【密林配信】マテラテ密林カスタムマッチ【本配信】#6
bdの戦力分析は決して間違ってはいなかった。
一線級のプロゲーマーが束になっても敵わなかった時点で、残りの戦いは消化試合に等しい。
それはbdのみならず、このマテラテ密林カスタムマッチを観戦している全ての人間たちもそう思っていたことだろう。
ただし、世の中には何事にも例外というものが存在している。
世界には、常識の通用しない規格外の化け物が存在している。
そういった手合いには、既存の計算式などまるで役に立たないということをbdは知らなかった。
■
【密林配信】マテラテ密林カスタムマッチ【本配信】
Bグループ 7/60
Bグループは残り7人。
bdを除けば僅か6人……2チームしか残っていないということになる。
46人掛かりで勝てなかった相手にたった6人で挑むのは、いくらなんでも無謀というものだ。
リスナーも、俺も、多分有栖原も、Bグループはいち早く決着が付いてしまったとばかり思っていた。
『さあ、5回目のエリア縮小のお時間ですよん』
『A、C、Dもそろそろbdとの全面衝突が勃発しそうだね』
『そうだねぃ。C、Dは生き残りがほぼ全チーム集結してるし、我らがオール密林配信者なAグループはなんと残り39名全員集合してbdを迎え撃つ構えになっとります』
『一網打尽かぁ』
『あっはっは。兎斗乃依ちゃん、社長の方見てみ? すげえ睨んでる』
『こわぁ……ん? Bグループで誰か戦ってない?』
『おりょ? ほんとだねぃ。ちょっとカメラさんアップに……っておいおい! bdたんすげえダメージもらってないか!?』
本配信が再びBグループの試合をクローズアップする。
ヘルスが残り僅かまで減らされたbdが[
ちょっと目を離した隙に予想外の展開になっている。
何が起こった? 肝心なところが映ってなかったぞポンコツ本配信。
『ちょっとオニキ、今bdと戦ってたの誰?』
『急かさんでもろて……ええっと、戦ってたのは……え、ひとり!?』
巨嘴鳥の操作するオブザーバーカメラが、今しがたbdと撃ち合っていたプレイヤーに焦点を当てる。
Bグループ最終エリア内となった古城を闊歩する一つの影。
その名前は、
『Lipid……リピッドです! FPS世界王者のリピッド! 単独でbdを撃退!? なんだこの人!? どうなってるんだ!?』
Lipid。
エキシビジョン中に何度も名前が上がっていたFPS全米一だがなんだかの人か。
しかしいくら全米一だとしても、bdと1対1で戦って追い込むなんてことがあるのか?
事実として追い込んでるだが、カメラに映ってない所で起きた出来事だ。とてもじゃないが信じられない。
そう半信半疑の面持ちで画面を見ていると、不意にリピッドが壁の中に吸い込まれて消えて行った。
これは……。
『これはリピッドもまさかの[透過する幻影]持ちぃ!?』
『壁抜け対決だ』
主催者視点であるカメラも、すぐさま壁を通り抜けてリピッドの後を追う。
リピッドの向かう先は、先程bdが逃げて行った方向と同じ。
追っている。本当にひとりで戦うつもりのようだ。
『リピッドが無謀にも1人でbdを追う! だがbdたん、追って来ることを予想していたのかアンブッシュの構えだ! これは流石にリピッド不利か!?』
先手はbd。
射線上にリピッドが見えた瞬間に引き金を引き、確実にヘッドショットでダメージを稼いでいく。
それに対し、リピッドは応射せずに魔法を発動させた。
リピッドとbdの間に氷の壁が出現する。
『これは[
とはいえリピッドは今の一瞬で半分以上ヘルスを削られている。
bdもそれを把握しているらしく、そのまま一気にトドメを刺そうと氷の壁を迂回して、背後に隠れているリピッドを狙おうとする。
しかし、もうそこにリピッドはいない。
『bdたんが追い打ちをかけようとするが、リピッドすでに離脱済みー!』
『氷の壁を出した直ぐに、真横の壁を抜けて行ったね』
『しかしbdたんも理解が早いぞ! すぐにリピッドの後を追って壁抜け! ああ!?』
神視点だからこそ分かる現状がそこにあった。
bdがリピッドを追って壁を抜けた瞬間、リピッドが壁を抜けて元の部屋に戻っていく。
これじゃあbdとリピッドが入れ違う形で部屋を移動しただけ。
『これコント?』
『神視点だとそう見えちゃうけど、これは……もしかしてリピッドが狙ってやったのか!?』
リピッドが何事もなかったかのように、回復アイテムを使って悠々とヘルスを回復させる。
1枚壁を挟んだ隣の部屋では、bdが敵と入れ違っていることに気付かずにクリアリングを始めていた。
そこには狙って入れ違いを起こした者と、予想外の事故に嵌ってしまった者の差が如実に表れている。
そして、
『回復を終えたリピッド、再び壁抜け! bdたん! 後ろ後ろ!』
『完全に背後取ってる!』
リピッドがお返しとばかりに、正確なエイムでbdにヘッドショットを喰らわせる。
bdのヘルスがまたも2割近くまで減少。
しかしゼロになる前に、bdが近くの壁を抜けて離脱。
リピッドも直ぐには追いかけず、魔力回復ポーションを飲んで一度態勢を立て直す。どうやら壁抜けする魔力が残っていなかったようだ。
『いや今のはマジで惜しかった! 実況の巨嘴鳥オニキも思わずマイクを握り潰しそうになっちゃいましたよ!』
『今の奇策狙ってやったの? 流石リピッドって感じだけど、bdが足音とかで気付かなかったのが意外』
『ああ、えっと……忘れてましたけど、[透過する幻影]は壁抜け以外にも効果があって、1秒間壁抜け+で足音もしなくなるんだそうですよーん』
『ナーフ不可避じゃん』
魔法の特性をしっかりと理解してbdに一矢報いたというわけか。
流石は世界王者といったところだろう。
そんな小細工がどこまでbd相手に通用するか分からないが、希望は確かに見えて来た。
『お、おおおおお!』
巨嘴鳥が歓声を上げる。
Bグループを映していた本配信の画面が強引に4分割されて、ABCD全ての戦場を映し出した。
全マッチで壮絶な撃ち合いが始まっている。
そしてbdは、意外にも全ての盤面で押され始めていた。
『各グループ、とうとうbdとの全面衝突だああああ! これはどのマッチを見ればいいのか分からない! 目が足りないニキ!』
『とりあえずAグループはどんな感じ?』
『えー、Aグループは決戦開始早々、
『ダメじゃん』
密林ライバーオンリーのAグループは、早くもひとりやられたらしい。
楼龍が落胆するのも分かるが、しかし勝負は最後まで分からない。諦めるのはまだ早い。
『でもAグループは場所的にはかなり有利な感はあるよん』
『そうなの?』
『次のエリア縮小……最後のエリア内をbdより先に占拠してるからねぃ。このままbdたんをエリアに入らせないように牽制してるだけでも十分勝機はあると思うよーん』
巨嘴鳥の言う通り、Aグループの密林配信者たちは自分達から攻めようとはせずに、防衛線を張ってbdをひたすら足止めしていた。
『手堅いけど、でもAのbdには[
『そうだねぃ。どうするつもりなんだろう、密林ライバーたちは』
実況席とリスナーが見守る中、Aグループのbdが唐突に地面に姿を消した。
そのままbdは地中を高速移動。
防衛線の真下を素通りして、密林配信者たちの背後に回った。
『で、でたー! bdたんの[地を穿つ者]ー!』
bdに背後を突かれ、名も知らぬ密林ライバーが2人もやられた。
慌てたように周囲から人が殺到するが、時既に遅くbdは再度地中へ、
『!? ああ! bdたん、|地を穿つ者]を唱えるも地中に潜れない!?』
一瞬だけ地面に沈みかけたbdだったが、魔法の発動が途中でキャンセルさせられて地上に引き戻されていた。
bdの動きがコンマ秒ほど静止する。それだけの隙があれば十分だ。
集中砲火。
bdのヘルスが物凄い勢いで削られていき、そのままゼロにな……ならない。
今度こそbdは[地を穿つ者]をちゃんと発動させて地面に消えて行った。
何が起こったのか分からなかったが、Aグループがbdを退けてみせたのだけは確かだ。
『あー、惜しすぎニキ! なにやってんの!』
『今bdの魔法が失敗してたように見えたけど?』
『あれは誰かが唱えた風魔法の影響で、土属性の[地を穿つ者]の効果が無効化された結果だねぃ』
マテラテの魔法は炎、水、雷、土、風の5属性に割り振られてて、2つ以上の魔法が干渉しあうと、属性相性の悪い方の魔法だけが一方的に無効化されるんだったか。
偶然か狙ってかは知らないが、bdの魔法が中断されたのはそのせいのようだ。
『そういやこのゲーム、属性の概念とかあったっけ。でも2回目は普通に発動出来てたけど』
『2回目の[地を穿つ者]の時、bdたんは[理の指輪]っていうアイテムの効果を発動させてるみたいだよん。その指輪の効果中は、魔法が無効化されなくなるんだってさ』
『超強いじゃんその指輪』
『でも一回使ったら壊れちゃうし、激レアアイテムだから流石のbdたんも2つ以上は持っていないと思うよん』
『ってことは次に同じ状況になったら、bdも逃げられないってことだよね。熱くなってきた……!』
『おっ、兎斗乃依ちゃんもようやく温まってきたみたいだねぃ。さて、状況が振り出しに戻ったところで、他のグループも見てみよう』
Bグループは依然としてリピッドが1対1でbdを抑え込んでいた。
というか、抑え込むどころかさっき以上にbdを押しているように見える。
お互いに壁抜けをしながら相手を探してダメージを与えていく戦いになっているが、リピッドは見事にbdの裏を取りながら立ち回り続けていた。
一矢報いるどころか、完全に手玉に取っている。
だがbdも負けてはおらず、AI特有の反応速度でリピッドに反撃ダメージを与えていく。
立ち回りではリピッドが、正確さと速度ではbdに軍配が上がっているようだ。
両者ともに一歩も譲らない戦いと言って差し支えないだろう。
そしてこの一騎打ちこそが、恐らくはbdの処理にもっとも負荷を与えているだろうことは想像に難くない。
だからなのか、残るCとDも善戦している様子だった。
『Bグループの次にプロゲーマーの多いCグループ! 数名の脱落者を出しながらも堅調にbdたんを追い詰めているぞ!』
『Dグループも! bdにめっちゃダメ入ってるよ! 今のしかもツンだ! ガンバレー!』
Bグループを壊滅させた時の圧倒的な強さを今のbdからは感じない。
全グループが同時に激戦区になり、しかもリピッドという強敵との読みあいが重なり、bdのCPUが悲鳴を上げているかのような押されっぷりだ。
全て、有栖原の狙い通り。
ひやひやした場面もあったが、これで舞台は整った。
そんなクライマックスの真っただ中。
俺は小槌たちの配信を映しているモニタに視線を映す。
■
「あれ!? あっちで物凄い銃撃戦が始まってない!?」
「まさかあれから誰とも会えにゃいまま、ラストバトルからも置いて行かれるにゃんて……」
「ま、まだ間に合うわよ! ほら、ナキちゃん行くわよ! 姫ちゃんもいつまで動画見ながら変な動き練習してんの!」
「まだ精度が……いえ、分かりましたわ。あとはぶっつけ本番でなんとかしてみせましょう。当たって砕けろですわ」
■
……我がFMKは、序盤にbdを撃退して良いところを見せたのは良いものの、そのまま見慣れないゲームのマップに迷ってしまい、他のプレイヤーと合流出来ずにいた。
何やってんだか。
お前らが来る前に、もう全部終わっちまうぞ。
なにせもう、bd包囲網は完成しているのだから。
『ここで勝負を決めるのよ!』
密カス本配信から音割れするぐらいの声量で、有栖原が唐突に叫びを上げた。
それは事情知らぬ者からすれば、bd包囲網を形成するプレイヤーたちに対する激励に聞こえただろう。
だが有栖原が呼びかけたのは、恐らくきっと多分、もうひとつの戦場で戦っている裏方たちに向けてだ。
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