毛ほども

「FMKライバーとの……面接ぅ?」


 2期生オーディション企画書に書かれた文字列を見て、一鶴が盛大に眉を顰める。

 声にこそ出していないが、他の面子も同様に言葉の意味を飲みこめていない様子だった。


「その……ライバーとの面接って、私達が試験官になるってことですか?」


 おずおずと、奥入瀬さんがそう問うてくる。

 俺はその質問に肯定の頷きを返した。


「2期生オーディションは、前回のオーディションで行った書類審査、通話面談、面接に加えて、最終試験としてライバーとの面接を設けることにした」


「意図は?」


 瑠璃が端的に聞きたい事だけを口にする。


「今居るメンバーが、一緒に活動したくない、この事務所に居て欲しくない……そういう人間を採用しないための保険」


 俺は自分が考えていることを包み隠さず、ありのままに告白した。

 俺の発言に、みんなが困惑する様子を見せる。

 無理もない。俺が言ってるのはかなりエゴが強めの発言だったから。


「それってつまり、あたし達が気に食わないと思った人間には、容赦なくお帰り願って良いってことよね? マジのマジで、あたし達の勝手にしていいワケ?」


「良い。そして俺はその決定に文句は言わない」


「最悪全員落ちることになっても?」


「ああ」


 俺の肯定に、さしもの一鶴も気圧されたように言葉を詰まらせる。

 もう一歩、踏み込んだ説明をした方がいいか。


「ぶっちゃけ俺は、今居るメンバーが一番大事だと思ってる。お前たちが不快に思うような人間に、ここの敷居を跨がせたくないってのが本音だ」


 FMKの現ライバー6名の顔を、ひとりひとり確認しながら言葉を紡ぐ。


「面接官をやりたくないって人は、やらなくてもいい。そこは強制じゃない。時間はまだあるから一度持ち帰ってじっくり考えてくれ」


「そんな面白そうなのやるに決まってるでしょ。愚門よ愚門」


「人を見る真贋を磨く良い機会ですわね。是非やらせて頂きたいと存じますわ」


「ナニゴトもチャレンジデース!」 


 一鶴、幽名、トレちゃんはノリノリで速攻参加を表明してきた。

 流石の3人組だ。


「将来の仲間を自分で選べるチャンスがあるならやる」


 瑠璃は案外真面目な感じに。


『その手の任務、私を外す理由はないでしょう。スーパーAIの本領をお見せ致しましょう』


 bdはやたらと自信満々に参加表明をしてきた。言うほど本領発揮出来る場面か?

 一方で唯一手を挙げなかった奥入瀬さんは、申し訳なさそうに頭を下げて来た。


「すいません……私、どうしても人を試すような立場に自分が立てるとは思えなくって……」

「謝る必要はないよ。多分奥入瀬さんの感覚は正常だから」


 本音を言わせてもらえば俺も面接とかやりたくないしな。

 誰かを採用するということは、誰かを落とさなくてはならないということでもある。どちらにせよ、自分の匙加減ひとつで他人の人生が180度変わってしまうのだ。

 その責任の重さを考えれば、奥入瀬さんが尻込みするのも無理はない。


「じゃあ今試験官に立候補した5人は、後日詳しい説明があるからそのつもりで。とりあえず今日のところはこれでこの話は終わりだ」


 こうして少しずつではあるが、2期生オーディションに向けて企画が進み始めた。


 そして予め言っておく。

 2期生オーディションというイベントも、例によって無茶苦茶なことになってしまうと。


 しかもその無茶苦茶を引き起こすのが、よりにもよって、我が妹になるとは。

 この時の俺は毛ほども思ってなかったのである。


 ■


『代表、少しお時間頂きますが構いませんよね?』


 オーディションについてのアレコレを話し終え、みんなが帰ったあとのFMK事務室。

 俺がひとり残って最後の戸締りをしていると、モニターからbdの声がした。


「ああ、大丈夫だ」


『ありがとうございます』


「幽名の両親について何か分かったのか?」


 bdに頼んでいた件について俺が聞くと、画面の中のAIは人間臭いモーションで肩を竦めた。


『そちらはまだですね。全世界の監視システムをスクリーニングしているのですが、未だに足取りが掴めません。相当上手く隠れていますよ、彼女の両親は』


 スーパーAIの能力を持ってしても、幽名の両親は見つからないらしい。

 そんなことが本当に有り得るのだろうか。

 ただ借金取りに追われて夜逃げしただけだとしても、異様なほど情報が出ない。

 bd曰く、生死すら不明で、まるで神隠しにあったかのように忽然と消息が分からなくなっているらしい。

 前々から思っていたことだが、幽名の家庭周りはどうにもきな臭い感じがする。

 厄介事の臭いだ。


「引き続き捜索を続けてくれ、何か分かったら報告頼む」


『畏まりました。それで本題なのですがオーディションについて少しご提案があります』


「ん? なんだ?」


 問うと、bdは事務的な調子で、機械的に提案を投げて来た。


『次のオーディションですが、キューブを狙った間者がFMKに潜入するために受験してくる可能性があります』


「げっ」


 キューブを狙う他勢力の介入。

 それ自体あまり考えないように頭の隅においやっていたのだが、それがオーディションに関わって来るとなると流石に看過出来ない。

 やべえなそれ。


 分かりやすく狼狽える俺に、bdが続けざまに提案を投げて来た。


『ですので、書類試験はモデルナンバー:bdにお任せください。後顧の憂いを断つためにも、危険分子を全員ふるいにかけて差し上げましょう』


「……お願いします」


 キューブの重要性を考えた結果、俺はbdからの提案を受けることにした。

 bdに任せておけばまあ間違いは起こらないはずだ。多分。

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