っていいほどFPSには触っていなかった。


 何故なのか。

 俺は仕事の息抜きに2人の会話に耳をそばだてることにした。


「特に理由という理由があるわけでは……しいて言うなら、FPSがあまりしっくり来なかったからですわね」


『しっくり来なかった?』


「銃で撃ち合いをするゲームというのが、どうもわたくしあまり好きではないようなのです」


『あれほどの才能を持ちながら勿体ない』


「わたくしの才能はFPSに限った話ではないかと存じますが」


『なんですかその自信は』


 幽名が無駄に自己評価高めなのはいつものことだ。

 それはそうと、幽名がFPSやらなかったのはあまり好きじゃないからか。

 まあ好みは人それぞれだから、こればっかりは仕方ないのかもしれない。


『では逆に聞きますが、幽名姫依はどのようなゲームが好みなのですか?』


「一番よく遊ぶゲームはタイピングゲームですわね」


 まだ配信でタイピングゲーム擦ってるもんな。オンラインランキングに対応したどのタイピングゲームでも、不動のスコア1位が居るせいで未だに天下を取れてないようだが。


『他には?』


「他に配信で遊んでみた楽しかったのは、クリックでクッキーを無限に増やしてくゲームですわね」


『なんでそんな地味なゲームばかり配信で触ってるのですか』


「?」


『私がおかしなこと言ったみたいな空気にしないでください』


 AIも人間の垣間見せる神秘性に困惑することが多くて大変そうだ。


「そもそもわたくし、ゲーム自体を触り始めたのがごく最近なので、どんなゲームがあるのかそもそも分かっておりませんの。そもそも」


『適当に喋らないでください。ですが納得しました、自分に合うゲームを模索中ということなのですね』


「ですわ」


『そういうことでしたら、このbdにお任せあれ。幽名姫依の趣味嗜好を分析して、貴方にぴったりのゲームをご提案させて頂きます』


 あなたにオススメの○○は~みたいなこと言ってるAIだ、これ。いや実際AIなんだけど。


「面白そうですわね。是非お願いしますわ」


『では今からこの端末にアンケートを送るので、それに全て正直に記入を』


「送られてきましたわ。項目多すぎ、面倒ですわ」


『そう言わずに』


「仕方ありませんわね」


 今回いつにも増して緩いなあ。

 こいつらの会話聞いてたら眠くなってきた。

 それにしてもスマホを熱心にポチポチする幽名というのも、それはそれで珍しい光景だ。慣れてない手付きで画面を触る幽名につい目が行ってしまう。


「?」


 俺の視線に気付いたのか、幽名がいきなりこっちを見て来た。おもっくそ目が合ってしまう。

 しかし幽名はニッコリと微笑み、何事もなかったかのようにまたスマホの画面に熱中する。


 俺はなんとなく気恥ずかしさから顔が赤くなるのを感じた。

 この間幽名と2人で夏祭りに行ってから、妙に幽名のことを意識してしまう時がある。

 代表として、それ以前に大人として色々と良くない。気を付けよう。


「全部解答終わりましたわ」


『はいはい。それでは分析させていただきますよっと』


 どうでも良いけどbdの口調が最近崩れてきている。

 周囲の人間の影響を受けて自己学習しているのが原因なのだろう。

 あまり手本にしないほうが良い人間が多い事務所なので、このまま行くとbdの将来が少し不安だ。スーパーAIが、ただの変なAIにならないか心配である。兵器でいるよりは、変なAIになったほうがずっとマシなのかもしれないが。


『分析中、分析中……』


 急にロボットみたいな口調で分析してますアピールされてもな。

 気になってもう仕事が1ミリたりとも手に付かない。


『……チーン、分析完了』


 チーン、じゃないが。

 これもう既に変なAIになってるだろ。


『幽名姫依にオススメのゲームは……MMORPGです』


「えむえむおー?」


『MMORPG。ざっくばらんに言うと、ネトゲです』


「ねとげ?」


『そこからですか……』


 ネトゲか。

 なんというか意外なチョイスだな。

 しかもMMORPGなんかは配信でやると作業になりがちで、あんまり配信映えしないイメージしかない。結局は地味な配信になりそうな感じはするけど、そこんとこはどうなんだスーパーAI。


「なんだか良く分かりませんけれども、せっかくbd様が勧めてくださったのですから遊んでみましょう」


『絶対にハマりますよ。私の診断はパーフェクトです。多分』


 AIが多分とか言うな。

 そんな感じのノリで幽名がネトゲに手を出すことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る