ご覧の小説は(ry

 アラン・バーナードは傭兵として各地の戦場を渡り歩き、それなりの修羅場をいくつも潜り抜けてきた。

 命の危険に晒された経験は両手で数えきれないほどある。

 傭兵である彼にとって戦場こそが日常であり、争いのない世界こそが非日常であった。

 しかしそんなアランを持ってしても、目の前で繰り広げられている戦いは、彼の言う所の日常を大きく逸脱してしまっていた。



 チャイナ服を着た女が、単体で一個師団以上の戦力に相当するらしい人型ドローンを3機同時に相手取る。

 元軍用AIbdが操作する人型ドローンは、bdが全て操っているだけあって連携は完璧だ。

 1体は正面からの格闘戦、もう1体は背面から、そして最後の1体は中距離からスタンネイルによる無力化を狙っていた。


 戦車以上のパワーと装甲。

 戦闘機並みの速度。

 機械だからこそ出来る正確無比な射撃。

 全てにおいて人間が正面からの戦闘で勝てる要素が見当たらない。

 そのはずなのに、それでも蘭月は決して折れない。諦めない。

 正面のbdと戦いながら、背後のbdの攻撃を避け続け、更には飛んで来たスタンネイルも全て回避してのける。

 全身に目が付いてなきゃ不可能な芸当だ。


「だんだん目ガ慣れテきたアル」


 死闘の最中に蘭月がそう嘯く。

 その言葉を証明するかのように、蘭月は正面のbdの攻撃を掻い潜ってゼロ距離からの一撃を見舞う。

 大砲のような轟音と共に、1体が吹っ飛んでいった。

 その様子を見て、アランを庇う黒い少女が顔を顰めたが、今はそちらを気にする余裕はない。

 目の前の戦いから目が離せない。


 ゼロインチパンチを放った直後で硬直する蘭月。

 好機とばかりに背後のbdが襲いかかる。

 が、蘭月の身体がゆらりと奇妙に揺れて、全ての攻撃が当たらない。

 まるで酔っ払いの千鳥足のような足捌きと、異様なまでの上体の揺れ。


『この動きは――』


「酔拳を見るのは初めてアルカ?」


 地を這うほどの低い姿勢で攻撃を躱した蘭月は、そのまま流れる動作でくねくねうねうねと七転び八起きして、遂には背中から背後のbdに接触した。

 この技は、アランも日本の格闘ゲームで見たことがある。


「鉄山靠ネ」


 蘭月の背中から衝撃が伝わり、数百キロはある鋼鉄の人型ドローンが宙を舞った。

 間髪入れずにスタンネイルが飛んでくるが、これも蘭月には届かない。

 いつの間にか両手に握り込んでいたパチンコ玉を親指の力で弾き飛ばし、全ての爪を正確に撃ち落とす。


「デモッテ、弾数はコッチが上アル」


 スタンネイルを上回る弾幕が、中距離でチクチクと狙撃していたbdに全弾命中。

 一時的にとはいえ、3機のbdからなる包囲か崩れ、一時的に蘭月がフリーになる。

 すかさず蘭月はキューブを破壊しようと疾走するが、それを阻むように、更にもう1機のbdがどこからともなく姿を現した。


「オイオイ……イッタイ何体居るアルカ、オマエは」


『まだまだストックは有りますよ。ですが、生身の人間ひとり相手にするのに4機同時出撃しなくてはならないのは想定外です。兵器の面目丸潰れですね』

 

「それはコッチのセリフアル。割と本気で攻撃シテルのに、1機も潰せてナイとはネ。しかもゲームデ遊んデル片手間で戦われるのは素直にムカツクヨ」


 4機目に足止めされてる間に、残り3機が戦線に復帰。

 蘭月は再び取り囲まれてしまう。

 その絶体絶命な光景を見て、アランはAKMのグリップを握る手に力を込めた。


「流石に彼女ひとりに任せておけない……!」


「止めておいた方がいい」


 援護射撃をしようとアランは銃を構えるが、黒い少女にピシャリと釘を刺されてしまう。

 この黒ずくめの少女は、確か北巳神とかいう名前だったか。

 北巳神は、銃の弾道をナイフだけで逸らした時の動きを見る限り、アランより遥かに高い戦闘能力を持っているのは明らかだ。

 その北巳神でさえ、傍観者に徹せざるを得ないこの状況。

 分かっている。ここで余計な横槍を入れたところで邪魔にしかならないことくらい。


「だったらせめて博士を」


「それも止めておくのが無難。そちらのバックに居る人間が、あの博士をどう処分しろと言ってるのかは知らない。だけど博士の死をトリガーにして、bdに新しい命令が書き加えられる可能性をこちらは憂慮している。博士は生かして捕えなくてはならない」


 どこぞの国の指導者は、自分の心臓が止まると同時に核兵器が発射されるシステムを用いていると、都市伝説で聞いたようなことがある。

 確かにそんなシステムを実現していたとしたら、敵国からの暗殺に対する有効な抑止力になり得るだろう。

 それと同じことを、ヴァレンタイン博士が実行している恐れがあると北巳神は言った。

 もし博士が死ぬと同時に、人型ドローンが全世界に解き放たれるようなことがあれば、万単位以上の死者が出ることだろう。


「クソ……! 俺は見てることしか出来ないってのか!」


「大丈夫」


「だが、彼女ひとりでは……!」


「ひとりじゃない」


 北巳神は右耳に付けたイヤホンを指で叩きながら、言う。


「今も仲間が一緒に戦ってくれている」

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