乗るしかない、このビッグウェーブに

「で、ボイスの収益っていつ貰えるのかしら?」


 と、数日前に販売開始したばかりのボイスの売り上げを催促してきたのは一鶴である。というかこんな催促をしてくるのは万年金欠のコイツしかいない。先日密カスで稼いだはずの100万はどうしたと皆様は疑問に思うかも知れないが、そんなものはもう一鶴の手元にはないとだけ言っておこう。


「末締め翌月10日。他のチャンネル収益金とかとまとめて振り込む」


「まあそうなるわよね。は~あ、リアルタイムであたしの口座に振り込まれればいいのに」


 そしたらリアルタイムで湯水のように使っていくだろうが、お前は。

 ボイス販売に一鶴がやたらと乗り気だったのは、ご覧の通り遊ぶ金が欲しかったからである。

 金が必要なのは分かるけどな。稼げなければVとしてやってけないわけだし。配信で安定して稼げるようになるまでそれなりに時間もかかる。……そのための当面の活動資金1000万を一瞬で溶かしたのは一鶴自身なのだが。


 ボイスの売り上げは可もなく不可もなく。

 そこそこの売り上げであるが、恐らく一鶴が期待しているほどは売れてない。そんな感じだ。

 もうちょっとFMK自体の知名度が高ければ売り上げも違うのだろうが、本格始動してから3ヶ月そこらの事務所にそれを期待するのも酷な話。むしろFMKは今時期にしてはこれでも堅調だ。乱立していくVTuber事務所が鳴かず飛ばずで消えていくのに比べれば、もう既に十分過ぎるくらい爪痕を残している。悪い意味でも良い意味でも。


「まあいいや。それでもう9月だけど、そろそろオーディションの告知とかしないのかしら?」


 そんな悪い意味で爪痕を残しがちな一鶴が、何も考えずに大声で俺に聞いてきた。


「え、オーディション? 新人V募集するの? 聞いてないんだけど。なんで一鶴さんが知ってるの?」


「なんの話ですの?」


「デス?」


 わらわらと俺のデスク周りに集まって来るライバー達。

 あーもう……順序が無茶苦茶だ。



 とりあえず知られてしまったからには、もう隠しておくのは不可能だろう。

 どうせそろそろ全員に知らせるつもりだったしちょうど良いか。


「説明するから群がるな。お前らも少しは奥入瀬さんの慎み深さを見習え」


「あはは……」


 俺を取り囲む初期メンども、という構図を遠巻きに見守る奥入瀬さんは、苦笑いでソファに座っている。

 見ての通り本日は都合良く全員集合(bdはネット回線の繋がる所に偏在しているから確認するまでもない)だ。高校生組の夏休みは終わったが、1日だけ学校に行ってすぐに土日に入ったので今日はまた休み。長期休暇のロスタイムみたいな感じになっている。


「今一鶴が言った通り、FMKの2期生を募集することにした」


 俺は全員がソファに座るのを待ってから説明を始める。


「9月中旬に告知、10月頭に募集を開始して、オーディション本選は10月下旬から。そこから11月末までに結果を出すつもりだ」


「ふーん、そうなんだ。今回は何人くらい採用するの?」


 瑠璃の質問に、俺は不穏な笑みを返す。そんな俺の意味深な態度に瑠璃は不快げに舌打ちをした。なんて酷い妹なんだ。


「七椿、みんなに企画書を」


「はい」


 指示を出す前からそのつもりだったらしく、既に紙束を抱えていた七椿がライバー達に企画書を手渡していく。この間一鶴が勝手に盗み見した企画書とほぼ同じ内容のものだ。


「bdにも企画書データ見せた方がいいか」


『あ、私は事務所のPCデータを網羅してますので、オーディションの概要についても把握しています』


「ああそう……」


 ああそうで済ましていい話ではない。ハッキング、ダメ絶対。

 bdには後で個人的に話をしておくとして(bdに調べるよう依頼していた、幽名の両親の行方についても聞きたいし)、今はオーディションの話だ。


「そこにも書いてある通り、2期生は最大10人ほど採用しようかと思っている」


「10人もデス? いきなり増えマシタね」


 1期生が4人ぽっちだったことを考えると、10人はかなりの大増員に感じるだろう。

 というか実際多い。古参より新参の方が数が上になるわけだからな。


「調子に乗って増やし過ぎじゃない?」


 瑠璃が訝しむような視線を俺に向けて来る。

 厳しい意見だが、俺だって考えなしに数を増やそうと思ってるわけじゃない。


「FMKは今勢いに乗ってる感があるからな。この熱が冷めきらないうちに、どんどん勢力を拡大していきたいんだ」


「そりゃ私だって勢いは大事だと思うけど……うーん」


 瑠璃は不満そうな……というか、どことなく不安そうな顔を覗かせる。

 何に対しての不安か。なんとなく想像は付くが、前に進むことを恐れていては停滞する一方だ。

 俺達は乗るしかないのだ、このビッグウェーブに。


「わたくしは良いと思いますわ。奏鳴もそう思いますわよね?」


「えーっと……私は知らない人がいきなり10人も増えるのは……ちょっと……」


 幽名は賛成派。奥入瀬さんはどっちかというと瑠璃と同じ反対よりらしい。


「トレは全然ダイカンゲイデース! 後輩がいっぱいデキルのは楽しみデス!」


 トレちゃんは今日もかわいい。


「あたしも後輩が増えんのは良い事だと思うわ。しかも最大10人もね、ふふふ」


 一鶴はなんか知らんが悪い顔で笑っている。

 この馬鹿が何を企んでるのか知らんが、マジで要注意だな。


「bdはどう思う?」


『はぁ、そうですね。問題は何人増えるのかよりも、入ってくる新人の質の方にあると思いますが』


 若干みんなが問題視している部分とはズレた点を気に掛けて来るbd。

 しかしその意見は尤もでもある。


「そうだな、質は本当に大事だ。マジで。うっかり頭のオカシイ魂を起用しようものなら、その対応に延々と頭を悩まされることになるからな」


「なんか実感籠った意見ね」


 他人事な一鶴をひと睨みしてから、俺はこめかみを軽く抑える。

 たまにコイツが冗談で言ってるのか、真面目に分かってないのか分からなくなる。

 一応言っておくが、今のは大いなる皮肉だ。


「……ともかく、今回こそは間違いないよう、人としてちゃんとした人間を採用しないとな」


「あー、姫ちゃん、言われてるわよ」


「少々お待ちくださいませ、一鶴様。今鏡を探して来ますので」


「どういう意味?」


 鏡見て言えって意味だよ。


「まあ、皆の不安は分からんでもない。だから今回のオーディションは、少し特殊な形式を取ってみようと思う」


「特殊な形式って?」


「企画書の17ページ」


 俺の号令で全員が企画書をパラパラと捲っていく。

 そこにはこう記されていた。


「FMKライバーとの……面接ぅ?」

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