ロイヤル・プリンセス・ガーディアンズ

 ここはとあるチャットアプリのとあるサーバー。


 サーバー名は[RPG]


 名前だけを見ればどこにでもあるゲーム系の趣味人が集うサーバーにしか見えないだろう。

 だが、そんなありふれたサーバー名には隠された真の意味があった。


 ロイヤル・プリンセス・ガーディアンズ。


 それがこのサーバーの正式名称。

 ロールプレイングゲームじゃない。

 RPGに集うのは、最近人気急上昇中のとあるVTuberの熱心なファン達だ。

 いや、熱心などという言葉はもはや彼らには似つかわしくない……熱狂的とでも言った方が適切だろう。

 今回はそんな彼らの生態について少しだけ触れていこうと思う……。




「定例会議を始める」


 と、地味に渋めの声が、第何回目になるのかも分からない会議の開始を告げた。

 声の主はこの[RPG]と名付けられたサーバーのホスト……いわばRPGの発足人である。

 彼のチャットアプリ上でのアカウント名は【ゴールデン】。サーバー内ではゴールデンとそのまま呼ばれたり、或いは金さんとか呼ばれたりしている。


 ゴールデンが会議の開始を告げると同時、それまで賑やかにお喋りしていたチャットの参加者達はピタリと静かになった。

 心地良い静寂感。みなが聞く姿勢になっているのが良く分かる。

 ちょっと気分が良くなりつつ、ゴールデンは言葉を続けた。


「それではプリンセス……姫様の密カスでの健闘について、みなの感想を聞こうではないか」


『姫様最強!』


『すげえぜ姫様! あのbdと互角の戦い! 凄すぎてどうにかなっちまいそうだぜ!』


『俺ぁ画面の前で泣いちまいましたよ!』


『FPS初心者なのにあの腕前……やはり姫様は神の子に違いない!』


『うおおおおお! ひーめ様! ひーめ様!』


 ヒートアップして収拾がつかなくなってきた所で、ホスト権限で全員のマイクを一旦ミュートにした。

 その上でゴールデンは敬虔なる臣民達に落ち着くよう呼び掛ける。


「諸君、落ち着きたまえ。諸君の熱意は痛いほどによく伝わってきた。私も同じ気持ちである。しかし姫様はこのような熱狂を望まないお方であることは、諸君も知っているだろう。一度深呼吸して心を鎮めるのだ」


 数秒待ってからミュートを解除。

 もう臣民達はすっかり静かになっていた。

 しかしその熱までもが完全に引いてしまったわけではない。

 今は静かに熱く燃え滾っているだけ。強い興奮状態は依然として継続中だ。その証拠に、サーバー参加者の1人がひどくイライラした態度でゴールデンに突っかかって来た。


『なあ……ゴールデンよぉ……てめえアレ持ってるんだろ? はやくだせよ……勿体ぶってんじゃねえよ……』


 男の催促を皮切りに、次から次へと中毒者たちの声が冥界からの呼び声のように木霊してくる。

 ゴールデンは再度落ち着くようみなに言い含めてから、サーバーにとある動画を投下した。


「ほら、お待ちかねの新作切り抜き。密カスでの姫様の活躍まとめだ」


『う、うおおおおお! 仕事が早い!』


『きちゃああああ!』


『助かる』


『金さんいつもありがとう』


『ナイス金玉おじさん!』


「ここでは私のことはゴールデンと呼べと言ったはずだ」


 妙な名前で呼ばれたことをちゃんと訂正してから、ゴールデンは一つ咳払い。


「今回の姫様は見どころが多すぎて困ったよ。序盤のFPS初心者特有の動きをする可愛らしい姫様や、中盤の黙々と練習して上達していくご様子、そして終盤のbdに単身で接戦を演じた凛々しいお姿。全てが永久保存版の愛らしさであった」


 ゴールデンの言葉に全員が同意の相槌を打ってくる。

 みな気持ちは同じなのである。


『でもゴールデン! 俺は納得いかないんです!』


「どうした親衛隊」


 親衛隊とは今納得いかないと叫んだ若者の名前である。そういうアカウント名だ。


『あれだけ姫様が頑張ってbdを追い詰めたのに! それなのに! 金廻小槌が美味しいところを全部持っていきやがった!』


 親衛隊は、マイク越しに台パンのような音を響かせながら慟哭する。

 その不満は親衛隊だけでなく多くの臣民が抱いていたのだろう。

 同様の不平不満がどんどん溢れてくる。


『許せねえよあのギャンブルジャンキー……!』


『金廻小槌を許すな!』


『小槌は姫様に謝れ!』


『ナキちゃんに金返せ』


『お気持ちマシュマロ投げまくろうぜ!!!』


 怒りが爆発して臣民達が暴走状態に突入仕掛けてしまう。

 そこで待ったを掛けるのもホストであるゴールデンの仕事だ。

 一斉ミュートで全員を強制的に黙らせ、その上で勧告。


「諸君の怒りは尤もだが、小槌はあれでも姫様のご友人だ。彼女を害するような真似をすれば、姫様はひどく悲しまれるでだろう。そのことを忘れてはならないぞ」


 宥めてからミュートを解除すると、臣民達はすっかり反省した様子で静かになっていた。


『でも姫様はお友達を選んだほうがいいと思う……』


 それはそう。ゴールデンもそれには反論の仕様がなかった。


「まあその話は別の機会にするとしよう。で、今後の姫様の配信スケジュールだが」


『明日は18時から笛鐘琴里とコラボ配信。内容はセッションのようです』


「姫様のヴァイオリンの音色を聴けるのか。楽しみだな」


『明後日は19時からソロ配信。新しいゲームに挑戦してみるらしいです』


「マテラテを切っ掛けに、コンピューターゲームに興味を持たれたのかもしれんな。素晴らしいことだ」


『それ以降のスケジュールは未定ですね』


「そうか……」


 まあ最近は姫様はほぼ毎日配信しているので、未定でもなんら問題はないのだが。

 とりあえず明日は18時には家に帰れるように仕事の都合を付けなくてはならない。

 ゴールデンは自身のスケジュールを厳しく見直しながら会話を続ける。


「それにしても、これだけ精力的に活動されている姫様に、一切お布施が出来ないのは心苦しいな」


 姫様のチャンネルは未だ収益化されていないため、投げ銭も出来なければ、いくら再生数に貢献しても1円たりとも姫様の懐にお金は入らない。

 そのことにゴールデンが言及すると、臣民達も同じように苦しそうな呻きを漏らした。さながら亡者の嘆きだ。


『姫様は未成年故、チャンネルの収益化がままならないのも無理はないでしょう』


『しかしだからといって、この現状はいかがなものか』


『レターパックで現金送りたい気持ちだよ』


『ここはやはり、姫様にボイスなどのグッズを販売してもらうようお願いしてみるべきなのでは?』


『というかFMK運営がそこらへん気を使うべきだろ! FMK代表は全裸で俺達に謝罪しろ!』


『そうだそうだ! FMK代表は姫様のボイスを出すか、ちんぽを出すのかどっちか選べ!』


 また臣民が熱くなったところでミュートを発動。静かにさせる。


「うむ、みんなの気持ちはよく分かった。FMK運営には、みんなを代表して私が意見を出しておこう。姫様のグッズを販売しろとな」


『おお』


「ということで、今日の会議はこれくらいにしておこう。さっきの切り抜きを投稿しなくてはならないからな」


 そんな感じでRPGの今日の会議は終了した。


 彼らロイヤル・プリンセス・ガーディアンズ……旧名、幽名姫依ファンクラブの活動は続く……。

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