泣きっ面には蜂が来て、厄介な問題は怒涛のように押し寄せる的な

「と、いうわけで、合宿最終日である7日目にトレちゃんのオリジナル楽曲をお披露目するってことになったわけだが、誰か異議のある者は?」


 合宿5日目の早朝。

 事務所会議室には、別件で不在の蘭月以外のいつメンが集まっていた。

 議題は今俺が挙げた通り。トレちゃんの楽曲についてだ。


「はい、異議有りなんだけど」


「なんだ瑠璃、言ってみろ」


「今日を入れてもあと3日しかないけど本当に大丈夫?」


 瑠璃は厳しい目でトレちゃんと奥入瀬さんを睨む。

 生配信でライブをすると簡単に言ったが、それを実現するためには2人が揃ってトラウマという名の高いハードルを飛び越えなくてはならない。


 本番が7日目の夜……夏合宿中の配信は全て19時スタートとしているので、時間はそこに合わせるとしてだ。今は5日目の朝8時ちょっと過ぎ。タイムリミットまで59時間を切っている。

 トラウマの克服なんて一朝一夕で出来るものじゃない。

 技術があっても心が追い付いていない。

 そう考えるとスケジュール的にはカツカツだ。

 瑠璃は難しい顔のまま続ける。


「私も生演奏、生歌でお披露目したいって2人の熱意は買うけど、現実問題として今の状態じゃとても成功するとは思えない。無理して合宿最終日にやらなくても、先延ばしにするのも有りじゃないの?」


「えー、でも瑠璃ちゃんが最初に2人を信用しようって言ったんじゃん」


「横槍入れないで一鶴さん、私は2人に聞いてるの。で、大丈夫なの? 出来るの?」


 配信でライブをと言い出したのは奥入瀬さん自身だ。

 そして昨日のあのやり取り後、どうせなら合宿最終日にやろうと締め切りを設定したのはトレちゃん自身でもある。

 一晩おいて冷静になったところで再度意志を問われたトレちゃんと奥入瀬さんは、顔を見合わせてから笑顔で頷いた。


「出来ます!」


「ヤッテやりマース! 当たって砕ケロデス!」


 砕けちゃだめだが意志に変わりはないようだった。


「口ではなんとでも言えるけど……どうしてもやるって言うなら私も反対はしない」


「瑠璃ちゃんはほんと素直じゃないなー、無理して悪ぶらなくてもいいじゃん。ただ心配なだけで最初から異議なんてないくせに。うりうり」


 一鶴が瑠璃の頬をつんつんと突く。

 瑠璃は割とマジでウザったそうに一鶴の指を払いのけた。


「次同じことをしたら殺す」


「殺害予告……っ!」


「乱暴な言葉遣いはいけませんわ、瑠璃様」


「ふん」


 幽名に窘められて瑠璃が不貞腐れたところで一息。

 瑠璃の他には異議もないようだし、後は前に進むだけだ。


「――で、当日に向けて色々と擦り合わせておくことがあるが、そうだな……まず生演奏についてだが、いくら奥入瀬さんでも同時にふたつ以上の楽器は弾けないよな?」


「そうですね。なので当日はギター部分だけ私が演奏して、他は音源を流します」


「現実的な案で助かる」


「ヴァイオリンの箇所はわたくしが生演奏致しましょう」


 予想はしていたが幽名がここで出張って来た。

 俺は無言で奥入瀬さんとトレちゃんに視線を送る。

 ここら辺についての決定権は主役の2人に委ねたい。


「ありがとう、姫衣ちゃんが居てくれるなら心強いよ」


「ヒメ様! 一緒にガンバルデース!」


「不承幽名姫依、全身全霊でサポートに回らせて頂きますわ」


 当日のライブは幽名もヴァイオリンとして参加が決定した。

 幽名は配信でちょくちょく演奏を披露してるし問題はないだろう。

 しかし、こうなってくると他にも意見を聞いておいた方が良い箇所があるな。


「曲のコーラス部分はどうする? 一鶴や瑠璃が問題ないなら、2人に歌ってもらうことも出来るが」


「そりゃやるでしょ、あたしらだけ除け者にしないでよ。ねー、瑠璃ちゃん?」


「一鶴さんの最近の絡み方ウザ……。それはともかく私もやりたい、トレちゃんと奥入瀬さんが良いのならだけど」


「モチのロンデス!」


「全員で力を合わせて頑張りましょう!」


 結局全員役割有りか。

 それじゃあ練習とリハーサルも必要だしかなり時間が……。

 場所のセッティングや、場合によっては機材の搬入なんかもあるだろうしマジで時間がいくらあっても足りない。

 直ぐにでも動く必要がある。


「そんなわけで七椿、どうにかこうにかして当日に間に合うよう調整を頼む」


「既に諸々の手配を進めています」


「流石」


 仕事が早すぎる。

 七椿がいなかったらFMKの経営は最早成り立たないレベルだ。

 俺は七椿の持ってきた予算案に判子を押して、財布から金を出すだけ。

 ATMかな?


「じゃあ時間もないからさっさと練習に入りたいけど」


「あ……私、家からマイギター持ってきます」


「そうなるよな」


 奥入瀬さんは慌てながら一度帰宅していった。

 演奏するといっても肝心の楽器がなければ始まらないのだから仕方がない。

 となるとトレちゃんだけでも先に練習させておいた方がいいか。

 練習と言うか確認だけど。

 トレちゃんが、自分を見つけられたかどうかの。


「じゃあトレちゃんは俺と配信スタジオに移動で」


「待った代表さん、今日の配信内容も先に決めておきたいんだけど」


 ああ、それもあるのか。

 7日目はともかく、5日目と6日目もオフコラボにそれぞれ2時間程度の時間は使うことになる。

 やること考えることが多すぎる。いきなり忙しすぎだ。


「闇鍋や人狼みたく事前準備や人を呼ぶ必要があるものはNGだぞ。そんなことをしてる時間的余裕がない」


「とはいえあんま地味すぎる配信もしたくないのよね。ねー、瑠璃ちゃん?」


「その絡み方やめてって……私と一鶴さんは余裕があるから配信のことはこっちで考えとく。代表とトレちゃんはそっちに集中して」


「そうしてもらえると助かる」


「ルリ……本当にアリガトウデス」


 話もまとまったところで、今度こそ配信スタジオに移動だ。

 と思ったところで今度は俺のスマホに着信があった。


 こんな時になんだよ……って、おいおい。

 なんでアイツから電話が掛かって来るんだ。


「どったの、代表さん。電話鳴ってるけど出ないの?」


「いや……出る」


 戸惑いながら通話アイコンをタップする。

 するとスピーカーからあまり聞きたくなかった人物の声が流れて来た。


『出るのが遅いのよ。アリスの着信には2コール以内に出るのが基本なのよ』


「知らねえよ」


『ふんっ、まあいいのよ。キャンプぶりなのよ、元気してたかしら?』


「ああ、お陰様で怪我ひとつなくな」


 皮肉で返してやると通話相手――密林配信社長の有栖原アリスは、面白い冗談を聞いたとでも言うようにクスクスと笑った。

 こちらは表情筋がお亡くなりになったかのようにピクリとも笑えない。

 このガキ、どの面下げて俺に連絡してきてんだか。っていうか番号教えたっけ? まあ、なんでもいいや。


「それで用件は? 悪いが俺はお前と違って忙しいから手短にな」


『弱小事務所の分際で忙しいわけないのよ』


「……」


 無言で通話を切ってやった。

 すると直ぐに有栖原からリダイヤルが来た。

 面倒なヤツだな。


「もしもし」


『いきなり電話を切るなんてどういう教育受けてきたのよ! 話くらい最後まで聞くのよ!』


 電話を切るくらいカワイイものだろ。こっちはキャンプの時に頸動脈切られかけてんだぞ。それも有栖原の指示のせいで。

 そっちこそどういう教育受けてきたんだって話だが、こいつと言い争いをしても時間の無駄にしかならない。

 とりあえず殺されかけたことは一旦忘れ……はしないが、脇に除けとくとしよう。


「分かったから早く用を言ってくれ。忙しいのは普通に本当だから」


 通話を続けながら、トレちゃんと一緒に事務室を出る。

 トレちゃんには先に配信スタジオに行っているようジェスチャーで伝え、俺は事務室横の物置代わりに使ってる部屋に入った。

 他のやつに聞かれると困る話題な気がするしな。


『今夜、マテラテ密林カスタムマッチがあるのは知ってるかしら?』


「ああ、密林ライバーだけでマテラテ遊ぶっていうアレだろ?」


『ソレなのよ』


 みなさんご存じ魔法と銃のFPS『マテリアル・ライン・テンペスト』を、密林ライバー59名+ゲスト1名で遊ぶという企画内容だったはず。

 人狼配信のラストで御影星達が告知してたから当然知っている。

 で、それがなんだというのか。


『この企画のゲストに、bdというAI型VTuberが来るのも知ってるかしら?』


「らしいな」


『知ってるのなら話は早いのよ。――ここから先の話は他言無用なのだけれど、今お前の周りに人はいるのよ?』


「俺ひとりだからさっさと言ってくれ」


 随分と念入りに確認してから、有栖原は話を続ける。


『このbdというAI、かなり危険な代物だと分かったから、処分することになってるのよ』


「なに?」


 bdが危険? 処分する?

 何の話をしているんだコイツは。


「おい、有栖原。言ってる意味が分からないんだが」


『今順を追って説明してやるから黙ってるのよ』


 そう言われては黙るしかない。


『まず、北巳神とお前のとこのチャイナ娘が今請け負ってる裏の仕事……それがbdの物理的破壊なのよ。データ上の存在だけど、管理はどこぞのスーパーコンピューターから行われているから、そっちをぶっ壊すのよ』


 そこに話が繋がるのか。

 蘭月が言っていた「この仕事が殺しにナルのかどうかは、人によって判断がカワルとワタシは思うヨ」とはそういう意味か。

 確かにAIの破壊を殺しと捉えるかどうかは、個々人の価値観に左右される問題だ。

 特にbdほど人間らしい受け答えの出来るAIなら尚更だろう。


「蘭月の仕事の内容は分かったが、どうしてbdを破壊する必要があるんだ? 危険ってどう危険なんだ? というか、なんで破壊対象の危険AIと仲良くFPSで遊ぶ必要が? 最後の思い出作りか?」


『質問ラッシュはやめるのよ! 黙って聞くってことが出来ないのよ、お前は!?』


「……」


『急に黙るななのよ!』


 注文の多いお子様社長だな。


「いいから続きはよ」


『くっ……元々bdは某国が開発した、人型の新型兵器に搭載される予定だったAIなのよ』


「……冗談だよな?」


『アリスはつまらない冗談は嫌いなのよ』


 そう言われても有栖原の証言だけだと信憑性は薄い。

 あまつさえ新型兵器のAIと来たもんだ。

 話が飛躍しすぎていてどう反応していいかも分からない。

 なんか最近は現実味のない話ばかり聞いている気がする。


「ちょっと待っててくれ」


 俺は有栖原に待ったを掛け、通話を切らないようにしながら蘭月へとメッセージを飛ばした。

 今有栖原から聞いた話をそのまま蘭月に伝え、それが本当かどうか教えてくれるよう頼む旨のメッセージだ。

 返信が来ないことも覚悟していたが、その考えは杞憂に終わった。



 是。



 蘭月からのメッセージはその一文字だけだった。

 蘭月はあまり長文メッセージを送るタイプではないが、それにしてもここまで短いのは珍しい。

 面倒だったのか、それとも余程忙しいのか。

 ともかく蘭月が肯定してる以上は本当の話なのだろう。

 有栖原は信じられずとも、FMKマネージャーの話なら信用出来る。


『確認は取れたのよ?』


 有栖原には、俺が蘭月と連絡を取ったことはお見通しのようだった。


「ああ、どうやらマジのようだが……」


 しかしまだ納得は出来ない。


「どこの国の兵器かは知らんが、国を敵に回すのは相当ヤバくないか?」


 北巳神と蘭月もそうだが、最悪密林やFMKまで飛び火しかねない。

 しかし俺の懸念を有栖原は鼻で笑った。


『今回の依頼はその国からなのよ』


「あ? なんで兵器の所有元が自分のとこの兵器を破壊するよう依頼するんだよ」


『答えは簡単なのよ。bdはテロリストにサーバー丸ごと盗まれて、今は国の管理下にないから』


「なっ……」


『そしてそのテロリストは、bd搭載の兵器を世界中に解き放とうとしてるのよ』


 bdはテロリストに奪われていて、そのテロリストはbdを使って世界を渾沌に陥れる目論見なのだという。

 とんでもない話だ。

 最早話のスケールがデカすぎて付いていけないレベル。

 世界を守る的な仕事ってそういうことかよ、蘭月。


「だけど待てよ有栖原。その話が本当だったとして、何故bdはゲームで遊んだり、VTuberデビューなんてワケの分からんことをしてるんだ?」


 テロリストの手中にある兵器用AIにあるまじき遊び具合だ。

 まさかテロリストの真の目的がbdをVとしてプロデュースすることでもあるまいし、その行動の真意が読めない。腑に落ちない。


『Vとしてデビューさせたのは、某国に対する挑発行動だと推測しているのよ』


「挑発ねえ……そりゃ国から盗んだAIをVTuberにしてみた! なんてやられたら国のメンツなんてボロボロだろうけど」


『そしてbdがFPSで遊んでいるのは、恐らくは戦闘データの収集と、実戦に向けてのシミュレーションを兼ねているのよ』


「つまりbdはゲームで戦闘訓練を積んでるってことか?」


『なのよ』


 それは、ゾッとしない話だ。

 FPSゲーマーがドローンパイロットとして戦争で優秀な実績を残したという話はどこかで聞いた覚えがある。

 勿論指先の運動だけで完結するビデオゲーム内での戦争と、全身をくまなく動かす実際の戦争を同列に語ることは出来ない。

 しかし近年のリアリティの増したゲームが、シミュレーターとして非常に優秀であるという事実も見逃せない要素ではある。

 銃で武装した人間との戦闘データを得る場所として、FPSは最高の環境だ。

 そこにテロリストが目を付けたのだとしたら、成る程、bdがFPSで遊んでいる理由にも一応の納得は出来る。


『bdはデビュー以降かなりの知名度を得ているのよ。その知名度と存在に興味を持ったプロゲーマーとも、既にかなりの回数FPSでコラボしているのよ』


「それは良くないな」


『これ以上、bdに学習の機会を与えるわけにはいかないのよ。だから今夜、決着を付けるのよ』


 今夜……。

 確かマテラテ密林カスタムマッチがあって、bdがゲストとして参戦するんだったな。

 それがどうbdの破壊と関わって来るのか。

 俺は固唾を呑んで有栖原の話に耳を傾けた。


『bdのサーバーが置いてある敵本拠地は既に突き止めているらしいのよ。今夜中にそこを制圧する予定になっているけど、追い詰められればテロリスト共は必ずbdを実戦投入してくるのよ』


「こっちの勝率は?」


『分からないのよ。bdが同時操作可能な兵器数や、その兵器の性能と総数、それとbd本人の学習深度によって作戦の成功率は大きく変わる……だからこそこちら側は、可能な限り勝率を高めるためにあらゆる手段を講じる必要があるのよ。そのためのマテラテ密林カスタムマッチなのよ』


 有栖原が作戦内容を俺に伝える。


『bdがいくら超ハイスペックなAIだったとして、処理能力には必ず限界があるのよ。ゲーム内で戦いながら、リアルでも戦闘をすることになれば、多少なりとも影響が出ることは免れない……はずなのよ』


「つまりマテラテ密林カスタムでbdが戦ってる最中に、リアルでもテロリストのアジト襲撃を行うってことか」


『その通りなのよ、理解が意外と早いのよ』


 要するにゲーム内戦闘とリアル戦闘を並列処理させて、bdの動きを鈍らせようって作戦だ。

 作戦は分かったが……そんなにことが上手く運ぶとは思えない。

 効果があるのかも怪しいものだし。


「リアルで襲撃があったら、流石のテロリスト側もbdをゲームから切断させるだろ」


『尤もな指摘なのよ。だけれども、多分テロリストはそうはしてこない』


「そんなバカなことある? 根拠は?」


『テロリスト側にはbdの開発者がいるのよ。そもそもその開発者がbdを手土産にテロリスト側に降ったのだけれど、ソイツは自分の開発したAIがどこまでの性能を発揮出来るのか確かめたがっているらしいのよ』


 なるほど。だからこそbdを暴れさせるためテロリストに成り下がったってことか。なんて傍迷惑な野郎なんだ。

 そして有栖原の作戦が成功するという根拠もなんとなく分かった。


「bdの限界を見たいから、リアルでbdを戦闘に投入することになったとしてもゲームは中断しないと、そう踏んでいるってわけか」


『なのよ。それと、その開発者の性格を利用して、もう少しだけこちらもbdに負荷を掛けられないか試すことにしたのよ』


「というと?」


『今夜のカスタムマッチで、密林ライバーはどうせbdにボコボコにされて負けるのよ』


「もうちょっと自分のとこのライバーを信用しろよ」


 まあ、ゲーム側のやつらは負けても問題ないだろうけど。


『で、密林サイドがボロ負けしたところで、アリスがbd側に対してこう提案するのよ。負けっぱなしは我慢ならない。bdにどうしても勝ちたいから、複数マッチを並行してプレイして負荷をかけた状態で戦え、と』


「そんな無茶な提案が通るかな……」


『通すのよ』


 ごり押しの構えだ。

 有栖原の性格なら言っても違和感はないけども。

 だがその提案が通れば通常以上の負荷をbdに与えることが出来るかもしれない。


『bdの開発者は、自身の創作物に絶対の自信を持っているのよ。だから恐らく、完璧な勝利を望むはずなのよ』


「有栖原の無茶振りに応えた上で、ゲームとリアル両方の戦闘に勝利しにくると」


『なのよ。で、別マッチに参加するプレイヤーも裏で秘密裏に声を掛けて回っているのよ。サプライズ企画という体にして、知ってる限りのプロゲーマーやFPSプレイヤーを180人ほど集めたのよ』


「すげえな、対bd包囲網ってわけか」


 密林ライバー59人と合わせたら4マッチ同時に開催可能ってわけだ。

 bdは熟練のFPSプレイヤーも混在しているマッチを4つ同時に捌きつつ、リアルで蘭月や北巳神たちの相手もしなくてはならない。

 もし作戦が成功すればいくら超高性能AIでも処理しきれないのではないだろうか。

 あくまでもbdの開発者が誘いに乗ってくれればの話だが。


「俺達の平和は有栖原にかかってるってわけか。頑張れよ、俺は応援くらいしか出来ないけど」


『なに他人事みたいなこと言ってるのよ。アリスがなんのためにお前なんかに連絡して、こんな大事な話を語って聞かせたか分かってないのよ?』


「やっぱ俺にも何かやらせるつもりか」


『当然なのよ』


 わざわざテロリズムの危険性を俺に教えてくれるほど有栖原は優しくないし、なんなら俺がごたごたに巻き込まれて死ねばいいとさえ思っているだろう。

 だが今回の有栖原が俺との確執よりも、テロリストの排除を優先しているのは明らかだ。

 だから敵対関係にあるFMKにも一時的に協力してもらおうという腹積もりなのだろう。

 人を暗殺しようとしておいて虫のいい話だが、俺としてもテロなんかで世界を無茶苦茶にされるのは困る。

 それにbdの妨害をすることで間接的に蘭月を助けることにも繋がるのなら、俺としても手を貸さない理由はない。


「敵の敵は味方って言うし、今回だけな。で、俺は何をすればいい?」


『丸葉一鶴を貸して欲しいのよ。今回の4マッチの内のひとつにゲストとして紛れ込ませるのよ』


「一鶴を?」


 有栖原は一鶴の存在を疎ましく思っていたはず。

 その一鶴をマテラテに参加させろとは意味が分からない。

 そもそもあいつFPSがくっそヘタクソだったはずだし力になれなさそうだけど。


「理由を聞かせてくれ。もしもどさくさに紛れて一鶴に何かする気なら、この話はなかったことにしてもらうぞ」


『……運命が丸葉一鶴に味方すれば、bdにより大きな負荷を与えられるかもしれない。そのためなのよ』


 またその話か。

 有栖原は一鶴に何か特異な力があると思っている。

 俺からすれば一鶴はただのトラブルメーカーでギャンブラーなだけなんだけどな。

 ブレーキが無いからどこまでも突っ走ってしまう点とかは確かに普通じゃないが、それだけだ。


「一鶴が役に立つとは思えんが」


『いいから貸すのよ。オンラインマッチに参加するだけなのだから労力もリスクもないのよ』


 まあ、確かにこちらにリスクがないのは事実だ。

 むしろ密林の大型企画に混ぜてもらえてラッキーまである。

 これで裏でテロリストとの戦いが繰り広げられてさえいなければ最高の話なんだが。


「分かった。ただし小槌以外のFMKライバーも2人参加させてくれ。ちょうどこっちも、今日の箱コラボをどうしようかって話をしてたからな。そっちの企画に便乗してお茶を濁させてもらう」


『交渉成立なのよ。詳細はメールで送るから、配信時間までに準備を済ませておくのよ』


 話がまとまるなり有栖原は通話を打ち切ってきた。

 とんでもない話を聞かされちまったな……。

 ただでさえ明後日の配信の件で考えることやることが多いのに、懸案事項が更に一つ追加されてしまった。

 まあ、作戦が成功すればbdの件は今夜中に片が付くのだろうけども。


 正直、最新兵器相手だろうと蘭月が負けるビジョンが浮かばないし、そっちはあまり心配してない。

 というか、電話越しにテロリストだのなんだのと言われても、イマイチ実感が湧きづらいんだよなぁ。

 平和ボケしてる日本人的感性から言わせてもらうと、対岸の火事程度の危機感しか抱けない。


 とにかく、一鶴たちに今日のマテラテ密林カスタムマッチに参加が決まったと伝えないと。

 それとトレちゃんをスタジオに放置したままなので、さっさと練習もしないと時間が足りなくなる。


 そう思って倉庫から出ようと振り向いて、俺は心臓が飛び出るくらいに驚いた。

 背後にトレちゃんが立っていた。

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