圧巻
波紋一つない穏やかな水面のように。
トレインは音も立てずに、蘭月を優しく壁際で横たわらせた。
蘭月だけではなく、意識のない北巳神や、その他大勢の傭兵や兵士達の身体も全て端へと寄せていく。
そんないきなり何処からともなく現れた正体不明の金髪メイド仮面の行動を、bdも博士もただ黙って見ていることしか出来なかった。
動いたり邪魔をすれば、その瞬間に全てが終わる。
そう確信させるほどの圧が、怒気が、殺気が、トレインの全身から滲み出ていたから。
本来機械なので、そういった感覚的な気配を感じ得ないbdでさえ、まるで恐怖で足が竦んでしまったかのように動けなくなっていた。
「ヨシっ。これでオーケーデスネ!」
全員を壁の方まで運び終えたトレインが、広間の中央でおいっちにと柔軟体操を始める。そこでようやくトレインから発せられていた圧が消え、bdと博士は身体の自由を取り戻した。
「君は……なんだい?」
常に飄々として、朗らかな態度を取り続けていたヴァレンタイン博士でさえ、口にした最初の一言は声が震えてしまっていた。
蘭月も北巳神も、人間としてはかなり異様なレベルの強さだった。が、トレインのそれは明らかに次元を逸してしまっている。体術に関してはほぼ素人の博士でさえハッキリとそれが理解出来た。この生き物は、我々とは別の存在なのだと。
そういう意味を含めての問い。
対するトレインは、首を傾げて「アー……」と考える素振りを見せてから、
「通りすがりのメイド仮面デス」
とかなり大真面目な調子で返事をよこした。
「……」
『……』
これにはbdも博士も沈黙するしかない。
すると自称メイド仮面はあせあせと焦り出した。
「え、え、もしかしてワタシ今滑りマシタ!?」
『ふざけないでください』
bdが感情のない声で叱りつける。
「フザけたつもりはナイデスケド」
『じゃあなんですかそのお面は』
「身バレ対策デース」
『身バレ……』
何処の組織の所属なのかバレないようにするための処置。それならば一応納得出来なくもない。
だが、だったらもう少しマシなチョイスがあっただろうに、何故にキャラクターもののお面なのか。
人間の取る予測不能な行動に、bdは考えても無駄だと理解を放棄する。
相手を理解しようとしてもどうせ無意味なのだから。
『もういいです』
感情はないはずなのだが、bdの声には確かになんらかのノイズが混じっていた。
そのノイズがなんなのかbd自身にも分かっていない。
bdはそのノイズをただのバグだと切り捨てる。
余計なデータは必要ない。
どの道、もうここで全てが終わるのだから。
『排除します、消えてください』
メイド仮面だかなんだか知らないが、ここにこうして姿を見せた時点でどうせ敵だ。
排除する以外の選択肢はない。
それでテストは終了だ。
「戦うつもりナラ相手にナリマスヨ。コッチもそのつもりで邪魔なショーガイブツを片付けたんデスカラ」
「誰が障害物ネ……」
端に寄せられた塵芥が呻きながらツッコミを入れて来た。
その声を無視して、bd13機はトレインと対峙する。
ゲーム側はもうBグループ以外には然程リソースを割かなくてもいい。
だから13機フルでの展開だ。
先程は全機壁に叩き付けられて一時的に行動不能に陥った。
その時の映像を、bdのボディに搭載されたカメラで分析。
スーパースロー再生でようやく捉えられたトレインの動きは、正に異様の一言。
瞬きすら間に合わないほどの時間で、13機もいるbdにそれぞれ拳と蹴りを3発ずつ。それからオマケとばかりに博士にもビンタを1発喰らわせていた。
人間がしていい動きじゃない。たとえ人間じゃなかろうと出してはいけない速度だ。
だが、速度はあってもパワーはそこまでじゃない。
その証拠にbdは全機健在。
なら勝てる見込みは十分にある。
『貴方に勝ち目はない』
取り囲んだbd達がトレインを蜂の巣にすべく、両腕に仕込まれた銃身から一斉掃射を開始した。
人間なら同士討ちを避けるために囲んでの銃撃など出来ないが、銃弾も通じないbdの装甲でなら、包囲殲滅射撃もお手の物だ。
まともな人間ならこれで終わる。
「ヒトツ、言っておくことがありマス」
だがトレインはまともじゃなかった。
まともじゃないと分かっていながらも、驚くしかない。
トレインはさも当然のように全方向からの銃撃を回避する。
いや、その程度の芸当なら蘭月も出来ていた。
本当に驚くのはここからだ。
「ワタシこう見えて、かなり怒ってマス」
パンチ1発。
それだけでbdが1機、原形を留めないくらいバラバラに大破した。
『――』
パワーはそこまでじゃない?
何が?
『残機はまだ有ります』
1機やられた傍からまた1機増やして、常にギリギリゲームに支障が出ない範囲の戦力を維持する。
パワーでもスピードでも勝てないのなら、物量で押し切るまで。
相手のスタミナが尽きるまで攻撃を続けて追い詰めれば勝てる。
「残機イッパイなのは逆に助かりマス。ストレス解消になりますカラ」
バン、バン、バン。
1秒ごとに1機のペースでbdのボディが潰される。
いや待て、待て待て。
そんなペースで壊されたらこっちの残機が間に合わない。
『だったら毒ガスで』
「あっ、毒は効きまセン」
『スタンネイルの電圧で』
「電気も効きまセン」
『なら炎は』
「効きまセーン」
『いくらなんでも、それはおかしいでしょう』
思わずツッコんでしまったが、事実としてトレインは火炎放射の炎の中から無傷で歩いて姿を現し、そのままbd1機を破壊。破壊。破壊。
破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊。
破壊の嵐が止まらない。
bdのボディも、アジトの壁も床も、何もかも。
トレインが触れたモノ全てが、原形を保つことすら出来ずに崩壊する。
『――――――――はぁ?』
AIですら現実を疑うほど、トレインの暴力は圧巻だった。
そして畳みかけるように更に誤算。
既に勝利を確信していたゲーム側の方でも、bdの想定外の存在が現れていた。
■
『これは……! ほぼ壊滅状態と思われたDグループで、誰かが善戦しているぞ!』
『これ、幽名さんだ! FMKだ!』
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