ご覧の小説はVTuberを題材にした小説で間違いありませーん。

「他愛ナイアルネ」


 どこぞの代表から、ナイのかアルのかどっちだよとツッコまれそうな感想を述べ、蘭月はゆっくりと残心を解いて息を吐く。

 壁まで蹴り飛ばした人型ドローンは、胴を中心に綺麗に折りたたまれて沈黙している。

 人間そっくりに作られているのでパっと見グロテスクな画に見えるが、壁際に転がっているアレは正真正銘、血肉の通ってない機械の塊に過ぎない。

 あんな機械一体に、各国の精鋭がよくもまあやりたい放題やられてしまったものだ。


「危ナイとこだったネ、色男」


 北巳神の背後に庇われているフランス人の傭兵に声を掛けてやると、傭兵は疲れの滲んだ笑顔を浮かべた。


「助かったよ……君たちがいなかったら部隊は全滅していた」


「礼は不要。それに無駄なお喋りをしている場合じゃない」


 北巳神の殺気に、傭兵の弛緩しかけていた空気が引き締まる気配があった。

 少し冷たい気もするが、北巳神の言う通りまだ全てが終わったわけじゃない。

 蘭月は臨戦態勢を保ったまま、フロア中央に堂々と鎮座するキューブへと向き直る。

 正確には、キューブの上に腰かける中年の男へと。


「ヴァレンタイン博士アルネ? 大人しく投降するのをオススメするヨ、そっちで転がってるスクラップみたいになりたくなかったらネ」


 親指でフロアの脇で折りたたまれてるbdのボディを指し示す。

 分かりやすく脅し文句のつもりで言ったのだが、白衣の男――アーノルド・ヴァレンタイン博士は朗らかな顔で笑って手を叩いた。


「いやいや、凄いね君は。bdはそれ単体で一個師団は余裕で壊滅させられる程度の戦闘能力を目指して開発したつもりだったのだけどね」


「それは残念だったネ。生憎とコチラも似たようなコンセプトで作られてるものダカラネ」


「ふむ? そうか君も…………いやはや、人間とは本当に愚かなことを考える生き物だなぁ」


 ヴァレンタインの蘭月を見る目に哀れみ色が浮かんだ。

 しかし蘭月は勝手に向けられた同情の視線をハンッと鼻で笑う。


「ワタシはむしろこういう存在とシテ生み出されたコトに感謝してるネ。世界でも3番目くらいに強いカラダで、ケガの治りもハヤク、病気にも強いヨ」


「だけど寿命は短いんだろう?」


「長さヨリも太さを重視シテルカラ問題ナイアル」


「ははは、割り切った良い考え方だね。うん、君はいいね」


 それまでずっと穏やかに笑っていたヴァレンタインが、悲し気に眉を下げる。


「残念だよ、僕たちの邪魔をするなら消えてもらわなくてはならない」


「消えるのはオマエダヨ。そのキューブとやらを破壊スレバこちらの勝ちアル。bdだってもう――」


「あれ1機で終わりだなんて誰が言ったのかな?」


「――っ!?」


 駆動音と共に、蘭月の左頬に何者かが殴りかかって来た。

 何者か、ではない。

 bdだ。


 馬鹿な。

 bdなら先程確かに倒したはず。

 視界の端にはフロアの隅でスクラップになっているbdが1つ。

 そして自分を殴ったのもbdで間違いない。

 2体目のbdだ。


 殴り飛ばされながら一瞬でそこまでを認識した蘭月は、中空で態勢を整えながら両の足で綺麗な着地をしてみせた。


「どういうコトネ」


 血の味が滲む唾を吐きながら、ヴァレンタインへと質問をぶつける。視線は2体目のbdを見据えたままに。


「どうもこうも、それはbdが遠隔操作しているドローンだからね。1機くらい壊されてもまだ予備はあるさ」


「……相手がAIだってコトを失念してタヨ」


 bdの本体は、あくまでもヴァレンタインが腰掛に使っているキューブなのだ。

 それを破壊しないことにはbdが真に活動を停止することはない。


 つまり蘭月の勝利条件は二つ。

 キューブを速やかに破壊するか、もしくはbdのボディストックがゼロになるまで破壊し続けるか、だ。

 当然蘭月は前者を選ぶ。


「遊びはオワリヨ」


 瞬発し、人間の動体視力では到底追いつけないほどの速度で蘭月はキューブへと肉薄した。

 どれだけ分厚い装甲に守られていようとも、一発直に拳を打ち込めさえすれば、後は発勁で内部を完全に破壊出来る。

 だがその一発は当然のように阻まれた。


『止まって見えます』


 蘭月の拳をbdが片手で受け止める。

 だったらbdごとぶち抜くまで。

 そう思い拳を振りぬこうとするが、びくともしない。


「――シィっ!」


 即座に拳を引っ込め、bdに乱打を打ち込む。

 だが効かない、壊れない、傷付かない。

 1体目のbdと違い、明らかに装甲の強度が増している。

 いや、増しているのは強度だけじゃない。

 蘭月のラッシュを防ぎきるbdは、速度面でも先程の雑魚とは比べ物にならないスペックとなっていた。


『お返しします』


 乱打していた拳が二つとも弾かれ、蘭月の胴体ががら空きになる。

 すかさずbdが正面に向かって突っ込んできた。

 戦闘機にでも突撃されたかのような衝撃が蘭月の全身を駆け巡り、たまらず背後へと数メートルほど後退させられてしまった。


「~~~っ! 痛いアルヨ!」


『いえ、普通は痛いじゃ済まないのですが。どういう人体構造をしているのですか』


「そっちこそ何ダヨ、そのスペックは。話が違うアル」


『さっき貴方が破壊したのは、bdのプロトタイプボディです。そしてこのボディが本邦初公開の正式稼働バージョンとなっております』


 だからパワーもスピードも何もかもが上なのだという。


『ちょっとは絶望していただけましたか?』


「うんや、むしろ燃えてきたヨ。久々にホネのアル相手と戦えるネ」


『士気高めですね。勝機がまだあると思っているようですが、見当違いだと指摘しておきます』


「さっきはワタシもまだ本気じゃなかったカラ――」


 と、言い訳の常套句を口にしようとしたところで言葉が詰まった。

 2体目のbdの両隣に、3体目と4体目のbdが降ってきたのだ。


『bdバージョン1.0が3機。これでもまだ強がれますか?』


「――上等ネ」


 蘭月の背中に冷や汗が流れた。

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