妹の日

 FMKライバーたちに、2期生オーディションの面接官を依頼した日から数日後の夕方。


「そういや明日って瑠璃の誕生日だな」


「「「「えっ」」」」


 俺の言葉に事務所に居た全員が固まった。

 本日は9月5日。ということは明日は9月6日であり、何を隠そう我が妹である瑠璃の誕生日である。

 ちなみに9月6日は妹の日でもあり、そんな日が妹の誕生日になっていることに何かしらの因果を感じなくもなくもない今日この頃。


「ちょっと代表さん! なんでそんな大事なこと早く言わないのよ!」


「そうデス! 神経を疑いマース!」


 一鶴とトレちゃんがここぞとばかりに喰ってかかって来る。俺、また何かやっちゃいました?

 なんて冗談はさておき、忙しくてすっかり忘れていた。


「オーディションのことで頭がいっぱいだったんだ許してくれ。大体瑠璃のヤツも自分から言えばいいのに何のアピールもしないからさあ」


「はぁ~~~~~! 代表さんってな~~~んにも分かってないのね」


「クソデカ溜息やめろ」


「自分から誕生日とか記念日アピールする女がこの世のどこにいるのよ。覚えてて欲しいものなの、特に男には。しかも瑠璃ちゃんはそういうの一番苦手な子でしょ。祝って欲しいけど、自分からは恥ずかしいから言い出せない、みたいな」


 面倒くさいな、女って。

 とは口が裂けても言えない。言ったら最後、女性が大半を占めているこの空間において俺の居場所はなくなる。フランクリンからの助け舟は期待出来そうにないしな。


「ともかく、あたしらは誕プレ買ってくるから。代表さん、お金貸して」


「お前自分で言ってておかしいと思わないの?」


「わたくしも貸して頂きたく」


「……」


 とりあえず一鶴と幽名に諭吉を貸し与える。


 そして全員で買い物に出かけて1時間後。

 一鶴が1人だけへらへらしながら事務所に戻って来た。


「ごめん、負けちゃった。もう1万だけ貸して」


「誕生日プレゼント買う金でパチンコするな。あとへらへらすんな」


「だってぇ」


「だってじゃねえよ」


 こいつマジでろくでもねえ。

 蘭月がまだ療養中だからマークが甘くなってるせいもあるが、それにしてもあんまりだった。

 仕方ないので代打としてフランクリンに一鶴のおもりを任せて、再度誕生日プレゼントを買いに行かせた。手の掛かるヤツだ。


 それはそれとして、瑠璃のやつもとうとう18歳になるのか。

 ちょっと前まであんなに小さかった妹が、気が付けばもうほとんど大人の年齢だ。

 そういえば瑠璃のやつ、進路はどうなっているのだろう。


 多分俺の時と同じで、親父とお袋がごちゃごちゃ口出しして勝手に進路を決めているはずだが、瑠璃が俺に何も相談してきてないってことは問題ないってことだろうか。

 気になるし、ついでだから聞いておくか。


『お前進路どうすんの? 親父達になんて言われてんの?』


『なに、急に』


 メッセージを送ると返事は秒で返って来た。

 今日は学校の友達と遊ぶから事務所には来れないと言っていたが、既読スルーされなくて良かった。


『いや気になったから』


『お父さんとお母さんは海外留学させる気みたいだったけど、私は普通に大学行くって言って喧嘩になった』


 海外留学させるつもりだったのかよ。そりゃ瑠璃も流石に反発する。FMKのVTuberとして活動している以上、事務所から遠く離れた場所に行くのはイヤだろうしな。配信自体は何処に居ても出来るだろうけど。

 しかしそんなことになってたなら俺に一言でも相談してくれれば良かったのに。

 いや、瑠璃の性格なら自分からは言わないか。進路のことにしろ、誕生日のことにしろ。


『親父達が次に何か言ってきたら、俺に迷わず相談しろよ』


『考えとく』


 これだもんな。

 しばらくは瑠璃の方にも気を配っておいた方が良さそうだ。

 あの両親のことだ。最終的には瑠璃を自分達の思い通りの進路に持って行かせようとするだろう。

 色々あって俺のことはもう諦めているだろうが、だからこそ瑠璃にはかなりの執着あるはずだからな。


『あ、そうだ。お前明日事務所に来れるか?』


『行けなくもないけど、なんで?』


『ちょっと書いて欲しい書類があるから顔出してくれ』


『わかった』


『19時くらいに来てくれ』


『時間まで指定すんの? まあいいけど』


 これで良し。サプライズパーティーの下準備はバッチリだ。

 誘き出し方が露骨だったから瑠璃も察しただろうが問題はない。

 俺がちゃんと誕生日を覚えてるってことをこの段階でアピール出来たことが大事なのだ。


「さてと、俺も瑠璃の誕生日プレゼント買ってくるけど七椿はどうする? 一緒に行くか?」


 仕事に没頭していた七椿は、一度手を止めて眼鏡をキラリと煌めかせた。


「もう買ってあります」


 流石だった。


「ってか瑠璃の誕生日覚えてたなら、教えてくれれば良かったのに」


 俺が文句を言うと、七椿は仕事を再開しながら、


「教える必要性を感じませんでしたので、最初からちゃんと覚えている人には」


 と図星を突いてきた。

 これには俺もぐうの音も出せなくなる。


 なんてことはない、妹が妹なら、兄も兄だったというだけの話。

 妹の誕生日をしっかり覚えているなんてことが妙に気恥ずかしい感じがして、ついつい忘れてた振りを装ってしまっただけ。

 そしてそんな意味のない演技は、有能事務員である七椿には全部お見通しだったようだ。

 ほんと参ったね。

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