暗殺者再び

 夏合宿とか言い出した一鶴たちが事務所に寝泊まりを始めてから2日目の午後。

 昼間は5人揃って何処かへとお出かけしていたFMKライバー達だったが、夕方頃になって帰って来た時には何故か人数が8人に増えていた。

 しかも増えた3人は俺も知っている人間たちだった。


「オッス、チンカス~」


 密林配信の御影星と、


「ふふ……ここがFMK……邪悪な気が充満している……素敵」


 同じく密林の五月冥魔めいめいまと(コイツの名前は毎回ルビを振りたくなる)、


「有意義な時間を過ごせると聞いて」


 同じく密林の北巳神――


「うおわぁ!? き、北巳神!?」


 全身ブラックカラーで統一している北巳神の姿を見て、俺は思わず椅子から転げ落ちるほどビビリ散らかした。


「なにいきなりずっこけてるの代表」


「なにって瑠……ナキ……なんで北巳神がここにいるんだよ」


「それを言うなら他の密林メンバーもじゃないの」


 それはそうだが、北巳神のインパクトで御影星と五月冥魔の存在が一気に霞んだ。

 なにせコイツは先日のキャンプで、有栖原の指令で俺を殺そうとした殺人未遂犯なのだから。

 生憎証拠もないし、訴えても無駄だろうと蘭月にも言われていたので泣き寝入りするしかなかったが、俺が北巳神に襲われたのは紛れもない現実だ。

 そんな殺し屋だか暗殺者だか知らんが、一度殺されそうになった相手が目の前に普通に現れてビビらないわけがない。

 が、それをここに居る奴らに説明した所で、俺がおかしいヤツだと思われるのが関の山。

 俺は椅子に座り直しながら改めて密林配信の3人を見た。


「3人はどういう集まりなんだっけ? なんで来たんだ? ここは密林じゃないぞ? お帰りはそちらです」


「ンだよ、こっちは呼ばれたから来てやってんだよ馬鹿野郎。茶菓子くらいだせよこの野郎」


「呼ばれた?」


 御影星は怖いので質問の矛先を五月冥魔に変える。

 すると、白い服に長い黒髪という見た目が完全に貞子な五月冥魔は、ニタァ……っと背筋が寒くなるような笑顔を浮かべて言う。


「ふふふ……人狼会に誘われたの……FMKの」


「人狼会? ああ、今日の配信のか」


「ふふふふふ」


 これは肯定の笑いなのだろうか。

 御影星とは別の意味で怖いんだけど。

 そんな三者三葉の怖さを持った密林配信の3人が、本日FMKのオフコラボにて開催される人狼会にゲストとして招集されたということなのだろう。

 その中によりにもよって北巳神が居ることに何らかの意思の介入を感じざるを得ない。

 また有栖原の策略なのか?


「と、とりあえず、そういうことならゆっくりしていってくれ。でもこの人数で事務室に居られると流石に業務に差し支えるからスタジオの方に居てくれよな」


 俺がやんわりとここから出て行けと伝えると、ライバー8人は特に文句も言わずにぞろぞろと3Fの配信スタジオの方に向かって行った。

 蘭月もマネージャーとしてライバー達の後ろに無言でついていく。

 部屋から出る寸前に蘭月が俺にアイコンタクトを送ってきたが、多分「安心するヨ、ワタシが居る限りヘンなマネはさせナイアル」的な事を言いたかったんだと思う。

 まあ蘭月が警戒している限り、北巳神も俺を含めた誰であろうと手出しは出来ないはず。


「変なことにならなきゃいいが……」


 その日俺は、帰宅するまで心休まらぬ時間を過ごしたのだった。


 ■


「さて、配信を始める前に確認しとくけど、この中で人狼のルールを知らない人は?」


 場所は変わってFMKの配信スタジオ。

 仕切り役の一鶴の質問に挙手をしたのは幽名だけ。

 他の7人は既プレイかどうかはさておき、ルールだけなら把握しているようだった。


「御影星とかは人狼経験者なんだっけ」


「おう。密林の内輪で何回かやったことあっからよ、そこらへんは心配皆無だぜ。そっちの生っちろい女だけにルール説明してさっさと始めようぜ」


「わたくしのことは、生っちろい女ではなく姫様と気軽にどうぞ」


「ああ? ヤだよ。姫様とか高貴すぎんだろ。モヤシとかで十分だろうがコラ」


「モヤシ?」


「んでそこで首傾げてんだよおら。モヤシくらい食ったことあんだろうが、あ~ん?」


「ストップストップ。バチバチ面白そうな戦いをするのは配信始まってからにしてよね」


 一鶴は配信開始前から噛み付き始めた御影星を幽名から引き離した。

 御影星はFMKにはいないタイプのガチで口が悪いVTuberだ。

 だからこそ、舌戦がメインになる人狼に御影星がいると面白そうだと思い、奏鳴に無理言って呼んでもらったのだが、配信前から暴れられるのはもったいないというもの。

 その熱量は配信が始まるまで取っておいてもらわなくてはならない。


 五月冥魔も似たような理由での人選だ。

 人狼というオカルティックな気配のあるゲームには、やはり不気味な存在である五月冥魔のような人間がいるとそれっぽくなる。

 ようは雰囲気要員だ。


 北巳神については呼んだ覚えはないが、どこで聞きつけたのか参加を希望してきたのでそのままOKを出した。

 来るカモは拒まないのが一鶴の信条だからだ。


 その後幽名に簡単に人狼のルールを説明して、FMKと密林の人狼配信が始まった。

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