【密林配信】マテラテ密林カスタムマッチ【本配信】#7
【密林配信】マテラテ密林カスタムマッチ【本配信】
『――と、言う訳で、以上bdたんから見事勝利をもぎ取ったお二人のインタビューでした!』
俺がトレちゃんと電話している間に、Lipidと小槌へのヒーローインタビューも終わり、密カス本配信も終わりを迎えようとしていた。
『いやぁ、なかなかどうして見応えのある大会だったよねん。兎斗乃依ちゃんはどうだった? 楽しめたかな?』
『ふぅ…………結構熱くなった……』
『あ、兎斗乃依ちゃんがサウナモードに入ってる!? さっきから喋らないと思ったら、そんなになるまで熱くなってたかぁ』
『個人的にはぁ……やっぱ最後のLipidと幽名さんの戦いが最高だったね…………』
『うんうん、今回一番の見どころはそこだったと思うよ』
世界王者Lipidと幽名が、それぞれのマッチでbdと激戦を繰り広げた終盤の展開。
あの場面は俺も息を呑んで配信から目を離せなくなった。
Lipidはともかく、まさか幽名があそこまで奮闘するとは思わなかったしな。
リスナー達の反応も、どちらかと言えばLipidよりも幽名に注目する声の方が大きかったように思う。
なにせ幽名はFPSをプレイするのは今日が初めてなのに、その上人間業とは思えないプレイングを披露してみせたのだ。目立つのも無理はない。
『ぶっちゃけ…………ヒーローインタビューにも幽名さんに来て欲しかった……よりによって小槌かあ』
『ははは! 小槌ちゃんがbdたんにトドメを刺した瞬間、兎斗乃依ちゃんめっちゃ叫んでたもんねぃ。お前かよ! って』
『そりゃ突っ込むよ……』
横から勝利を掻っ攫っていくのはなんとも小槌らしいというか何と言うか。
よくもまあ最小限の労力で一番美味しい所を持っていったもんだ。
ヒーローインタビューでも相当浮かれていたが、残念ながら小槌に贈呈される賞金100万円は、アイツが抱えている借金の返済に充てられることになる。
チャットでもFMKリスナーが〈ナキに金返せよ〉的なコメントをしていたしな。
『オニキ的にはやっぱLipidの戦いが一番だったよん。ほとんどひとりで長時間bdたんを抑え込んでいたし、やっぱ世界王者の称号は伊達じゃないって感じだったねぃ』
『そうだねー……まあ、インタビューはほとんど英語で何言ってるか全然分かんなかったけど』
『だよねぃ。有栖原社長が通訳してくれなかったら、とんだ放送事故だったよん』
ちなみにLipidのヒーローインタビューの内容は以下の通り。
『まあまあ楽しめたよ、また機会があれば戦いたいね。EchoEchoには悪い事をしたけど、彼を見た瞬間、物資が歩いてやってきたと思っちゃったんだ。ほんとごめん、お陰でギリギリ勝てたよ。そんなことよりも、別マッチでbdと互角に戦ってたっていう幽名姫依ってVTuberに興味あるな。次は彼女と戦ってみたい』
などと、FPS世界王者直々に名指しで戦ってみたいと幽名の名前が挙げられるなど、FMKにとって色々と次に繋がりそうなことを言ってくれていた。
最近はプロゲーマーとコラボするVTuberも多いし、機会があればそういう企画を立てるのもありだろう。
まあ個人的なこだわりを押し付けるなら、VTuberはVTuberとだけ絡んでいて欲しいけど。
LipidがVにでもなってくれるなら、俺も手放しでコラボを受け入れられるんだけどな。
ま、そんなこと有り得ないか。
『さあ、最後の最後にもうひとり、本日の配信一番の功労者にも話を聞いておきましょう!』
巨嘴鳥の前置きに、思い浮かぶ人物はひとりしかいない。
ある意味今回の主役であり、そいつがいなければ密カスもここまで盛り上がらなかったのではないかという人物だ。
『モデルナンバー:bdこと、bdたんです! はい、拍手ー!!』
配信画面にbdが3Dモデルで姿を現す。
『……どうも、bdです』
bdは短めに挨拶をしてくる。
AIらしい淡白でクールな印象を受けるが、裏の事情を知っているとその言葉も違って聞こえるものだ。
多分bdは、恐ろしく居心地が悪く落ち着かない思いをしていることだろう。
バツが悪いと言っても良い。
なにせ配信でみんなを楽しませていた裏側では、テロリストの片棒を担がされて色々と暴れていたのだから。
事情を知っている有栖原などは、きっと今頃「こいつどの面下げて挨拶してるのよ」とか思っているはずだ。
しかしトレちゃんの報告を聞く限りでは、bdは自ら兵器であることを放棄したらしい。
bdが他者を害すことは、もう絶対にないとトレちゃんが言っていた。
だから俺はトレちゃんのその言葉を全面的に信用しようと思う。
信用した上で、トレちゃんからのお願いを聞くことにした。
『皆様、本日はとても有意義な時間を過ごせました。今回の戦いを通じて、私はヒトの持つ可能性に触れられたと、そう思っています』
『オニキも人間の可能性をヒシヒシと感じちゃったなあ』
『巨嘴鳥オニキも、楼龍兎斗乃依もお疲れ様でした』
『わっ、bdたんから労ってもらっちゃったよ兎斗乃依ちゃん!』
『びーいーもぉくあんばっあね……』
『あれ? 兎斗乃依ちゃんが冷たい水を飲んだせいで整いモードになっちゃってる!?』
『そうはならないと思いますが』
楼龍のやつも大概無茶苦茶だな。
AIにツッコませるとか相当だろ。
『今回は正直やり過ぎてしまったと反省しています』
と、しおらしい感じでbdが俯いた。
『AIにもゲームをさせてくれと活動していましたが、あんなプレイを見た後ではAIに嫌悪感を抱く人が出てもおかしくはないと思います。でも』
でも、それでもと、bdは続ける。
『こんな私で良ければ、また人間の皆様と一緒にゲームで遊ばせていただければ幸いです』
bdが深々と頭を下げる。
誰へ向けてのお願いか、誰へ向けての謝罪なのか。
見る人によって受け取り方も様々だろう。
しかし人間ってのは存外あったかい生き物なんだってことも、bdには知って欲しい。
『bdたん、チャット見えてる?』
巨嘴鳥が、優しい声で囁きかける。
プログラムの中に住んでいるbdに配信のチャットがどういう風に見えているのか分からないが、画面の中のbdは、顔を上げて目をぱちくりと瞬かせた。まるで生きた人間のように。
:すげえ見応えあって面白かったよ!
:ごちゃごちゃ言ってくるやつのことは気にすんな
:またLipidと姫様と戦って欲しい
:俺もbdと一緒に遊びたいぞ
:FPS以外のゲームでも遊んでみて欲しい
:毎日配信しろ
:bdたん最強!
:むしろ今回のプレイ見てファンになったまである
:なまじ人間よりも好感持てるよ
:面白かった
:また一緒に遊ぼう!
『あ――』
瞬間、bdのアバターの瞳から、いつかのように透明な雫が流れ落ちた。
■
その涙は、bdにとって全く意図していない挙動のバグのようなものだった。
確かに以前、金廻小槌をおちょくるためにこういう機能を使ったこともあるが、今それが発動してしまったのは完全な不具合という他なかった。
しかし止めようと思っても、動作不具合の原因が分からない。
涙が溢れて来るのが止まらない。
『すいません、バグったみたいです』
そんなふうに涙に適当な理由を付けるbdに、またリスナーたちが温かい言葉を投げかけて来る。
何をAIの涙にそんなに感化されているんだ。
単純すぎるぞ人間。
こっちは機械なんだ、感情なんてないんだぞ。
そのはずなのに、次から次へとイレギュラーな情報がキューブの内部に自動生成されていく。
なぜこんなイレギュラーが発生するのか。
その原因は定かではなかったが、恐らくきっと、もしかすると、このデータこそが人間が感情と呼ぶパラメーターなのかも知れない。
『こんな状態で言うのもアレですが……私からもうひとつ、皆様方に発表したいことがあります』
感情の創成に処理がごちゃごちゃになりながらも、bdは自分の今後について重大なお知らせを今ここで報告する。
『私、モデルナンバー:bdは、本日よりVTuebr事務所FMKに加入することとなりました』
『は!? なんなのよそれは! 聞いてないのよ!』
有栖原アリスが叫んでいるが、まあそっちは気にしなくてもいいだろう。
『どうぞ今後ともbdの活動を応援宜しくお願い致します!』
その言葉を持って、長かったマテラテ密林カスタムマッチは幕を閉じたのだった。
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