燃えよ、蘭月
『ここで勝負を決めるのよ!』
密林配信社長の声が、ワイヤレスイヤホン越しに北巳神の鼓膜を震わせた。
そこまで無駄にデカイ声を出さなくても、しっかりと聞こえている。
だが叫びたくなる感情も理解出来ないでもない。
ここが勝負の天王山。
負ければ世界中にbd操作のドローンが解き放たれ、未曽有のテロ事件が勃発する。
ここまでの苦労も全部無駄骨。水の泡。
無駄を嫌う北巳神にとって、そんなエンディングだけは許しておけない。
しかし勝てば何も起こらない。
報酬はささやかなもの。
自分のような闇の存在に、お気楽に話しかけてくれるお馬鹿な密林配信のライバー達の日常が守られるだけ。
でもそれこそが、今の北巳神にとっては何よりも大事なモノなのだ。
絶対に勝たなければならない局面。
だから北巳神も喉がはちきれんばかりに大声を上げた。
「蘭月! そのAIを殺して!」
■
殺す、か。
北巳神の言葉に、蘭月は『この仕事が殺しにナルのかどうかは、人によって判断がカワルとワタシは思うヨ』と言った自分のセリフを思い出した。
どうやら北巳神はbdを命あるものだと認識しているらしい。
その事実にちょっと意外な感慨を抱きつつ、では翻って自分はどうなのかと自問自答。
bdと
人間が造った化け物。
戦うために生み出された戦争の道具。
ひとつボタンを掛け違えていれば、自分が平和を脅かす立場で、bdが世界を守る側に付いていた可能性だってある。
「逆だったかもシレネエ……アルネ」
自分とbdは表裏一体。
片方を否定することは、もう片方の存在をも否定することに繋がる。
「bd。たとえ血ガ通っていなくテモ、たとえ脳ミソがコンピューターだったとシテモ、オマエは間違いナク生きてるネ」
『こんな時に何を』
「こんな時ダカラヨ」
13機のうち、7機のbdが蘭月に襲いかかる。
だが蘭月は、火炎放射機の炎を発勁で掻き消し、飛来する弾丸を鉄扇で弾き、鋼鉄の身体から繰り出される全ての打撃斬撃を受け流してみせた。
bdの動きが悪くなっている。
当たり前だ。なにせ相手は7機ものボディを同時操作して蘭月からキューブを守りつつ、ゲームで100人以上ものプレイヤーをまとめて相手にしているのだから。
だから処理が追い付かなくなってきていて当然。
そうじゃなきゃ困る。
「出来るコトなら殺したくはナイヨ。ダカラ、その男を裏切って大人シク投降スルナラ、命ダケは助けてやるネ」
『私が博士を裏切るなど、有り得ません』
bdの鉄腕鉄脚が、四方八方から蘭月の全身に打ち込まれる。
常人ならミンチになってるくらいの圧力。
蘭月は歯を食いしばってその痛みに耐え、全身を独楽のように回転させてbdたちを打ち払う。
流石に辛い。
ダメージを受けすぎている。
全身ボロボロで、痣だらけで傷だらけ。
対するbdたちは装甲が堅すぎて1機たりとも破壊出来ていない。
機械だから疲労も痛みもないだろうし、兵士としてのコスパが尋常じゃない。
だが蘭月の目はまだ死んでいない。
瞳には爛々と勝利の炎が燃え盛っている。
その瞳に宿る生命の輝きに、bd達が静かに後退りした。
警戒からか、それとも恐怖か。
後者だとすれば、きっとまだ、言葉の届く余地は残されている。
「兵器なんかヤメテ、VTuberトシテ生きる道もアルネ。なんならイイ事務所を紹介シテやるヨ」
『……お気持ちだけ受け取っておきます。ですが、私の居場所はここだけです。それが私の存在理由。戦うことこそが私にとって、たったひとつの存在証明』
「そうアルカ、じゃあ仕方がナイネ」
蘭月は構えを解き、自然体の立ち姿で浅い呼吸を繰り返した。
動きを止めた蘭月に、bd達もこれ幸いとばかりに攻めの手を緩め、ゲーム側の対処に処理リソースを回す。
だがそれこそが致命的なミステイク。
呼吸を繰り返せば繰り返すほどに、蘭月の存在感が増してゆく。
蘭月の身体から湯気が立ち昇り、全身の血管という血管が肌に浮かぶ。
心臓が爆発しそうになるほど高速で脈打つ。
命が燃える音が聞こえる。
魂が、燃ゆる。
「これからオマエを殺すネ。恨むんじゃナイアルヨ」
■
宣言と共に、蘭月の姿が掻き消える。
しかしbdのアイカメラは超高速で移動する蘭月を確かに捉えていた。
『やらせません』
bdが蘭月を止めるために殺到した。
今度こそ確実に息の根を止めるために。
だが、止まらない。
『!!?』
先程までとは比べ物にならないほどのパワーでbd達のボディが跳ねのけられる。
鋼鉄の身体がたわんで、軋む。
追えはしても、止められない。
『馬鹿な――』
止めるには数で抑え込むしかない。
だが今、こちらに回せるリソースは限られている。
かくなる上はゲームを捨ててでも、こちらに処理能力を費やすしか道はない。
「bd」
決断を迫られたbdに、ヴァレンタイン博士がキューブの上から声を掛けて来た。
「負けは許されないよ?」
本物の戦場だろうと、ゲームだろうと、負けは許されていない。
bdが存在し続けるためには、全ての戦場で勝つしかない。
このテストを突破しなければ、31番目のAIに次を任せることになってしまうだろう。
bdは、そんなのはイヤだと思った。
『負けません!』
ゲーム側の攻防に支障が出ない範囲でギリギリ動かせるボディは8機まで。
その全機の力を持って、bdは決死の戦いを挑む。
だが、
「みんなの頑張り、無駄にはしない」
黒い少女が割り込んできて、bdのうち1機が足留めさせられる。
さらに、
「美女を守って死ねるなら本望だ!」
生き残っていたフランスの傭兵が、死にもの狂いでbdの1機を取り押さえる。
人間ひとり振りほどくのは容易だが、しかし確実にbd1機の動きは一瞬止められた。
動けるのは6機のみ。
「――助かったアル」
蘭月の身体が燃え、燃ゆる炎が龍の形を取って大広間を翔け巡る。
これまでの戦闘データを遥かに上回る数値。
計算するまでもない。
これは、6機程度では止めるのは不可能。
「
蹴散らされる。
対人に特化して作られた兵器達が、為す術もなく。
炎と化した蘭月のひと蹴りが、キューブを焼き貫いて破壊した。
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