【夏合宿4日目】麻雀というゲームで遊びますわ【FMK/幽名姫依】

【夏合宿4日目】麻雀というゲームで遊びますわ【FMK/幽名姫依】



「今日は麻雀というゲームで遊びますが、その前にひとつお報せが」


「昨日に引き続き今日も☆ちゃんはお休みにゃんだよね~。みんにゃごめんね」



 ■



 幽名たちが麻雀で盛り上がっている配信を横目に見つつ、俺は事務室で1人考え事をしていた。

 トレちゃんが眠りについてから丸々1日以上が経過した。

 精神的なショックが大きかったのは分かるが、頭を打ったわけでもないのにここまで目を覚まさないのは予想外だ。


 今日の朝に目を覚ましていなかった時点で一度病院に連れて行くことも考えたのだが、それは止めておいたほうがいいと、俺以外の全員が口を揃えて言ってきた。

 だからもう1日だけ様子を見るということにして、明日になってもトレちゃんが眠ったままだったら、その時は絶対に病院に連れて行くということで決着した。

 トレちゃんのホームステイ先にも連絡を入れなければならないが、そうなった場合、どうして意識がない状態のトレちゃんを2日間も事務所に置いておいたのかという責任を問われることになるだろう。それは仕方のないことだけれども。


 でも、不思議なことに俺以外の誰も、トレちゃんが目を覚まさないことに対して、それほど焦っている様子は見られなかった。

 薄情な奴らだ……とは思わない。

 あいつらは個性の塊みたいな集団だし、触れるモノみな傷つける系の人類だが、それでも仲間だけは大事にする。

 だから逆説的に考えると、トレちゃんのことを心配していないのではなく、心配する必要がないのではないのだろうか。という結論に落ち着いた。


「考えてても仕方ないよな」


 幽名たちは、トレちゃんがいない間もVTuberとしてやるべきことをやっている。

 だったら俺も、今自分が出来ることをやるべきだ。


 重い腰を上げて事務室から出る。

 その足で同じ階にある仮眠室へと足を運んだ。

 ノックをするが返事はない。


「……入るぞ」


 ドアを開け仮眠室の中に入る。

 合宿中、一鶴たちがここで寝泊まりしていることもあり、中は女の子たちの荷物で散らかっていた。

 合宿後にちゃんと片付けるならそれでいいが、一応事務所の一部なのだから綺麗に使って欲しいものだ。

 などと思いつつ、俺は仮眠室に置いてあるベッドの一つに近付いていった。

 ベッドの中では、美しい金髪の少女が静かに寝息を立てている。

 トレちゃんだ。


「……」


 俺はすぅすぅと可愛い寝息を立てるトレちゃんの寝顔をまじまじと1分くらい凝視してから、無言のまま近くの椅子を引っ張って来て真横に腰かけた。

 そして、そこからさらに3分くらいどうしようかと散々悩んだ挙句、言うべきことを言うことにした。


「いつまでそうしてるつもりなんだ?」


「――――――」


「ばつが悪いのは分かるけど、ずっと寝たふり・・・・してたって何も解決しないぞ、トレちゃん」


「――――――ヤッパリ、バレてマシタカ」


 トレちゃんが億劫そうに上体を起こす。

 声に覇気がないが、寝起きの声という感じでもない。

 多分ずっと起きてはいたのだろう。

 トレちゃんは狸寝入りを止めたものの、横にいる俺とは目を合わせようとせず、タオルケットを親の仇のようにジッと睨み付けている。

 そういう態度も目付きも何もかもが、俺の知っているトレちゃんとは違っていた。


「腹減ってないか?」


「大丈夫デス」


「そうか」


 昨日から何も食べてないだろうから絶対に腹は減ってると思うが、意固地になってる相手に指摘したところで余計にムキにさせてしまうだけだろう。

 ま、とりあえずは予想通り寝たフリだったってことが分かって一安心だ。

 多分だが、俺以外の全員はとっくに気が付いていたのだろう。

 だからトレちゃんを病院に連れて行くことをあそこまで頑なに反対してきたのだ。

 だったらそうだと教えてくれとも思ったが、気が付かなかった俺が悪い。

 そうやって俺が頭の中で安堵と反省の会を開いていると、不意にトレちゃんの方から話かけてきた。 


「…………聞かないんデスカ」


「ん? あー、そうだな、なにから聞いて欲しい?」


「代表さんはイジワルデス」


「意地悪してるつもりはないが……じゃあ教えて欲しいんだけど、なんで寝たフリなんかしてたんだ?」


「代表さんが言った通りデス。バツが悪かったカラ……あんなフウにミンナに迷惑掛けて、どんな顔して起きたらイイカ分からなくナッテ……」


「でもトレちゃんがずっと目を覚まさなかったら、余計にみんなに心配掛けると思うんだが」


 みんなとっくに気付いてるだろうけど。

 それはそれ、これはこれだ。


「ゴメンナサイ、デス……」


「謝るならアイツらにな。昨日今日と、☆ちゃんがいないぶんも配信を盛り上げてるんだから」


「ハイ……」


 自分のやらかしに落ち込んで項垂れるトレちゃんは、俺の目にはどこにでもいるごく普通の女の子にしか見えない。

 どこの誰がなんと言おうとも、今ここにある現実はただそれだけだ。


「トレちゃん」


 だから俺は、俺が知ってるトレちゃんを教えなくてはならない。


「トレちゃんは、トレちゃんだよ」


 他の誰でもないトレちゃん自身に。

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