儚き大輪、夏の世の夢
「ここですのね、祭りの場所は」
どこぞの悪役ライダーみたいなセリフで幽名が祭りの会場を見渡す。
俺達がやってきたのは、自治会が開催している町内会規模の納涼祭だ。
しかし町内会の夏祭りと言えども馬鹿には出来ない。
立ち並ぶ屋台、頭上を飾る提灯の数々、ちょっと豪華めな櫓、ステージとその上で芸を披露するマジシャン風の男。そして祭りを楽しむ大勢の人々。
ロケーションは十分。これぞ夏って感じの賑わいだ。
若干予算が多めに使われていそうなのは、多分この祭りも感染症の影響で数年ぶりの開催だからだろうか。夏の終わりをこの祭りで大いに盛り上げようという町内会の気迫のようなものを感じる。
などと余計な考察を挟んでいると、俺の右手を掴んでいた幽名の手がするりと滑るように離れて行った。
「見たことのないものが沢山ありますわね。なんだか胸が弾んで来ましたわ」
弾むような胸を持ち合わせていない絶壁のお嬢様が、子供のような無邪気な笑顔で屋台の方へと駆けていく。
子供のような、ではなく幽名は正真正銘の子供だ。つい数ヶ月前に巣から放り出されたばかりの雛鳥でしかない。目に映るもの全てが新鮮で、触れるもの全てが新感覚。今は五感に感じるあらゆる情報を吸収して、急成長している真っただ中なのだ。
そんな微笑ましいお嬢様をしばし保護者目線で眺める。
お嬢様は焼きそばの屋台のおじさんと何やら問答を繰り広げていた。
幽名が頓珍漢な質問をしているのだろうことが遠目でも分かる。おじさんも苦笑いで応じているし。
一通り話をして満足したのか幽名が俺の方を振り返った。
「代表様! こちらですわ、こっち!」
屋台の前で手を振る幽名に、俺は「はいはい」と生返事をしながら近付いていく。俺の役割はエスコート兼お財布係りだ。まあ、このくらいの出費なら痛くも痒くもない。
この後屋台の商品で両手が塞がることになるだろうし、祭り中はもう幽名と手を繋ぐことはないだろうな。
ホッとしつつも、心のどこかで残念に思う自分が居ることに自嘲の笑みが零れる。
男なんてみんな単純な生き物なんだ。
■
「代表様、この白い雲のようなものは一体……?」
「わたあめだよ」
「飴なのですか? とてもそのようには……」
「食ってみ」
「はむ…………っ!!? 甘いっ……!? それにお口の中で溶けてなくなってしまいましたわ!」
「お手本のようなリアクションだなあ……って、直にがっついたらダメだって。ほら、口の周りベトベトじゃねえか」
「拭いてくださいませ」
「子供か」
「うーん…………」
「おーい、いつまで悩んでるんだ。お面なんてどれも一緒だろ」
「全然違いますわ。代表様はこれとこれ、どっちが良いと思いますの?」
「般若とナマハゲの2択は難しいな。もっと可愛いのにしないか?」
「どちらも可愛いですわ」
「女の子の可愛いは分からん」
「では両方頂きましょう。片方は代表様が被って、もう片方はわたくしが」
「え、いやだけど……」
「代表様は塩派ですの? それともタレ派?」
「焼き鳥は塩だな」
「ではこちらを。はい、あーん」
「……あむ。うん、美味い」
「ちなみにわたくしはタレ派になりましたわ」
「そんな『わ』の形で大口開けたらダメだろ、お嬢様が」
「あー」
「はいはい、あーん……ってまだがっつく。口の周りタレでべたべたじゃねえか」
「金魚様が沢山いますわ」
「金魚掬いだよ。このポイで掬って、こっちの椀に入れるんだよ。やってみるか?」
「えいっ、破けましたわ」
「早いな、コツがあるんだよ。こんくらいの角度で水に入れて、こう」
「おおっ、なるほどですわ。こうですわね」
「飲みこみ早っ」
「えいえいえい、ですわ」
「何匹掬うんだよ」
「事務所で飼いますわ」
「別に金魚くらいならいいけど……3匹くらいまでにしときなさい」
■
「なんだかどっと疲れたな」
ベンチに座ってひとつ溜息。
こっちはへとへとだってのに、幽名は今度は盆踊り。優雅に舞って、みんなの注目を集めている。
お嬢様のバイタリティにはほとほと感心させられる。箱入りで引き籠り気味だってのに、その体力はどこからやってくるのだろうか。
しかしまあ、本当に楽しそうで何よりだ。
「代表様、一緒に踊りましょう」
幽名が俺を引っ張って盆踊りの輪に引きずり込んでくる。
勘弁してくれと言いたいところだが、今日は我がままに付き合うと決めたのだ。
踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損てな。
そうやって気の済むまで踊り続けた。
気が付けば宴もたけなわ。
最後にささやかながら打ち上げ花火が見られるとのことなので、俺と幽名は適当な土手に腰を下ろして時間を潰すことにした。
「どうだ? 台本の参考になりそうか?」
「ええ、勿論ですわ。とっても楽しかったですわ」
微妙に答えになってないが、まあこの様子なら台本の方も問題ないだろう。
「あ……」
「どうした?」
「足が」
幽名が何かに気が付いたように、下駄を脱いで自分の足をまじまじと見る。
足の指の付け根に血が滲んでいた。
「鼻緒ずれしちゃってるな。大丈夫か、痛かっただろ」
「いえ、痛みなどは特に」
「そんなわけないだろ。足こっち向けて」
こんなこともあろうかと持ってきておいた治療道具で応急処置を済ます。
備えあれば憂いなしだ。
「こんなもんで良いか。ちょっと冷やすもの貰ってくるから待っててくれ」
「本当に大丈夫ですので。それよりも、もう花火が始まりますわ」
ヒュ~と気の抜ける音がして、頭上でバーンと花が咲いた。
花火が始まってしまったらしい。
仕方ないので幽名の隣に座り直して花火を見ることにした。
次々に打ち上げられては、夜空に吸い込まれるように散っていく花火たち。
一瞬の煌めき、儚い夏の思い出。
「綺麗ですわね」
「だな」
「……」
「……」
心地良い沈黙。
隣に目をやると、幽名は何故だか少しだけ悲しそうな顔で花火をじっと見つめていた。
何を考えているんだろうか。
そこそこの付き合いになるが、まだ幽名の頭の中は読むのが難しい。一鶴なんかはなに考えてるのか分かりやすいんだけどな。
やがて最後に一際大きな花火が打ちあがり、それを合図に祭りは終わりを迎えた。
祭りに参加していた人々も、三々五々に散っていく。あとに残るのは、祭りの後片付けをする町内会の男衆と、暗がりに乗じてイチャイチャし始めるカップルくらいだ。ちなみに俺達はそのどちらでもない。どちらでもないのだが、俺と幽名は直ぐには帰ろうとせず、無言でそのまま余韻に浸っていた。
「花火は」
「うん?」
不意に幽名がぽつりと漏らす。
「花火は、あれほど高く打ちあがっても、その輝きが全ての方に届くというわけではないのですね」
「まあ、そうだな。世界は広いから」
当たり前の答えを返す。
しかし幽名はそんな当たり前の答えに、ひどく傷付いたように瞳を伏せた。
「ではわたくしは、あとどれほど高みに昇らなくてはならないのでしょうか」
「姫様――」
「いつになったら、お父様とお母様はわたくしを見つけてくれるのでしょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます