Chapter 3.5 "Silver Creator Award"

新しいスタッフが(勝手に)やってきた。

 照りつける太陽が肌を茶色く焦がして焼き尽くす。そんな猛暑日が続く8月中旬。

 俺は律義にスーツ姿で事務所への道のりをえっちらおっちらと歩いていた。


 曲がりなりにもいちタレント事務所の代表として、仕事中は何があろうともスーツを着てよう。自分の会社だからって甘えたりしないぞ。

 夏が始まる前はそんな決意を胸に抱いていたりしたものだが、こうも毎日飽きもせずに太陽が頑張っているのを見ると、じゃあ俺は頑張らなくてもいいかな……なんて意味不明な理由で心挫かれそうになるのも仕方がないというものだろう。

 しかし我が事務所の問題児筆頭にしてギャンブルジャンキーである丸葉一鶴が「代表さんがこの夏どこまでスーツで出勤し続けられるか賭けるわよ」などと、俺の忍耐力をネタにトトカルチョを始めたので、こうなりゃ意地でもスーツのまま夏を越えてやるとムキになっているのが今の俺なのである。


「あぢ~じぬ~」


 流石にジャケットは脱いでいるが、それでも猛暑を和らげる術としてはイマイチだ。

 暑さに頭をやられながら、走らないタイプのゾンビみたいに唸りながらのそのそと通勤路を行く。すると、ウサミミバスタオルという奇天烈な格好をした少女のイラストが、突然視界に入ってきた。正確には、そのイラストがプリントアウトされた痛キャンピングカーが、だが。


 密林配信の楼龍兎斗乃依とコラボしている兎斗乃依号だ。

 キャンピングカーの見た目をしているが、中身は完全なサウナ仕様。

 この夏絶賛レンタル中のサウナカーだが、今日も誰かが朝早くからレンタルしているらしかった。

 既に外がサウナみたいな状況なのに、その上で移動式レンタルサウナを利用する客がいることに驚きだ。

 どうやら楼龍とリモートサウナ出来るというサービスが思ったよりも人気らしい。


 うちの事務所も今後はあんな感じの企業コラボとかしてみたいもんだ。

 一鶴――金廻小槌とパチンコでコラボとか? いっそFMKのパチスロとかどうだろうか。それで小槌とリモートパチンコを楽しめるみたいな。いいな。いや、よくねえよ。

 良い具合に脳みそが茹っているせいで、そんな感じの全然良くない考えしか頭に浮かんで来ない。

 と、そろそろ真面目に暑さで気分が悪くなり始めた頃合いで、ようやく事務所の前に辿り着いた。


 VTuber事務所FMK。


 天から降ってきた金で築いた、俺の城である。


 ここまで地獄の道のりのようにぐだぐだと描写してきたが、駅からの道のりはほんの6分ほど。

 それなりの良立地にある、まあまあ小奇麗なちっさいビルだ。

 1階にはU・S・Aとかいう、これっぽちもUSA感のない喫茶店が入っており、FMKの事務所は2Fからとなっている。


 外にある階段から日陰に入ると、一気に暑さが和らいだ。

 そのまま2階にある事務室へと直行する。

 ノブを回す。扉には鍵が掛かっていなかった。


「また一鶴の奴だな……」


 事務所に寝泊まりしているお姫様は、この時間帯はまだおねむだ。

 マネージャー2人も今日は俺より遅く出て来る予定のはず。

 となると残りは必然、事務所を無料開放の避暑地か何かと勘違いしている問題児しかいないというわけだ。

 あいつほんまそういうとこな。


「一鶴! お前いい加減になあ――」


 今日こそガツンと言ってやる。

 そんな勢いで扉を開け放った俺の言葉は、分かりやすく尻すぼみに消音されていった。

 事務室のど真ん中に、筋肉モリモリマッチョマンの変態が居たのだ。


「……」


「……」


「……あ、間違えました」


 そっと扉を締め、階段を降りてビルを見る。

 間違えてないよな? ここはFMKの事務所があるビルだ。

 いや待て。俺が勘違いしているだけでよく似た別のビルかもしれない。

 そう思って1階の喫茶店に入ってみた。


「おう、いらっしゃい」


 テンガロンハットを被った西部劇スタイルのダーティハリーが俺を出迎えた。

 店内のBGMは何故かドイツ国歌。

 店名がUSAなのに、メニューを開いてもアメリカンは置いていない。


「どうした、狐につままれたみたいな顔をして」


 西部開拓時代からタイムスリップしてきましたとでも言いたげな恰好をした店主の親父が、日本人でも今日日使わなさそうな慣用句を器用に使いこなす。

 その手にはリボルバー。店主がカチッとリボルバーのトリガーを弾くと、銃口からはボッとちっちゃい炎が出て来た。ただの銃の形をしたライターだ。


「間違えてねえや。こんな珍奇な喫茶店、日本にふたつとあってたまるか」


「なんだい藪から棒に、冷やかしなら他所へ行きな」


「あ、すいません。それじゃとりあえずコーラひとつ」


「はいよ」


 一先ずキンキンに冷えた炭酸で頭をクールにリフレッシュ。

 それから会計を終えて、すぐさま事務所の前まで戻って来た。


「いや誰だよ!!!」


 大分間を空けてから、ようやく当然のツッコミを入れる。

 大声で叫びながらドアを開けたが、例のマッチョさんは先程と寸分違わぬポーズで、事務所の中に佇んでいた。


 ツッコミを入れてから気が付いたが、これって普通に警察とか呼んだ方がいい事案だったのでは?

 正体不明の人物が、勝手に鍵開けて事務所の中に居るんだもんな。

 しかも筋肉モリモリのマッチョマン。浅黒い肌に、スキンヘッド。身長200cm以上。タンクトップにカーゴパンツ。胸元に光るドッグタグ。明らかにやべえ人だ。


「……」


 そんなマッチョメンが無言で俺ににじり寄って来る。

 はわわわ……おっきすぎ……霊長類としての格が違うよお……。


 ビビリ散らかして漏らしそうになる俺の眼前まで迫って来たマッチョさんは、蟻を見下ろすような視線をこちらに落としてくる。

 そして厳かに口を開き、


「ユーがここのリーダーだな?」


 と問うてきた。


「いえ、人違いです」


 咄嗟に誤魔化して回れ右しようとしたが、ガシッと肩を掴まれて身動きが取れなくなった。


「嘘を吐くな」


「すいません嘘でした」


「こっちに来い、話がある」


 そして事務室の応接ソファに座らされる俺。

 マッチョさんも対面に腰かける。二人掛けのソファがまるでキッズ用の椅子だ。


「オレはアメリカから派遣されてきた。名前はフランクリン。ワケあって国以外の所属は明かせないが、貴様らを監視するのがオレの任務だ」


「すげえ日本語上手っすね」


「まあな」


 マッチョさん改めフランクリンは、俺の軽口にクールに応じて大胸筋をセクシーにピクリと動かした。

 ……現実逃避終了。


「監視……監視って、なに言ってんの?」


「キューブの件だと言えば分かるな?」


 キューブ。

 その一言で一気に緊張感が3割増しになる。


 キューブとは、アメリカのダーパだかなんだかが開発した、軍用AIモデルナンバー:bdの本体であるスーパーマシンの名称だ。

 そのキューブはなんの因果か現在FMKが所有しており、bdもVTuberとしてFMKに所属するというワケの分からない状況になっている。


 そのキューブの件で、遠路はるばるアメリカからやってきたと言われたら、俺が身構えるのも無理はないという話だ。 

 米軍のスーパーマシンを勝手に事務所の所有物みたいにしてるだけでも大分ヤバイのに、先日FMKの所属ライバーであるメリーアン・トレイン・ト・トレインことトレちゃんと、同事務所所属の李蘭月マネージャーがアメリカ本土でやらかしてきたアレやソレを顧みると、どんな報復を受けるか分かったもんじゃないというのが正直な感想なのでありまして……。

 俺は事務室入り口にいつでも走って逃げられるように、少しだけソファから腰を浮かした。


「何が目的なんだ?」


「だから監視だと言っただろう」


「ほんとのほんとにか?」


「本当だから落ち着け。ビールでも飲んでリラックスしろ」


 事務所にビールなんて置いてねえよ。


「アメリカは、キューブの管理をそちらに任せることで完全に合意した。これは大統領直々の決定だ」


「それは一応聞いてるけども、いきなり大統領とか言われてもな」


「とぼけた態度は周囲を欺くためのペテンか? 全てはリーダーであるお前の差し金なのだろう?」


「どっちかっていうと巻き込まれただけのマーベル市民みたいなもんだよ、俺は」


「ふん、まあいい。そこを見極めるのも含めての監視だ」


 要するに、俺がキューブを悪用しないか見張るためにアメリカから送られてきたということだろうか。

 監視を付ける程度の枷で許されるのなら、俺としてはそれくらいで済んで良かったというのが本音となる。


 しかしフランクリンが本当のことを言っているのか、俺には正直判断の仕様がない。

 だからとりあえず自分で考えるのは諦めて、俺は一言こう告げる。


「で、この男の言ってることはどこまでが本当なんだ? bd」


『お答えしましょう』


 事務所の壁掛けモニターがひとりでに明るくなり、画面にアメジスト色の髪をした3Dキャラが映り込む。

 bdが操るVTuberとしてのアバターだ。


 トレちゃんが肌身離さず持っているキューブがbdの本体ではあるが、彼女(彼だっけ?)の行動範囲はネット回線の繋がるありとあらゆる環境下だ。

 当然事務所の中もその範囲内であり、俺が声を掛けるまで静かにしていただけで、最初からbdはこの部屋に居たようなものである。

 もしかすると、フランクリンが事務室に入るよりもずっと前から。


 多分恐らく、とっくに蘭月とトレちゃんにも連絡は行っていることだろう。

 俺が今やっているのは、2人が駆け付けてくるまでの時間稼ぎみたいなものだ。


 しかし割とドッキリを意識した演出だったにも関わらず、フランクリンは眉一つ動かさずにモニターを睥睨した。

 まるで最初からそんなの知ってましたよと言う感じのクールな態度だ。


「ユーがbdか。どれ、スーパーAIのお手並み拝見と行こうじゃないか」


 あまつさえ、bdの実力を測る試験官気取りのセリフまで吐きやがった。


「おいおい、良いのかよそんな余裕かましてて。うちのbdさんに掛かれば、お前の尻の穴の皺の数まで完璧に分かっちまうんだからなあ?」


『そんなものは調べたりしません』


「……で、この男の言ってることはどこまで本当なんだ?」


『大体全部本当のことのようですよ? フランクリンはCIAの諜報員で、大統領直々の密命を受けて、FMKに監視の名目で送り込まれてきたようです』


「CIA……」


 映画とゲームでしか聞いたことのない組織が出て来た。


『本名はフランクリン・スモーレンバーグ。生年月日は1992年11月24日、現在31歳。出身はデラウェア州ウィルミントン。父親は幼い頃にトラック事故で他界しており、肉親は母親がひとりだけ。ブラウン大学にて国際関係学を修了し学士号取得。その後、アメリカ海軍に4年在籍した後、CIAに転職。簡単なプロフィールはこんなとこでしょうか』


「大したハッキング能力だ。だがその程度の情報は誰でも――」


『奥様のステファニーとは結婚5年目で夫婦仲は良好。子供は娘と息子が一人ずつ。ご近所からは絵に描いたような幸せなご家庭と評判のご様子。ですが……ああ、ステファニーは裏で別の男と――」


「ストップ。分かった、もう十分だ」


 フランクリンが慌てた様子で待ったを掛けた。


「その件については2度と触れるな……オレも知ってはいるんだ……」


 フランクリンは目を瞑ってこめかみを指で押させる。

 家庭がのっぴきならない状況になっているのに、海外に単身赴任か。

 なんか普通に可哀想になってきた。


「えーっと、とりあえずFMKの監視が嘘じゃないってのは分かったけど、具体的にどうやって監視すんの? っていうか監視対象にバラしても問題ないのか? そういうのって」


「隠したところで意味が無いとの上の判断だ。そっちには人型ドローンを生身で破壊するスーパーウーマンがいるんだろう?」


 まあそれもそうか。遠巻きに監視しててもトレちゃんと蘭月なら速攻で発見するだろうしな。

 それならいっそ正体をバラした上で、正々堂々近距離で監視しようということなのだろう。

 相手がアメリカさんから派遣されてきたエージェントだと知っていたら、こっちも迂闊には手出し出来なくなるわけだし。


「具体的な監視方法だが、表向きはオレもこの事務所に就職したスタッフとして働かせてもらい、より近い距離でお前たちの働きを見て行こうと思う」


 え、マジ?


「給料とかは?」


「いらん」


「仕事振ったらちゃんとやってくれんの?」


「当然だ。だがこの事務所の活動を監視出来なくなるような場所への移動などは断らせてもらう」


 すげえ。

 キューブのお陰で、CIAの超エリートがFMKのスタッフになってくれた。しかも無給。

 ちょうど人手を増やしたいと思ってたところだったんだよなあ。

 なにせ2期生オーディションの関係でこれから忙しくなるところだったワケだし。

 正に棚から牡丹餅だ。


「オーケーオーケー、万事了解、超歓迎。やったぜbd、お前は幸運の女神だぜ」


『それほどでもありますが』


「監視されるのに何を喜んでいるんだユーは」


 だってこっちは突かれて痛い腹なんて何もないし。

 キューブを悪用だなんて、そんなことを考える奴はこのFMKには……あー……まあいないワケじゃないが、多分大丈夫だろう。


 そんなワケで、募集も掛けてないのにFMKに新しいスタッフが(勝手に)やってきたのだった。

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