乗り越えるべき壁
「というか夏に鍋ってどうなの」
「終わったあとでそれ言うんですか……」
闇鍋配信が終わってから今更なことを言いだす一鶴に、奏鳴は呆れ混じりに苦笑した。
ちなみに今は全員で後片付けをしている最中だ。
「夏に鍋食うのって力士だけじゃん」
「お相撲さんへの偏見!」
「あ、でも奏鳴さんは道民だし夏でも鍋普通に食うのか」
「からの北海道への偏見! ……別に夏でも鍋を食べるのは普通だと思いますけど」
「あたしは食べないもの」
「一鶴さんも奥入瀬さんも喋ってないで片付け」
「「はい」」
瑠璃に怒られて片付けに戻る2人。
奏鳴にとって一鶴は、何気に幽名の次に喋りやすいVになってきている。
移籍初期に雑談配信で距離を縮められたのが地味に効いている感じだ。
FMKに来てからもう1ヶ月くらい経つが、人見知りな奏鳴はまだ他の面子に対して壁がある。
特に瑠璃はキツい言葉を言ってくることがあるので、悪い人でないのは分かっているが苦手意識が拭えない。
逆にトレちゃんは、本人がぐいぐい来過ぎるせいで奏鳴の方が及び腰になってしまっているのが現状だ。
しかも昨日の音楽スタジオでの一件があるから尚更どう接するべきなのか分からなくなってしまった。
「カナ、ナベはそっちの棚デース」
「あ……はい」
トレちゃん側はいつも通りに話しかけてくれているが、奏鳴はどうしても昨日の出来事を意識してしまって余所余所しい態度を取ってしまう。
涙を流していたトレちゃんの顔がフラッシュバックしてしまってまともに顔を合わせられない。
このままではダメだと分っているが、どうしたら良いのか分からない。
挫折した時の解決策が分からないのは、密林からFMKに来てからも変わっていない。自分はまだお荷物のまま。
曲を完成させるためにもこの壁だけは乗り越えなくてはならないというのに。
「明日の配信は何をしますの?」
「そうねえ……折角だから闇鍋みたいにオフコラボでしか出来ないことがいいんだけど」
「ワタシは初日にヤミナベを提案シタので、ツギはお任せしマース!」
「あ、トレちゃんずりぃ。瑠璃ちゃんはなんか案ある?」
「私は無難にゲームとかでいいと思うけど……奥入瀬さんはどう思う?」
「え……すいません、考え事をしてて話聞いてませんでした。ごめんなさい……」
トレちゃんとのことを考えていたせいで話に全く集中出来ていなかった。
「だから、明日の配信は何やるかって話。私はゲームで良いと思ったんだけど」
「ゲームですか……」
とりあえずトレちゃんのことは後で考えることにして、明日の配信について思考をシフトさせる。
ゲームと一口にいっても色々あるが、5人以上の人数で遊べるゲームで、配信向けのものとなると選択肢はそう多くないようにも思える。
まあどんなゲームでも面白くさせるのが配信者の腕の見せ所と言われてしまえばそれまでだが、それでも配信向きとそうじゃないゲームは確かに存在しているのは事実だ。
ともかく、5人以上で遊べるゲームで配信で定番のもの。
奏鳴はパっと頭に浮かんだゲームを口にした。
「それでは……人狼とかどうでしょうか?」
人狼とは、村人陣営と人狼陣営に分かれたプレイヤーが、それぞれの陣営を勝利に導くために説得と推理を駆使して戦うコミュニケーションゲームの一種だ。
極論、ルールを知っていて言葉さえ通じるのなら、他に何も道具がいらないゲームだと言える。
準備するものの中で一番ハードルが高いのは、頭数を揃えることくらいなものだろう。
「人狼かぁ。私はルールくらいしか知らないけど良いと思う」
「騙し合い化かし合いのゲームならあたしの領分じゃーん。いいね、賛成に一票」
「ワタシもジンロウやりたいデース!」
奏鳴の出した案に、FMKのライバーたちは一部を除いてわりと好感触だ。
一部……というか幽名だけはあまりピンと来ていない様子だったが。
「人狼とは?」
そもそも人狼自体を知らないいつものやつだった。
本物のお嬢様である幽名に、人狼なんて下賤の民が遊ぶようなゲームが分かるはずがない。
自然の摂理だ。
「まあ、姫ちゃんはどっちかって言うと、デスゲームで争う下々をVIP席から見下ろす側の存在っぽさはあるわよね」
「その認識はどうかと思いますけど……」
「?」
「ルール自体はソコマデ難しくナイデスヨ!」
「一見複雑だけど実際複雑なのよね」
「話がややこしくなるから一鶴さんは黙ってて」
幽名が完全な人狼初心者というのがネックになりそうだったが、賛成多数と言うことで合宿2日目の配信は人狼をやることになった。
「でもさぁ、人狼やるならもうちょっと人数欲しくない? 折角だからもっと人増やしましょうよ。ね、奏鳴さん?」
「え……」
「ほら、密林からアイツとかアイツとか呼んだりしてさあ」
最後に一鶴が思ってもみなかった提案を奏鳴に持ちかけて来た。
そうして2日目のFMK事務所はさらに人でごったがえすことになる。
その中には、代表が会いたくなかった人間も居るのだが、その理由を奏鳴が知ることは多分ない。
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