シチュエーションボイスの台本を書こう!

 ボイス販売を始めるという話は、その場にいなかったライバーにもメッセージを飛ばして伝えた。

 すると奥入瀬さん以外の全員がボイス販売をやりたいとの返事が返って来た。


 奥入瀬さんについては、有栖原とR18ボイスを出すかどうかで揉めていたこともあってか、ボイス販売自体にまだ抵抗がある様子だった。こちらとしても無理強いは出来ないので、笛鐘琴里は今回不参加という形になる。むしろ以外だったのはbdが参加に前向きだった点か。



「で、シチュエーションボイスを収録するにあたって、まずは台本を作るところから何だが」


 事務所の会議室には、企画不参加を表明してる奥入瀬さんも含めたライバー達が勢揃いしていた。フランクリンも書記として同席してくれている。

 俺がボイス収録に必要な前準備の説明を始めると、一鶴が真っ先に手を挙げた。


「台本って自分で作んなきゃダメなの?」


「ダメ」


「えー、めんどくない?」


「じゃあ一鶴も不参加で」


「やらないとは言ってないわよ」


 ただ文句を言いたかっただけらしい。言うだけならタダだもんな。だが台本を自分で作るのが面倒臭いというのは分からんでもない。


 その手の創作に触れた経験がなければ制作は難航するだろうし、自分の作った台本でリスナーが満足してくれるだろうかとかの不安も当然生まれてくる。創作全般にありがちな悩みだ。


 別に台本を外注で済ますのも有りだが、自分を一番理解しているのは結局のところ自分自身だ。他人が想像して創造した自分像は、やはりどうしても違和感が生まれてしまう。書く側も置きに行ってしまうから無難な内容になりがちだしな。

 だから初回くらいは自分の言葉で、自分が考えた内容で、リスナーに声を届けて欲しいと俺が思った。

 いつもの俺の無駄なこだわりだ。


「ということで各自台本を書いてきて欲しい。締め切りは1週間後の17時まで。台本のチェックが終わったライバーから順次収録をしていく。収録は事務所のスタジオでやるからな、勝手に自分で録らないように。なにか質問は?」


「ダイホン書くのは分かりマシタケド、テーマはどうするデスカ?」


 夏仕様の露出多めなメイド服を着たトレちゃんが、元気いっぱいにぶんぶんと挙手しながら質問してくる。今日もトレちゃんはかわいいですね。すっかり元気になったようで本当に良かった。


「テーマはずばり『夏』だ。夏を意識したシチュエーションボイス企画ってことにしたから、みんなもそのつもりで台本を書いて来るように。企画の趣旨から外れた台本はリテイクになるからな」


「オーケーデース! じゃあワタシは甲子園を題材にダイホン書きマス!」


「いやまあ、夏の代名詞みたいなところはあるけども」


「ワタシがピッチャーで、リスナーがキャッチャー。甲子園のケッショー戦を描いた手に汗握る熱血スポコンモノに仕上げるデース!」


「夏にピッタリなシチュエーションだけど! なんか違う!」


「そうデスカ? 難しいデス」


 トレちゃんが変なことを言い出したせいで、全員が大喜利のネタを考える空気になってしまった。

 次に挙手したのは小槌だ。


「じゃあ、あたしは夏の豪華客船デートボイスにしようかしら」


「いいんじゃないか」


「その豪華客船は非合法の闇賭博の会場となっていて、あたしとリスナーは借金返済のために危険な賭博に強制参加させられるの」


「デートどこいった」


「スリル、ショック、サスペンスを求めている人向けの台本よ」


「その要素を求めてボイスを買う層が居るのか疑問だな……」


 そもそもそれを言ったら、小槌との普通のデートボイスを求めている層が存在しているのかが疑問だけど。


『非合法の賭博船はともかく、夏といえば海というのは正しい発想です。金廻小槌にしては』


 と、海水浴とは縁遠い存在である電子の申し子bdが名乗りを上げる。

 ちなみにbdの席にはタブレット端末が立てかけられており、その画面にリモート通話よろしくbdの3Dモデルが顔を覗かせて会議に参加していた。


「じゃあbdも海をテーマに書くのか?」


『そうしようかと。海は海でも電子の海ですが』


「ネットサーフィンじゃねえか。家から出ろ」


 上手いこと言いやがって。


「というかbdも創作とか出来るのか?」


『確かに本来の私の用途とは掛け離れた運用形態ではありますが、それは今更というものでしょう』


 まあ、元は軍用AIだしな。

 とは口が裂けてもこの場では言えない。

 bdの来歴を知っているのは、この場では俺とトレちゃんとフランクリンだけ。それ以外の無関係な人間にむやみやたらと吹聴していい話じゃない。

 フランクリンが少し厳しめの目で俺を見ていることを意識しつつ、俺は口を滑らせないよう改めて気を引き締めた。


「創作分野も、AIが人間に取って代わる日が来るって話も聞くし、どんな台本が出来るか期待してるぞ」


『お任せください。まずはデータ収集からですね』


 ……なんかとんでもないシンギュラリティポイントに出くわしてる気もするが、深く考えたら負けだ。

 俺は瑠璃に話を振ってみることにした。


「ちなみに瑠璃はどんな台本にしようと思ってるんだ?」


「私は怪談にしようかなって」


「へえ、ホラー好きだもんな、む――」


「む?」


「いや、なんでもない」


 危うく『昔から』と言いかけてしまった。

 俺と瑠璃が兄妹であることは未だに秘密のままだからな。

 あくまでも俺達が会ったのはFMKに来てからということになっている。

 もう秘密にしてることが多すぎて頭ごちゃごちゃになってきた。誰か助けてくれ。


 しかしいくら怪談話をしようとも、語り手がナキだと色々と台無しな気もする。主ににゃーにゃー言わなければならない縛りのせいで。

 そういうあざとさも瑠璃の作戦なのだろうけど。


「姫衣ちゃんはどうするの? 何か思いついた?」


 奥入瀬さんが幽名にも台本の話を振る。

 だが幽名は、珍しく難しい顔をして「う~ん、そうですわね……」と歯切れ悪く返答するだけだった。


「……まあ、締め切りまで1週間はあるから、全員一度持ち帰ってじっくり考えてみてくれ」


 それでその日はお開きとなった。




 それから1週間後。

 次々に夏ボイスの台本が提出される中、とうとう幽名だけは締め切りを過ぎても台本を出してこなかったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る