知らない名前
蘭月の決死の一撃によって、人間サイズの大穴が開いた黒色の立方体。
開いた穴を中心に全体へと亀裂が広がり、人工知能bdの脳幹たるキューブが崩壊する。
「やった、アル……」
やったか!? なんてフラグじみた言葉ではなく、しっかりと破壊せしめた事を確認してから蘭月は膝を付いた。
命を削る大技を放った代償は大きい。
ただでさえbdから受けたダメージが尋常じゃないのに、その上で精魂尽き果ててもう一歩も動けない有様だ。この肉体を持ってしても、回復までには相当な時間が掛かることだろう。寿命を犠牲にしたのだからそのくらいは当たり前だ。
あんな秘術は出来れば使いたくなかったが、使ってなければ勝ててなかったほどbdは厄介な強敵だった。
そのbd達もキューブが壊されたことで動きを止め、全機が機能を停止させて次々に倒れていく。
「いやはや、驚いたよ。まさか生身の人間がここまでの力を発揮出来るなんてね。君は人類の到達点に限りなく近い場所に居るらしい」
崩壊するキューブから飛び降りたヴァレンタイン博士が、素直に感心したように蘭月を褒め称えて来た。
マッドサイエンティストからの賞賛などクソ喰らえ。
蘭月はおもっくそ悪態を吐いてやりたかったが、今はしんど過ぎて口を開くことすら億劫になっている。
とりあえず博士の拘束は北巳神にでも任せるとして、自分はもう横になって寝ていたい。
というか北巳神は無事だろうか。あと色男も。
せめて2人の無事だけでも確認してから意識を手放そうとしたが、首を回すよりも早く、北巳神本人の声が大広間に木霊してきた。
「蘭月! まだだ! まだ終わってない!」
直後、蘭月の身体が真横からの衝撃を受けて、数メートルほど思いっきり転がされた。
「が――――!?」
咄嗟に受け身は取れたが、直ぐに起き上がれるほどの体力は残されていない。
無様に這いつくばる蘭月に向けてもう一撃。
腹の底を掬い上げるように鋼鉄の爪先がねじ込まれ、そのまま蘭月の身体はボールみたいに宙へと蹴り上げられる。
身動きの取れない状態で錐もみ回転しながら宙に浮く蘭月に、追撃する影が8つ。
キューブを破壊され、死んだはずのbd達だ。
そんなバカな。
100%キューブは破壊した。
なのに何故。
その疑問を解消する間もなく、蘭月はbd達によって徹底的に容赦なく好き放題にサンドバッグにされる。
抵抗する力は毛ほどもない。為すがまま、されるがまま。
「やめろ!」
目の前で繰り広げられる残虐に、北巳神がクールキャラを忘れて飛び出してくる気配があった。
しかし悲しいかな。bdを止めるにはあまりにも力が足りていない。
北巳神がやられる気配。そしてほどなくして、蘭月も床に叩き付けられて、ゴミみたいにぞんざいに転がされた。
『残念でしたね』
bdが喋っている。
つまりしっかりとAIが生きているということ。
メインCPUを破壊されたbdが、オート操縦になって蘭月を攻撃してきたというわけではないらしい。
やはりキューブの破壊には失敗していたようだ。
「もう喋ることも出来ないか、可哀想に……ここまで頑張ったせめてもの報酬だ。種明かしだけはしてあげようじゃないか。bd」
『はい、博士』
bdに腕を掴まれ、強引に立ち上がらされる。
このまま死んだふりでもして少しでも体力を回復させようと思ったが、殺戮兵器のbdには相手が死んでるか生きているかはお見通しのようだ。
首根っこを鷲摑みにされて、強引に顔を博士の方へと向けられた。
ヴァレンタイン博士の温厚そうな顔付きが視界に入る。
「言い辛いんだけどね、君たちが頑張って壊したあのキューブはフェイク。つまりは偽物だったんだよ」
「ふぇ……い、く……?」
「そう。本物はこっちなんだ」
博士が白衣の内側から、手のひら大の立方体を取り出した。
形状と色こそ先程破壊したキューブと全く同じだが、サイズが致命的に違う。
小さすぎる。
「bdを動かすスーパーコンピューターが、こんなに小さいわけないって顔をしてるね。でもこっちはフェイクじゃない。正真正銘の本物のキューブ――」
「シィっ!!!」
「うおっ」
最後の余力を振り絞って脚を振り上げる。
狙いは博士の持つキューブだ。
が、蘭月の放った鼬の最後っ屁は、キューブに掠ることもなくbdに止められた。
「びっくりしたなぁ……油断も隙もないね君は。というかあれだけボコボコにされたのにまだ動けるのか。その生命力は皮肉抜きで驚嘆に値するよ」
『博士、キューブを見せびらかすのは止めてください』
「すまないbd、せめてもの情けだと思ったんだけど迂闊だったね」
ラストアタックも不発に終わり、今度こそ蘭月は指先ひとつ動かす体力も失ってしまった。
bd破壊作戦は、失敗だ。
『貴方はよく頑張りましたよ。ですが私の策が一枚上手だっただけです、どうか気を落とさず』
「偽物、は……オマエの考え、なの、カ」
『ええ、はい、そうですが何か?』
嘘を吐いて人間を騙すAI。
その恐ろしさがようやくジワジワと蘭月の心に浸透してくる。
この存在はあまりにも危険だ。
戦闘力うんぬんを抜きにしても、人間の脅威となるのは間違いない。
だからといって、蘭月にはもう何も出来ないのだが。
『あちらももう直ぐ片が付きますし、こちらもボチボチ終わらせましょうか』
あちら、というのはゲームの方の話で間違いないはずだ。
蘭月達の対応にリソースを回さなくなった分、さぞかし快適に遊べていることだろう。
それはbdの態度からもハッキリと伝わって来た。
■
『ああ!? A、C、Dグループが次々に崩壊!? もう誰もbdたんを止められない!! 強すぎるぞbdたん!』
■
『さよならです』
蘭月の首を掴むbdの手に力が籠められる。
このまま首をへし折るつもりなのだろう。
祖国の研究施設から逃げ出して、自由に生きてきた結果がこれだ。
ろくな死に方は出来ないと思っていたが、世界を守るために戦って死ねるのなら悪くはない。
……なんてのは死に様を美化したいだけの単なる欺瞞だ。
本音を言えば死ぬたくなどない。
まだ自分にはやりたいことだある。
こんなところで死ぬわけにはいかない。
でももう、自分には状況を覆すだけの時間はないから、だから。
「だ、れ、か……たす、け……」
『助けなど、もう来ませんよ』
■
「サテ、それはどうでしょうカ?」
■
暴風が吹き荒れた。
ワケの分からない暴力の嵐が吹き荒れて、何もかもがしっちゃかめっちゃかにぶっ飛んだ。
bd達が全機まとめて壁に叩き付けられる。
ヴァレンタイン博士も地面を転がされて情けなく悲鳴を上げている。
意識が朦朧としている蘭月には、何が起きたのか正確に把握することは出来なかった。
が、それでも自分が台風の中心にいて、被害を免れたことだけは辛うじて理解出来る。
そんな蘭月は、何者かに優しく抱きかかえられていた。
金髪にツインテール。こんな状況でバカみたいなメイド服。そして極め付けは、縁日の屋台で買ったみたいな安っぽいキャラクターのお面。
そんなバカ丸出しの格好をした、蘭月の親友が、一番来て欲しい場面で駆けつけてくれたのだ。
「リー……ア……」
「リーア? 知らない名前デース」
お面でくぐもった声が、自分はそんな名前じゃないと否定する。
じゃあオマエは誰なんだ?
そう睨む蘭月に、金髪メイド服の少女は仮面の下で多分笑った。
「ワタシは、メリーアン・トレイン・ト・トレイン。トレちゃんと呼んでクダサイ、ランユエマネージャー」
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