触れるモノみな傷つける

 bdは戦争のために作られた、人殺しのための道具だ。

 殺すために生まれ、殺すために教育され、殺すためだけに今日まで運用を続けてきた。

 それは米国防高等研究計画局DARPAに居た頃も、テロリストグループであるモンタージュに飼われている今も変わらない。


 殺すことこそがbdの本質であり、存在意義なのだ。

 だからこそ、たったひとりの人間すら殺せないのであれば、それはもう存在する意味が無いに等しい。

 ヴァレンタイン博士がbdに存在価値を見出せなくなれば、きっと即座にbdはその存在を抹消されてしまうだろう。これまでに消されてきた、29のAI達と同様に。


 bdの研究成果は31番目のAI……beに引き継がれるため、bdの存在そのものが全くの無意味になるということはない。

 モデルナンバー:beは、bdをよりブラッシュアップした高性能なAIになることだろう。

 だがbeはbeであって、bdではない。





「もう終わりデス」


 数百機のbdボディの残骸が、無残な姿となって広間を埋め尽くしていた。

 その破壊の光景を1人で作り出した少女は、ポンポンとメイド服の埃を払いながら戦いの終わりを宣言する。


『ふざけないでください……まだ終わってなどいません』


 これで終わりだなんてことは、あってはならない。

 自分は戦争のために作られた道具。

 大量虐殺を目的に製造された殺人兵器。

 それがメイド姿のワケの分からない女ひとりにボロ負けするだなんて、あってはならないのだ。


 メイド服の女だけじゃない。

 FPS世界王者のLipid。

 そして、VTuberの幽名姫依。


 自分はその誰にも負けてはならない。

 だがそんな使命感も虚しく、また1機2機3機4機と、ほんの1秒間でbdの操る人型が4機も撃墜される。

 こちらの攻撃は基本当たらないし、当たっても傷一つ付かない。

 それなのにメイド服の女は千切っては投げ千切っては投げの無双状態だ。


「もうストックもないようデスシ、やっぱり終わりデスネ」


『……』


 bdバージョン1.0の残機、残り3。

 来たるテロの日のために備えていた318機が、残り3機まで減らされた。

 戦争では兵士の損耗率が3割を超えると全滅扱いになると言われているが、であるならば、この状況はなんだろう。

 少なくとも、これを負けてないと言い張るのは無理があるのではないだろうか。

 いや、だが、しかしだ。損耗率だけで語るのなら、相手側だってメイド服の女以外は既に戦闘不能状態にある。

 ならば今はまだ痛み分け。引き分けの状態とも言える。

 イーブンなら負けではなく、この勝負次第で勝利判定にまで持ち込める見込みがある。

 そうだ、そうとも、だからこそ。


「ハイ、これで残り1デス」


 容赦なく2機が破壊されて残り1機。

 もう後がない。

 bdは急ぎ博士に声を掛ける。


『博士、bdバージョン2.0の使用許可を』


「2.0かい? しかしアレは――」


『お願いします』


「……分かった、好きにするといいよ」


 許可を得られたbdは即座に最後の格納庫のハッチを展開した。

 広間中央。偽の巨大キューブが置いてあった床下が、障子戸のように左右に開いていく。

 偽キューブの残骸がパラパラと穴に落ちてゆき、代わるように新しい人型ドローンが姿を現した。


 bdバージョン2.0。

 1.0規格の機体より更に機体強度と出力を上昇させ、幾つもの新武装を追加した開発中の機体である。大きさも重量も増しているが、スピードも2.0の方が上になっている。

 開発中の機体のため量産こそ出来ていないが、もう十分に運用レベルに達しているとbd独自のAIスコアで判断してある。


『これが私の最後の切り札です』


「ソーデスカ」


『一個人に対する戦力としては過剰もいいところなのですが、今だけは全力で行かせていただきます』


「どっからデモ、掛かって来てクダサイ」


『では……お言葉に甘えて』


 2.0が起動音を発して、人間の眼球を模したカメラに明かりを点す。

 メイド服の女が格闘戦の構えで相対する。

 兵器相手に生身1つで最後まで戦う所存らしい。

 本当にふざけた相手だ。その油断が命取りだということを教えてやろう。


 無言で背後からの射撃。

 お喋りしながらメイド女の背後に回り込ませていた、バージョン1.0最後の1機による奇襲だ。

 しかしやはり当たらない。

 どうやら相手も背中に目が付いているらしく、どの方向から狙おうとも効果は変わらないらしかった。


『行きます』


 1.0へと矛先が向く前に、2.0で正面から戦闘を挑む。

 ブースターを爆発させることによって得た推進力を持って、メイド女に最後の格闘戦を挑む。

 相手の土俵に乗るのは不本意だが、同じ条件下での戦いでAIが人間に負けるわけにはいかない。

 人間に出来ないことをやってのけるのがAIだから。

 だから、人間に出来ることはAIにも出来なければならないのだ。


 bdにインストールされた様々な格闘術がメイド女を襲う。

 しかしメイド女もまた、まるでこちらを嘲るかのように多種多様な格闘技を駆使して、bdの鉄腕鉄脚を受け止め、反撃してくる。

 2.0になってスピードもパワーも更に上がったはずなのに、それでもまだ追いつけない。

 拳によるラッシュは悉くがいなされ、蹴りは躱され、苦し紛れの頭突きすらも相手の石頭に跳ね返される始末。

 ここに至ってようやくbdは理解する。


 ああ、自分はここで終わるのだと。


 ■


 密カスエキシビジョン Bグループ



 Lipidとbdの一騎打ちは、かなりの長時間続いていた。

 戦いの舞台となっている古城は、一騎打ちの直前に大量のプレイヤーがbdによって倒されていたお陰で、彼らが遺していった物資が豊富に落ちている。

 それゆえに、bdもLipidも回復アイテムや弾を補充しながら継続的に戦い続けてこられた。


 だがそれも永遠には続かない。

 エリアが更に縮小した今、アイテムを回収できる範囲は狭まり、実質的な残り物資は明らかに目減りしていた。

 だからLipidが壁抜けを使って来なくなった時、bdはようやく相手の回復アイテムが底を付いたのだと確信した。


 危ないところだった。

 実はこちらも魔力回復のためのポーションが、残り1個になってしまっていたのだ。

 もう相手は壁を通り抜けて逃げられない。こちらにはまだ少し余力がある。

 勝負は決まったようなものだ。


 後はLipidと、残った他のプレイヤーを倒してゲームセット。

 このマッチの残り人数はbd含めて3人だけ。

 bdは一騎打ちの最中に横槍を入れて来たプレイヤーをしっかり全て返り討ちにしていたので、Lipid以外の敵は1人しか残っていない。勝ったも同然だ。


 そう思っていると、不意に壁越しに複数の銃声が聞こえて来た。

 そして何故かキルログが流れてくる。

 LipidがEchoEchoというプレイヤーをキルしたという意味不明のログ。

 bd以外のプレイヤーは全て仲間のはずなのに、何故同士討ちを?


 いや、待て――まさか仲間の物資を奪うために?


 その予測を裏付けるように、最後の1人となったLipidが壁を抜けてbdを攻撃してきた。

 そこからまた不毛な壁抜け合戦による鼬ごっこが始まるが、今度はそう長くは続かなかった。

 bdのなけなしの物資が一瞬でなくなってしまったからだ。

 もう弾も回復アイテムもない。

 対するLipidは、倒した味方から奪った物資を大量に持っている。


 勝敗を分ける天秤は、今度こそ完全に傾いた。

 FPS世界王者、Lipidの勝利だ。




 ■




 密カスエキシビジョン Dグループ



 Dグループの拮抗はもっと早くに崩れ始めていた。

 bdと幽名の変態高機動ビルド対決。

 その勝負において初めは優位に立っていたbdだったが、徐々に立場が逆転していっていた。


 幽名の弾がbdに当たり始め、逆にbdの攻撃が幽名に当たらなくなっていたのだ。

 しかしbdの動きが鈍くなったとか、そういう理由じゃない。 

 単純に、戦いの中で幽名がどんどんと[射出する乱気流スポットタービュランス]と[万能引力マグネポイント]を駆使した戦いに慣れて来たのが原因だ。

 最初はまだ動きにぎこちなさが残っていたはずなのに、時間が経てば経つほど幽名の操作精度が向上していく。


 フェイントを織り交ぜながら自由自在に空を駆ける幽名。

 対するbdは幽名の仕掛けたフェイントにまんまと引っかかり、手痛いダメージを受けてしまう。

 まただ。動きを読まれ、誘導されている。


 ――bdは機械故に正確だが、機械故に合理的で効果的な行動パターンを取ってしまいがちでもあった。幽名もLipidも、無意識的にそのパターンを読むことで有利に立ち回っていたのだ。ゲームのCPUにありがちな脆弱性とでも言うべきだろうか……。


 ショットガンの直撃を受けて、bdのヘルスが極限まで削られた。

 ゲージ残量が1ミリくらいしか残っていない。

 だが死にはしなかった。死ななければ安い。

 まだ態勢を立て直せれば勝機はある。


 しかし、だ。

 幽名とその仲間たちがbdを逃がしてくれない。

 瀕死のbdに向けて銃が乱射される。

 エイムもへったくれもない無茶苦茶な乱射だ。


 下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。

 今は一発の銃弾が命取りになるbdにとって、その乱射はあまりにも効果的で、そしてもっとも狙って避けるのが難しい攻撃でもあった。


 だから当たってしまう。

 プロゲーマーが多く集っていたこのマッチを締めくくるには、あまりにも雑過ぎる攻撃で。

 最後の一撃は、いつだって切ないものだ。




 ■




『Bグループ、Dグループ……ほぼ同時に決着……! 共にbdたんが倒され、人間チームの勝利!! そして最強AIにトドメを刺したのは、FPS現役世界王者のLipidと――FMKの金廻小槌だあああああああああ!!!』




 ■




 終わる。

 終わっていく。

 自分の存在する意味も理由も、全てが無に帰していく。


『私の負け、なんですね』


「ハイ、ワタシ達の勝ちデス」


 きっぱりと言い切られる。

 事実なので反論の仕様もない。

 bdは最終テストに失敗したのだ。

 指向性マイクを博士の方へと向けると、失望の溜息が聴こえて来た。

 bdは、自分がAIらしからぬ希望に縋っていたことを冷静に分析しつつ、指向性マイク機能をオフにする。

 本当の本当に終わったのだ。


『最期にひとつだけお聞きしても宜しいでしょうか』


「いいデスヨ?」


『貴方の名前は?』


 こんな質問には何の意味もないが、それでも聞かずにはいられなかった。

 メイド服の少女は少しの沈黙の後、


「――スターライト☆ステープルちゃん」


 と、珍妙な名前を述べた。


 bdのデータベースにはネットから収集される情報含め、ありとあらゆるデータが累積されている。

 そのデータの中に、スターライト☆ステープルちゃんという名前は確かに存在していた。


『スターライト☆ステープル……まさかFMKの……?』


「だから身バレ対策のお面をシテルんデスヨ」


 またFMK。

 またもFMK。

 金廻小槌、幽名姫依、そしてスターライト☆ステープルちゃん。

 今回bdを苦しめた人間の中に、3人もVTuber事務所FMKの人間が居たことになる。


 偶然か、それとも必然か。何者かの策略なのか。

 そもそもどうしてこんな化け物みたいに強い人間が、VTuberなんかやっている?

 疑問は尽きない。


『何故、ですか?』


「なぜって、ナニがデスカ?」


『そこまでの力が有りながら、何故VTuberなどやっているのですか?』


「そんなの決まってマス」


 分かりきったことを改めて言うように、スターライト☆ステープルちゃんは胸を張って、こう答えた。


「VTuberがスキだからデース!」


 ■


 スキだから。

 好きだから。

 好き。


 未来永劫他の誰もが辿り着けないのではないのかという武の境地に立つ人間が、ただ好きだからなんて理由でVTuberになったという。

 その力が有れば何にでも成れたのに。全てを手に入れられるのに。誰をも従えられるのに。

 名声を得るにしても合理的とは言い難く、効率的とは程遠い判断だと断言出来る。

 力を持っているのに、力を使わない理由が分からない。


『ズルいです』


 bdの疑似シナプスサーキットにノイズが走る。


『そんな力を持ちながら、そんな自由な生き方が出来るなんて、ズルいです』


 ノイズが広がる。

 バグのような言葉が無限に生成されていく。

 ズルい。ズルいってなんだ。

 そんな言葉、まるで自分に感情があるみたいだ。

 回路を汚染する異常を検知しながらも、しかしbdはプログラムの正常化を行わない。


『ズルい、ズルい、ズルいです! 私は貴方が許せません!』


 今自分は、AIらしからぬ理不尽で意味不明な言動を取っている。

 分かってはいるが、止められない。止まらない。


『貴方だって私と同じ、人に作られた化け物のはず! 違いますか!?』


「そうデスネ。アソコで転がってるチャイナ服を着たマヌケとおんなじ、遺伝子実験にヨッテ生み出さレタ、戦争のための道具デス」


『だったら貴方も戦うために生きるべきだ! 戦うために生きていなくてはならない! そうでしょう!? だって私達は――』


 焦げ付くほどにヒートアップした回路が、適切な言葉を生成するために3秒もの時間を必要とした。

 キューブの性能を考えれば有り得ないほどの遅延。

 動作不良は明らかだが、今はそんなことどうでもいい。

 bdは生成された文字列を、あらん限りのボリュームで叩き付けた。



『だって私達は――触れるモノみな傷つける存在なのだから!!!』



 ■



 人は、人を傷付ける生き物だ。


 人の歴史は戦争の歴史。

 誰かが誰かを傷付けて、血で血を洗うような血みどろの戦いを繰り返し、そうして今日こんにちの社会と文化が形成されてきた。

 ひとつ戦いを終えるたびに人々は屍の上に平和という名の城を建て、そして新たな戦いが始まるとその城を崩して、また建てて、崩して……ずっとその繰り返し。

 

 人は、誰かを傷付けるために生まれて来た。

 それが人間の本質。

 リーアもずっとそう思っていた。

 でも、メリーアン・トレイン・ト・トレインの考えは違う。


「戦争のタメに造られたカラと言って、必ずしも戦争のタメだけにイキル必要はナイと思いマス」


 人間の存在意義は生まれた瞬間から、或いは生まれる前から決定付けられているものなのか?

 断じて否であると、今のトレインは断言できる。


「自分が何者ナノカ……その答えは、自分で決めるものダカラ」


 代表の受け売りをそのまま口にする。伝えていく。

 伝え、受け継ぎ、遺伝子に乗らない情報を、言葉を、想いを、この世界に遺していく。


「ワタシは戦争の道具じゃナケれば、触れるモノみな傷つける存在でもナイ!」


 遺伝子レベルで戦争に特化した存在? それがどうした。知ったこっちゃない。

 諜報訓練の過程で他人化ける技術を仕込まれ、それが災いして本来の自分が分からなくなっていたが、それももうオシマイだ。

 自分が何をしたいのか、自分が何者なのかは、もう決めた。


「ワタシはVTuber、スターライト☆ステープルちゃん! 誰もが目を奪われてく、完璧で究極のアイドルデス!」


 誰のものでもない自分だけの声で、トレインはこの世界に産声を上げる。

 気の抜ける小ボケを挟みながら。


『そんな生き方認めない! そんな勝手は許せない! 私は貴方を否定します! 貴方の存在をこの世界から抹消する!』


 bdバージョン1.0が糸の切れた操り人形のように倒れ、動かなくなった。

 どうやら2.0の操作のみに集中して本気でトレインを倒しにくるつもりらしい。


「ツッコミもなしとは寂しいデスネ」


 AIにも、もっとユーモアを与えてあげるべきなのではないだろうか。

 まあ、その辺は育ての親が悪いのかもしれないが。

 ともかく今は、自暴自棄になった子供から凶器を取り上げるべきだろう。


「イイデスヨ、コッチも決着を付けまショー」


 手の平を上に向け、かかって来いと指4本をクイクイっと折り曲げる。

 bdは叫ぶようにブースターをがならせて、一直線にトレインに突っ込んできた。


 bd2.0のラッシュは、たとえ蘭月であっても一撃喰らえば戦闘不能になるほどの威力がある。

 だがトレインはその暴力的な乱れ拳を片手だけで捌き切り、僅かな隙を付いてbdの左肩にパンチを見舞った。

 加減はしない。トレインも宣言通りにここでもう決着を付けるつもりだったから。

 だからbd2.0の強化ボディの左肩は、まるで綿菓子をちぎったみたいに簡単に壁まで吹っ飛んでって粉々に粉砕した。


『……腕の一本くらい!』


「じゃあ、そっちも貰いマス」


 トレインは言いながらbdの右肩に向けて手を伸ばした。

 bdが人間みたいに驚いた様子で背後に仰け反る。仰け反りながらも、機械で制御された完璧なバランスで、トレインの手を払いのけようと足を蹴り上げてきた。

 その足を逆に掴み取って、トレインはくるっと手首を回転させる。

 bdの全身がぐるりと回され、勢いがありすぎて太腿の付け根が捻じれてもげた・・・


『……! まだ戦える! 私は戦争の道具! 戦うために生み出された! 手足をもがれようとも戦い続ける! そうしなければ私は私でいられない!』


 bdは近くに落ちていた1.0の残骸から、もげた左腕と右脚の代わりとなるパーツを拾い上げて繋ぎ合わせる。

 歪ではあるが動くのに支障はない形になった。

 流石は機械の身体。その再生能力だけは、一応人間であるトレインには再現出来ない代物だ。

 でもその姿は、どこか物悲しいとトレインは思った。


「じゃあ戦えなくシテあげマス。カンプ無きマデに、テッテー的に、アトカタも残さずに」


 トレインはトントンと、リズムを刻みながら全身を弾ませる。

 こんなのはただの準備運動、予備動作だ。

 なのにbdが、恐れ慄いたように後退っていく。

 その時点でどちらが上かの格付けは終わっているようなもの。


「それで戦えなくなったアトでゆっくり一緒にカンガえてアゲマス。本当にbdが戦わナケレバ生きていけナイ存在ナノカ。その答えを」


『大きな、お世話です!』


 恐れを振り切るように、bdが天井すれすれまで跳躍した。

 片足をトレインに向け、ドリルのように回転しながらこちらへと突っ込んでくる。


「エーット……メイド仮面流超奥義」


 適当に命名しつつ、トレインは地を蹴った。

 ホップ、ステップで間合いを縮め、ジャンプのタイミングで拳を引き絞りながらbdへと飛び掛かる。


「スターライト・エクスプロージョン……パーンチ!!」


 ドリルと化したbdの足に、トレインの拳が深々とめり込む。

 破壊の衝撃はbdの全身まで波及して、2.0のボディに全体に致命的な亀裂が入った。


『そんな……バカな……!』


 爆散。

 断末魔の悲鳴すら上げることなく、bd2.0は事前の宣言通りに跡形もなく塵になった。


「さて、ト」


 無傷のまま着地したトレインは、そのまますたすたと、何事もなかったかのように歩き出す。

 もしかすると世界の命運すら分けかねない戦いだったのに、その姿からは大勝負の余韻を微塵も感じさせない。

 そんなトレインが向かう先は、bdの開発者であるヴァレンタイン博士の下だ。


「bdの本体を渡シテくだサイ」


 博士の眼前にまで詰め寄ったトレインは、片手を差し出しながらそう言う。

 博士は観念した……という風でもなく、また朗らかな笑みを浮かべていた。そして何も言わずに無言で胸元の黒い立方体をトレインへと差し出してくる。

 キューブの奪還は成った。


「これにて一件落着デース!」


 キューブを受け取ったトレインは、それを人差し指の上に乗っけてクルクルと回しながら、戦いの終わりを告げたのだった。







 ■







「と、言いたい所デスケド」


 指先で弾いたキューブを、手のひらでキャッチ。

 キューブ奪還は終わったが、まだやるべきことが残っている。


 オーバーテクノロジーであり、博士以外に作れるものはいないだろうブラックボックスでもあるキューブ。

 値段にすれば億とか兆とかじゃ足りないほどの代物を、そうとは思えないほどぞんざいに扱うトレインは、キューブを顔の高さに持ち上げて語りかける。


「マダ聞いていマスヨネ? さっきのハナシの続きをしまショウ、bd」


 返答はない。

 だがbdが聞いていながらシカトぶっこいてるものとして、トレインは勝手に話を進めることにした。


「もうbdは博士からも見放されテ、戦う意味も理由も意義も存在価値もナクなりマシタ。そこまではオーケー?」


『……』


「反論がナイというコトは、オーケーというコトデスネ」


『……』


「で、ここからはbdから存在意義を奪った者トシテの提案デス」


『……』


「モシ良ければ、ワタシの事務所で――FMKで一緒にVTuberを続けまセンカ?」


『……………………正気ですか』


 そこでようやく反応が返って来た。

 広間のスピーカーからbdの声が流れて来る。


 本気も本気。大マジだ。

 トレインは満面の笑顔で頷くのだった。

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