今の俺のやりたいこと
色んな意味で激動だった1週間は終わりを告げ、FMKの配信強化夏合宿はしめやかに閉幕した。
合宿の成果があったのかFMK各ライバーのチャンネル登録者数も、破竹の勢いで伸びを見せている。
金廻小槌ch. 10.8万人
スターライト☆ステープルちゃんnel 9.8万人
幽名姫依 14.7万人
薙切ナキ / Nakiri Naki Channel 6.3万人
Kotori Ch.笛鐘琴里 6.7万人
bd official 20.4万人
密カスで大立ち回りを演じてみせた幽名は登録者数を一気に伸ばし、初期メンの中では小槌を抜かして一気にトップに躍り出た。
FPS世界王者であるLipidにも気に入られ、彼のSNSなどでも宣伝されたのが大きい。
美味しいとこだけ掻っ攫って行った小槌もなんやかんやで10万人越え。
元々堅実に数字を伸ばしていた☆ちゃんも、合宿最終日に披露したスターレイン☆コンチェルトが無事にトレンド入りした効果で10万目前になっていた。
ナキと琴里も着実に登録者数を増やしているし、合宿は成功だったと評価せざるを得ないだろう。というと発案者である一鶴を褒めてるみたいでなんかイヤだけども。
そして今回FMKに電撃加入を果たしたbdは、なんと既に登録者数20万を超えていた。
流石はニュースサイトのトップを飾ったりしただけのことはある。
途中加入したVが、いきなりエースの座に君臨することに思うところがないわけでもない。
部活に入ったばかりの1年生がレギュラーになった時の心境というかなんというか。
まあ、事務所的には心強いし、他の面子へのカンフル剤になることを期待しよう。
ちなみにスターレイン☆コンチェルトのMVについてだが、完成までに2ヵ月くらいは掛かるとのこと。
今から納品されるのが楽しみだ。
で、密カスの裏で起きていた事件についての擦り合わせをするために、俺は今有栖原アリスと顔を突き合わせている。
念のために言っておくがサシで話をしているワケじゃない。
俺の両隣にはトレちゃんと蘭月。有栖原の隣には北巳神が立っている。
FMKと密林配信の中で、今回の件に関わっていた人間はこれで全員だ。
話し合いの場所は、機密性を重視して密林配信事務所の社長室が選ばれている。
その社長室の主である有栖原は、真っ黒な立方体をしげしげと観察しながら小難しい顔でうんうん唸っていた。
「これがキューブ……小さいし軽いし、とんでもないオーバーテクノロジーの産物なのよ」
「落として壊すなよ、それうちのエースの本体なんだから」
「ちょっとやそっとの衝撃じゃ壊れないのよ。精密機械のくせに」
とか言いつつ有栖原は、割れ物注意の荷物でも扱うかのように、そっと慎重にキューブを机の上に置く。
なにせガチモノのトンデモマシンだ。恐らくこれひとつで国家予算レベルの価値があるだろう。
本来なら一介のVTuber事務所なんかの手元に置いてちゃいけない代物だ。
でも今更他の奴に譲るつもりも毛頭ないのだが。
俺はキューブを手元に回収してから、有栖原の神妙顔に視線を向ける。
「んで、件のテロ組織はどうなったんだ?」
「モンタージュは壊滅。構成員の末路は……まあお前は知らないほうがいいのよ」
「知らないほうがいいって一言で大体察しが付くから意味ないんだよなあ」
「相変わらず口の減らない男なのよ、お前は」
有栖原はいつもの不機嫌顔に表情をスライドさせた。
怒らせちゃったか。どうでもいいけど。
「bdの生みの親っていう博士は?」
「合衆国に送られたのよ。でも多分、処刑はされないのよ」
「テロ組織に与したのにか?」
「第2のキューブを作らせて恩赦を与えるつもりなのよ。それだけの価値がヴァレンタイン博士にはある。予想出来た流れなのよ」
それを聞いて、ホッとしたような、怖いような……。
ホッとしたのは仮にもbdの親である博士が、すぐに処刑されるわけではないということに対して。
怖いと思ったのは、そのうち作られるであろう新しいキューブの存在に対してだ。
「ま、ボスが心配せずとも、不穏ナ動きを察知シタラ、DARPAごとぶっ潰しにイクネ」
「ワタシたちの目がクロイうちは、もう二度とキューブを悪用サセマセン。代表さんはマクラをタカクして寝ていてクダサーイ」
不安に駆られる俺に、両隣のチャイナ服とメイド服のダブルコスプレカタコト女子が心強い言葉を掛けてくる。
確かに、この2人が居てくれれば恐れるものは何もないだろう。
心配するだけ疲れるだけか。
うんうん、そうだよな。
「――で、お前らは寄り道先のアメリカでなにやらかしてきたの?」
俺の質問に、蘭月とトレちゃんは同時に目を逸らした。
おいおい。めっちゃ枕の位置が下がってるんだけど、今。
「あっちがキューブの所有権は合衆国にアルって主張して譲らナカッタカラ、ちょっとネ」
「ちょっとってなんだよ」
「昔のナカマと一緒にちょっとだけ大暴れシタ……ダケデス」
ちょっとという枕詞で誤魔化そうとしているが、大暴れという時点でもうどうしようもないくらいにやっちまってる。
「イヤ、でもほら、向こうの大統領は流石に話のワカル男だったアルネ」
「大統領……? え……怖……なにいってんのこのひと」
「サイシューテキには快くオーケーを貰えましたし、配信ニモ間に合いマシタシ、終わりヨケレバ全部ヨシデース!」
良いのかなぁ。
明らかに余計な問題が増えてる気がするけど。
今後絶対に各方面からの干渉が増えるやつだろ、これ。しかも国レベルの奴らが関わって来る事案だ。
でもbdを引き取るってなった時点で、こういうゴタゴタも全部既定路線っちゃ既定路線だ。
面倒は代表である俺が矢面に立って引き受ける。それで良いじゃねえか。
精一杯、全身全霊を持って傷つけられていこう。
それがFMK代表である俺の、ある意味役得なのだから。
考えようによっては地獄だけど。
生き地獄だ。
「つーか、全部終わった後で文句を言うのもアレだけど、今度からうちのマネージャーにこの手の依頼をする時は、まず俺を通してくれ。基本的に全部断るけど」
あくまでも蘭月はVTuber事務所のマネージャーだ。
他の人間がどういう認識で蘭月を見ているのかは知らないが、俺はそう認識している。
なので、ぽいぽい勝手に暴力沙汰どころじゃない戦争やらなんやらに、人ん所のマネージャーを駆り出して欲しくない。
勿論、トレちゃんにしても同じだ。
テロリストの撲滅だの傭兵だの暗殺だのは、VTuberやそのマネージャーがやる仕事じゃない。
今後は、マジでどうしようもないくらいに世界が危機に瀕している……とかじゃない限りは、蘭月もトレちゃんもその手の事件への介入は制限させてもらおうと思う。
例えそれで、どこの誰とも知らない人間の命が失われようとも、だ。
俺はトレちゃんと蘭月に、もっと普通の人間として生きて欲しいと思っている。
今回の一件でそれが良く分かった。もう事務所の椅子の上で、誰かの無事を祈る時間を過ごすのはまっぴらだ。
「それは宝の持ち腐れ、貴重な戦闘要員の無駄遣いというもの」
俺の要望に、それまで有栖原の横で置物になっていた北巳神が苦言を呈した。
無駄ね。
「そりゃトレちゃんや蘭月ほどのスーパーウーマンに、VTuberやらマネージャーをやらせておくだけってのは、人類にとって大いなる損失かもしれねえな。だけどな、北巳神……俺は2人が危ない目に遭うのはイヤなんだよ」
子供の感情論みたいな理由になっちまったけど、イヤなものはイヤなのだからしょうがない。
すると北巳神は無表情のまま(bdよりコイツの方がよっぽど機械みたいだ)、
「その2人のことが好きなの?」
とか全然予想もしていなかった質問をしてきた。
何故そうなる。いや、そうなるのか?
というか好きにも色々あるしな。
ラブじゃなくてライクの方とかあるし、別に俺がここでトレちゃんと蘭月を好きだと肯定したとして、それが原因で変な話に発展することもないだろう。
2人のことを事務所の仲間として好きなのは間違いないワケだしな。
うん、変な意味は含まれない。
「ああ、まあ……す、す、すき……だよ。そりゃ」
「動揺シスギデス」
「ソコは男らしく、ドウドウとムネを張って言い切って欲しかったアルネ」
両隣からダメ出しが入った。
なにこの辛い空間。もう帰りてー。
「アリスは何を見せられてるのよ。くだらない茶番は他所でやって欲しいのよ」
と、俺の帰りたいオーラを察してくれたのかは定かではないが、有栖原が帰れの合図を出してきた。
喜んで帰らせてもらうが、まださっきの要望について返事を貰えていない。
「有栖原。今後はトレちゃんと蘭月に妙な仕事の依頼をするな。するにしてもまず俺だ」
「はいはい、分かったのよ。言われなくてもこれ以上FMKなんかに借りを作ろうとは思わないのよ。北巳神も余計な口を出すんじゃないのよ、お前の雇い主はアリスなのよ」
「……分かった」
有栖原が俺との口約束を守ってくれるかは疑問だが、まあ牽制くらいにはなるだろう。
それから俺は、トレちゃんと蘭月にも一応釘を刺しておく。
「2人も、危険な事件に首を突っ込むのは出来るだけ控えてくれ。頼む」
「ヤレヤレ、ボスの命令なら仕方ナイアルネ」
「善処スルデス」
2人の返事はなんか軽い。
……有栖原なんかより、こっちを制御する方が難しそうだな。
それより言いたいことは言ったし、そろそろお暇させてもらうとしよう。
「帰るわ」
「勝手に帰ればいいのよ。今回はやむを得ずそちらの手を借りたけど、FMKは敵なのよ。次に会う時は敵同士。覚悟の準備をしておくのよ」
「あ、そう。分かってると思うけど、今度また暗殺者とか仕向けたりしたら、うちの人類最強の金髪メイドが黙ってねえからな?」
「その娘を危ない目に遭わせたくないって言ってたのに、脅しの道具にするのはどうなのよ?」
「それはそれ、これはこれだろ」
「デース」
有栖原の顔が怒りに引き攣るのを確認してから、俺達は密林事務所を後にした。
あの様子を見るに、やっぱり有栖原はFMKにちょっかいかけるのを止めるつもりはないらしい。
とはいえ、トレちゃんと蘭月、それにbdという最強の布陣が居る限り、脅すまでもなく暗殺者を仕向けるような無駄な真似はしてこないだろう。
となると次に有栖原がやりそうなのは搦手か。
一鶴をV業界から追放するため、もしくはFMKを潰すために、有栖原がどんな手を使ってくるのか。
想像も付かないが、なにが起こっても良いように事前の対策と心構えだけはしっかりとしておこう。
そういや結局、有栖原が一鶴を密カスに呼んだ意味はなかったな。
事件はほとんどトレちゃんのパワープレイで解決したようなものだし。
有栖原はただ一鶴を密カスに呼び、賞金100万を持っていかれ、あげく敵対しているFMKの宣伝に役立ってしまっただけのようなものだ。
――あるいはそれこそが一鶴の強運が齎した未来なのかもしれないが。
真実は神のみぞ知る。
■
後日。
俺がいつものように事務所に赴くと、当たり前のように一鶴が事務室のソファでクーラーの風を浴びて涼んでいた。
時刻はまだ朝の7時だ。
こんな朝早くに事務所までやって来たのか? 有り得ねえ、コイツ昨日も事務所に泊まりやがったな。もう夏合宿も終わったって言うのに。
元はと言えば夏合宿の始まりは、一鶴が自宅アパートにクーラーがないから事務所に泊めろとか無茶言ってたのが始まりだったのを忘れていた。
「おはよー代表さん。良い朝ね」
「おはようじゃねえよ、契約解除するぞ」
「いいじゃないのよ。減るもんじゃないんだから」
「光熱費と水道代は間違いなく掛かってるんだが」
「ほら、あたしが泊まるって言ったら姫ちゃんも喜んでたし」
「幽名を言い訳の道具に使うな」
ちなみに幽名は時間的にまだ寝てる。
はぁ……とりあえず蘭月に頼んで、夜にはコイツを自宅まで移送してもらうとしよう。
こんな無法がまかり通っていたら、今後のためにならないからな。
「あ、そういえば代表さん。これ勝手に読ませてもらったんだけど」
そう言って、一鶴は印刷された紙束をひらひらと俺の方へ差し出した。
しまった。油断してデスクの上に置いたまま帰ってしまっていたか。
よりによって一番読まれたくない奴に読まれたな。
「お前さあ、勝手に重要な書類を盗み見るなよ。次やったら一週間事務所のトイレ掃除だからな」
「むしろそんな程度で許してくれるのは優しくない?」
「じゃあ市中引き回しの刑で」
「ガチの処刑じゃん」
バカなやり取りはさておき。
一鶴は改めてパラパラと企画書を捲りながら、ニヤリとお得意の不敵な笑みをこっちに向けて来た。
「とうとうやるんだ……2期生オーディション」
「まあな」
一鶴に盗み見られた企画書の内容は、FMK2期生オーディションについてだ。
1期生のデビューからそこそこ経つし、ここらが事業拡大の頃合いだろう。
そう思って密かに計画立てていたのだが、まさか一鶴なんかに見つかるとは。
「あたしも先輩かー」
「模範には程遠いけどな」
「あたし、型には嵌りたくない女なのよね」
「言ってろ」
こんなヤツに先輩マウントを取られる後輩たちが可哀想だ。
まだ見ぬ2期生たちに心の中で同情を寄せる。まあ、その2期生たちがまともである保証もどこにもないのだけれども。
そして俺は俺で、例によって予想外の出来事に振り回されるのだろうが、それも含めて、今は楽しみで仕方がなかった。
FMKのやべえ奴らが巻き起こす非日常。
そんな非日常を目一杯楽しむこと。
それこそが、今の俺のやりたいことなのだから。
――To Be Continued.
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