全員集合
FMKの夏合宿7日目、最終日。
この日は朝からてんやわんやだった。
「全員分かってると思うけど、今日の配信は前に曲を収録するときに借りた音楽スタジオからだからな。今日一日は貸し切りにしてもらってるから、準備出来たら早めに前入れしておいてくれ。移動はこっちでタクシーを用意する」
「代表、ちょっとマズいかも」
「なんだ瑠璃」
「一鶴さんが消えた」
「は?」
主にてんやわんやの原因は、よりにもよってこのクソ忙しい日に自由行動をかましてくれた一鶴のせいだったのだが。
「消えたって、どゆこと?」
「密カスでbdを倒した賞金100万円だけど、もう一鶴さんの口座に振り込まれたらしいんだよね」
「ああ……マジかよ」
100万円を手にした一鶴が消息不明。
カレンダーを確認すると今日はなんと日曜日だ。
あいつ……競馬場に行きやがったな。
完全に油断していた。蘭月に気を付けろと忠告されていたのに。
「代表、私が連れ戻して来ましょうか?」
と、七椿。
しかし超有能事務員である七椿には、今日一日は音楽スタジオの方にインしてみんなの面倒を見ていてやって欲しい。
なので、必然的に現場に居ても役に立つのか分からない俺が一鶴を探しに行くのがベストだろう。
「みんなは先に行ってリハーサルしておいてくれ。七椿、現場の指揮は任せたぞ」
「かしこまりました」
「あの……代表さん、待ってください」
「トレちゃんさんは大丈夫ですよね? まだ姿が見えないですけど、まさか事故にあったとかじゃ……」
本日の配信の主役であるトレちゃんは、朝になってもまだ帰って来ていなかった。
奥入瀬さんが心配するのも無理はないか。
俺はこれ以上奥入瀬さんが不安にならないよう、努めて冷静に普段通りの口調で説明する。
「ああ、大丈夫だよ。さっき連絡があったけど、配信までには絶対に間に合わせるって言ってたよ」
「そうなんですね……無事なら良かったです」
配信の心配というより、トレちゃんの身を一番に案じてくれていたようだ。
こっそりbdからトレちゃんの暴れっぷりを聞かせてもらっていた俺からすると、トレちゃんがケガだのなんだので来れなくなる心配は皆無だとしか思えないが。
ちなみにトレちゃんからさっき連絡があったというのは嘘だ。
本当は昨日一度向こうからメッセージが来たきり、一切連絡が取れていない。
そのメッセージの内容も『ちょっと寄り道してカラ帰りマース』だけだった。
以後音信不通だ。
「とにかくトレちゃんを信じてリハーサルに集中しておいて欲しい。一鶴も絶対に首根っこ掴まえて引き摺って行くから」
「分かりました……行こう、姫衣ちゃん」
「はいですわ」
トレちゃんと一鶴を除いた全員は、そのまま音楽スタジオに前入れしに行った。
俺は急いで一鶴を探しに別行動を開始する。
多分競馬場周辺に居ると思うが、絶対ではない。
アイツの行動は予測不可能だからな。
もしかすると非合法の裏カジノとかに出入りしている可能性すらある。
そうなると捜索は困難を極めるだろう。
とりあえず鬼電するがやはり一鶴は電話に出ない。あの野郎……。
拾ったタクシーに乗り込みながらスマホの画面を睨んでいると、いきなり画面にbdの顔がスライドしてきた。
『お困りのようですね、代表』
「うお……bd、お前気軽にハッキングして出て来るなよ。プライバシーの侵害だぞ」
びっくりし過ぎて論点のズレたツッコミを入れてしまった。
今は俺のプライバシーなんかはどうでも良い。
『金廻小槌の行方を捜すのなら、私の力が大いに役に立つでしょう』
確かに。あらゆる電子機器に当たり前のようにハッキング出来るらしいbdが居れば、一鶴の探索は容易になるだろう。
元軍用の最強AIであるbdに、ギャンブルジャンキーのろくでなしを捜索する手伝いをしてもらうのは忍びない気もするが、力を貸してくれると言うのなら断る理由はない。
「頼めるか?」
『お任せあれです……見つけました』
「はやっ」
『東京中の監視カメラという監視カメラをハッキングしましたので』
にしても早いだろ。
しかしこれでもう今後一鶴に逃げ場はなくなるわけだ。
はっはっは、こいつは気分が良いぜ。
運転手さんに行き先を告げ、座席に深く腰を沈める。
一鶴はどうやらチョロチョロと動き回っているようだが、bdのお陰でアイツの座標は筒抜けだ。捕縛するまでそう時間は掛からないだろう。そっちの心配はもうあまりしなくても良さそうだ。
問題は、トレちゃんの方だろう。
「bd、トレちゃんはどうなってる? 間に合うのか?」
『現在アメリカを発って移動中です。配信にはギリギリ間に合うか……少し遅れるくらいでしょうね』
「そうか」
トレちゃんの行動も、bdを介して一応把握だけは出来ていた。
トレちゃんの寄り道先は、アメリカだった。
bdの本体であるキューブは、元はと言えばアメリカ軍の所有物だ。
やはりそんな代物をそのまま日本に持ち帰るのは難しかったらしく、帰国を邪魔する勢力にちょっかいを出されているとbdは言っていた。
で、トレちゃんはそこら辺の問題を解決すべく、現地の知り合いと共同で、国と直接交渉しに行っていたらしい。
「帰国中ってことは」
『はい、無事に諸々の問題は解決した様子です。キューブはこちらで預かっても良いと、ホワイトハウスから直々に許可を得られました』
「ごめん話のスケールがデカすぎて怖いんだけど。俺、また暗殺されそうになったりしないよね?」
『どうでしょうね』
画面の中のbdは肩を竦める。
もう命を狙われるのは懲り懲りだが、かといってbdを元の持ち主に返却するつもりは毛頭なかった。
bdはもうFMKの仲間なのだから。
「さて、入ったばかりの新人Vにやらせる仕事じゃないけど、一鶴を捕まえる協力頼んだぞ、bd」
『お任せあれ』
途端に、信号が全部青になってタクシーがすいすい進むようになった。
それは流石にやり過ぎだ。
「ハッキングはほどほどにな」
『善処致します』
■
ほどなく一鶴は捕獲出来た。
「ちょっとお馬さんを見に行こうとしただけじゃん! ケチ!」
などと意味不明な供述をしており、俺のスマホの中のbdも呆れた顔をしている。
『私があった人間の中で、貴方が一番しょうもない人間だと断言出来ます。事務所一丸となっているこの状況でそんな身勝手な行動を取って、人として恥ずかしくないのですか?』
「う、ぐっ」
AIに正論で罵倒され、一鶴が苦しそうに呻いた。
反論の余地もないので言い返せずに口をパクパクさせている。
もっと言ってやってくれ。
■
そんな本当にしょうもない事件を乗り越えつつ、気が付けば配信10分前になってしまっていた。
トレちゃんはまだ来ていない。
「トレちゃんおっそいわね。全員でのリハもなしのぶっつけになるけど、大丈夫なのかしら」
どの口でトレちゃんに文句を付けているのか、一鶴が時計を見ながら呟いた。
配信枠は既に待機所が立っている。
やはりおとといの密カスでFMKに対する注目度が上がっているらしく、10万人という有り得ない人数がトレちゃんの配信枠に集まっていた。
今更中止には出来ない。
が、主役の不在をどう言い訳したものか。
それに間に合ったとして、曲の方も心配だ。
トレちゃんがちゃんと歌えるのか未だに分かってないし、奥入瀬さんも配信で大勢が見てる前で演奏出来るのかどうか……。
『問題ありません』
机の上に置いたノートPCから、bdが全員に声を掛けてくる。
『間もなく到着します』
直後に、ブースのドアを蹴破る勢いで、待ちに待った主役が姿を現した。
「オハヨウゴジャマース! みなさん遅れてゴメンデース! トレちゃん復活デス!」
いつものメイド服を着たトレちゃんが、いつものように天真爛漫な笑顔でスタジオに入って来る。
その笑顔を見た瞬間、それまで考えていた不安が全部綺麗に吹き飛んでいくのが分かった。
「遅刻ギリギリよ、トレちゃん」
「わたくしは間に合うと信じておりましたわ」
「っていうか多少遅刻してもVのリスナーは案外許してくれるもんだけどね」
「トレちゃんさん! お帰りなさい!」
ライバーたちが、遅れてやってきたトレちゃんを暖かく迎え入れる。
なんだかんだで皆心配していたのだろう。
スタジオ内には安堵の空気が流れていた。
「遅れてすまなかったアル、思ったヨリ交渉ガ長引いたヨ」
トレちゃんに遅れて蘭月もスタジオに入って来た。話に聞いていたよりピンピンしており、見た目の怪我もあまりなさそうだ。
後で聞いた話によると、この時の蘭月は立っているだけでも限界だったらしいけど。
ともあれ、これで久々の全員集合だ。
久々っつってもほんの数日ぶりなんだけど。
なんかもっと長かったように感じる。
しかしここで弛緩していてもらっては困る。
本番はここからなのだ。
「再会を祝うのはそこら辺にしとこう。トレちゃん、疲れてるとは思うけど、本番まであと5分もない。準備は――」
「いつでもオーケーデス!」
「――だよな」
長いようであっという間だった夏合宿も、これでフィナーレだ。
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