【夏合宿5日目】ナキちゃん姫ちゃんとマテラテやる【FMK/金廻小槌】#3

「100万!? ヤバっ! これはもう勝つっきゃないわよ! 姫ちゃんナキちゃん、やるわよ!」


 bdを倒した者には100万という話を聞き、誰もが予想した通り小槌が色めき立つ。

 ナキと幽名もやる気がないわけではないが、小槌のテンションは頭一つ抜けてうるさいくらいだった。

 そんな一人で盛り上がる小槌を置いておいて、ナキが至極冷静にエキシビジョン参加の準備を進めていく。


「えーっと、エキシビジョン参加者は、指定のルームに入って待機にゃんだって。ほら、小槌がリーダーにゃんだからちゃっちゃと部屋に入って」


「おっとと、せっかくの100万チャンスも参加出来なきゃ意味がないものね。ナキちゃんナイス」


「部屋のコードとかリスナーに見られにゃいようにしにゃいとだから、画面隠すのも忘れたらダメだからね」


「はいはい」


 マテラテのロビー画面からカスタムマッチを選択し、密林運営から送られてきたコードを入力。

 それだけで特に問題なくルームに入ることが出来た。


「もう結構集まってるわね」


 カスタムマッチ待機所にはリスト状に参加チームが表示されている。

 チーム数は全部で21チーム。

 3人チームが19。2人チームが1。そしてbd単独のチームが1つの割り振りだ。

 既に18チームが揃っており、このルームはもう少しで参加者が揃うところだった。

 とは言っても、4つの部屋全部が埋まり切らないとエキシビジョンは始まらないのだが。


「開始までしばらくお待ちくださいだってさ」


「魔法の構成でもみにゃおす?」


「そうね……ところで姫ちゃん大丈夫? さっきから反応ないけど起きてる」


「起きてますわ。今、プロの方の動画でマテラテのコツを学んでおりましたの」


「配信中に動画学習すな」


 あまりに自由なお嬢様だった。

 しかしこの2時間あまりで幽名のFPSの腕前はみるみる上達している。

 既にキャラの操作は小槌よりも数段上だとリスナーが言ってるくらいなのだから相当だろう。

 実際後半の方のマッチでは、幽名の方がダメージを稼いでいたりした。

 流石はスポンジ並みの学習速度だ。

 これで上級者のプレイを吸収出来たなら、もしかするとbdにも一矢報いれるかもしれない。


「うん……やっぱ姫ちゃんはそのまま勉強続けといていいや」


「そうしますわ」




:このルームにツンもいるっぽいよ


「お? ツンいるんだ」


 リスナーに言われてよくよく見てみると、確かにツンのものと思わしきアカウントがあった。

 都合の良い女は今回もお呼ばれしたいらしい。


「メッセージ送ってみよっと。えー……bd弱らせたらラストアタックはあたしに譲ってね、と」


「せこいことやってにゃいで、姫様みたいに勉強したら?」


「まあまあ堅いこと言わないで……おっ返信きた」



『あんたがどうしてもって言うなら譲ってあげなくもないけど! でもこっちもチームメイトが居るから状況によりけりね! お互いに頑張りましょ!』


「ツンは優しいなぁ」


 ほっこりしている間にほぼ全部の参加者の準備が完了していた。

 リスナーが有名なFPSゲーマーも参戦していると騒いでいるが、小槌はVTuber以外のゲーマーはそれほど詳しくないのであまりそこには触れられない。

 ただ、第一線のゲームシーンで活躍しているプロゲーマーが数十人ほど居るらしいことは分かった。

 そして100万が欲しい小槌にとって、強すぎる味方は逆に敵になりうる。

 そいつらを上手い事出し抜いてトドメをさせるかどうかが今回の肝だ。

 ……それ以前に小槌のプレイヤースキルが、下手をしたら今回集まったプレイヤーの中で底辺レベルなのだが。


 なにはともあれ、ようやくエキシビジョンが始まる。



 ■



 そして遠く離れた異国の地では、既に本当の戦いが始まっていた。


「ハァッ!」


 チャイナ服の少女が掛け声と共に軽やかに舞う。

 地下施設を飛び回るドローンが次々に押し寄せてくるが、その悉くを両手に持った鉄扇で、まるでハエでも落とすかのように容易く撃墜していく。

 少女が撃墜しているのは仮にも軍事用のドローンであり、普通はこんな風に簡単に壊せる代物ではない。

 ないのだが、少女は鉄扇を一振りしただけで2、3機はまとめてドローンを破壊していた。

 ドローンとの距離がどれだけ離れていようとも一瞬で間合いを詰め、次の瞬間にはスクラップだ。


「こいつら随分ト手ごたえがナイネ。このドローンもbdとかいうAIが操っているアルヨネ?」


 更には命の掛かった戦闘中であるにも関わらず、お喋りまでする余裕がある始末だ。


「こいつらは多分違う」


 そんなお喋りに付き合うのも、また少女だ。

 真っ黒な服に身を包んだ影のような少女――北巳神は、飛んで来た銃弾をナイフで逸らしながら答える。


「bdが操るドローンは人型の兵器だと説明したはず。無駄だから何回も説明させないで欲しい」


 北巳神は言いながらナイフを投擲。飛んでいたドローンの装甲の僅かな隙間を突き、一機を撃破。

 すぐさま取り出した新しいナイフで、突撃してきたドローンを切り付け遠くに蹴り飛ばす。


「じゃあコイツらはただの雑兵アルカ」


「でもここまで暴れたのだから、そろそろ本命が出て来ても良い頃合いのはず……社長からの連絡では、もう間もなくエキシビジョンも始まるみたいだから」


「フム……」


 チャイナ服の少女――蘭月は戦いの手を緩めないまま、熟考する。


 国際テロ組織モンタージュの脅威度判定は、現状のところB-くらいだろう。

 兵士の練度は低いし士気も低い。装備も貧弱。ドローンなどの最新兵器も使っているが、扱いきれずに道具に遊ばれている。

 過去にもっとヤバめの敵と戦った経験のある蘭月に言わせれば、この程度の相手は正直自分が出張るまでもないと言いたくなる感じだ。


 しかし敵の弱さはともかくとして、モンタージュがアジトとして使っているこの地下基地の規模感だけは大したものだと思う。

 一介の中小テロ組織如きが、よくもまあここまで広大な地下建設に着手成功したなあと、ちょっとだけ感心したくなるほどだ。

 技術面ではテロ側に与している博士が協力しているのだろうが、資金源の方は謎でしかない。

 モンタージュの主な資金源は略奪や人身売買などせせこましいものばかりで、とてもじゃないがこれほどの地下基地を建設出来るほどの金があるようには思えなかった。

 加えて、件の博士とキューブを某国軍事研究施設から奪い去った実績にも違和感が残る。

 この程度の組織が世界最高峰の武力で守られた軍事施設に攻め込んで、トップシークレットのはずのキューブをいともたやすく持ち去ったという事実が信じられない。

 たとえ博士が内通者としてテロリストと共謀していたとしても、だ。


 モンタージュの背景には謎が多く、そしてそのきな臭さが蘭月に最大限の警戒を訴えかけていた。


『こちらチームΘシータ。チームV、聞こえてるか』


「聞こえてるアル、どうゾ」


 別動隊からの無線に応える間にも、敵の攻撃が止まらない。

 倒した傍から増援が湧いて来て、物陰にコソコソと隠れながら蘭月たちに向かって無駄弾を連射してくる。

 蘭月はチャイナ服の内側に手を突っ込み、隠し持っていたパチンコ玉をじゃらじゃらと取り出した。

 その銀玉を親指の力でピュンピュンと弾き飛ばす。 

 銃弾レベルの速度で射出されたパチンコ玉は、基地の壁に乱反射しながら標的に命中。パチンコ玉の数だけ敵がバタバタと倒れ、ドローンが動かなくなる。離れた場所にいようが、物陰に隠れていようがお構いなしだ。

 指弾と呼ばれる中国武術の一種だが、ここまでの威力を出せるのは使い手が蘭月だからだろう。

 近くで戦う北巳神がドン引きの視線を送ってくるが、それは無視して無線の会話に集中する。


『チームαが例の人型兵器と接触。交戦を開始したが、その後応答が途絶した』


「そっちが当たりだったアルカ」


『そのようだ。全班目的のポイントに向かっている。キューブも恐らくはその先にあるはずだ』


 モンタージュの地下アジトは、複雑なダンジョンのように入り組んでおり、全体像がまるで把握出来ていない。

 故に突入班は複数の部隊に分かれて行動し、各自キューブと博士を捜索していた。

 しかしどうやら蘭月たちの歩んでいたルートはハズレだったらしい。


『そっちはどんな状況だ?』


「ザコがわらわら集まって来てイルアル。ワタシたち完全に囮ダヨ」


『ああ、アンタらが暴れてくれてるお陰で他が随分と楽出来てるよ。ありがとう』


 律義に礼を言うチームΘのリーダーは、確かフランスの傭兵部隊の隊長か何かだったはず。

 彼もまた、蘭月や北巳神と同じくモンタージュ制圧のためだけに金で雇われた戦士たちだ。

 今回の作戦には世界中から戦闘特化のスペシャリストが集められている。

 その中でも蘭月は間違いなく最強だと自覚しているが、他の部隊員も相当な手練れが複数名混じっていた。

 蘭月が自分この作戦にいらなくね? と思っているのも、そこらへんの人員の実力を見ているからだ。

 だがそれでも尚、嫌な予感だけはどうしても拭えない。


『蘭月って名前だったか? アンタには本当に助けられたよ。この作戦が終わったら飯でもどうだ?』


 蘭月の胸のざわつきを他所に、チームΘのリーダーが無線越しに口説きにかかってきた。

 モテる女は辛いものだと溜息ひとつ。


「そういうの死亡フラグって言うアルヨ。悪いケド、これが終わったら直ぐ次の仕事がアルから無理ネ。ニホンに目の離せナイ危険な女を放置シテるカラネ」


 ギャンブル依存症のバカの顔を脳裏に浮かべながら、蘭月は口元に小さな笑みを浮かべる。

 暴の世界とは切っても切れない自分ではあるが、それでもFMKのマネージャーとして過ごす時間は存外悪くはなかった。

 だからこんな仕事はさっさと終わらせて、仲間の待つ事務所へと直帰したいのが本音だ。

 大切な旧友リーアが、陽の当たる世界に適応出来るのか見届ける義務もあるし。


『そいつは残念だ』


「悪いネ、色男」


『はは……それじゃあそっちが片付いたら、こちらに合流してくれ。その頃にはbdもスクラップになっているかもしれないが』


 そう言って通信が切れた。


「キタミカミ! 別動隊が本命と接触シタみたいダヨ!」


「聞いてた」


「ナラさっさと片してイクアル! どうにもイヤな予感がスルヨ!」


 蘭月の予感は、最悪にも的中していた。

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