【夏合宿1日目】闇鍋パーティ【金廻小槌/FMK】
【夏合宿1日目】闇鍋パーティ【金廻小槌/FMK】
「――というわけで、1週間ほどみんなで事務所にお泊りすることになったから、今日は闇鍋をしたいとしたいと思いまーす。はい拍手」
パチパチと、まばらな拍手が鳴り響く。
FMKの面々は、ちゃぶ台の上に置かれた鍋を囲んで既に臨戦態勢だ。
全員が昼間に買ってきた食材を脇に置いているが、食べるまで他の人には正体が分からないように布を被せるなどして見えないようにしている。
戦いの準備は万端。
いつでも闇鍋を始められる。
「さて、始める前にまずはリスナーにも分かるよう闇鍋の基本的なルールを説明するわ。ナキちゃんが」
小槌が打ち合わせにないフリを投げると、ナキが露骨に嫌そうな顔をした。
かわいい子にはイジワルしたくなるんだよなぁ。と小槌が男子小学生のような心持ちニヤニヤしている前で、ナキがしっかりとボールを受け取ってルール説明に努める。
「にゃんで、私が……闇にゃべのルールは簡単。部屋の電気を消したら、全員で具材を入れる。そしてにゃべが煮えたら、1人ずつ具を取って食べるだけ。一度取ったものは絶対に食べにゃきゃいけにゃいから、みんにゃそのつもりで」
取ったものは食べる。
その一言で、否応なしに場に緊張が走った。
引き次第ではこの配信、天国にも地獄にもなる。それを分かっているからだ。
ただし幽名だけはいつもの暢気さでニコニコとしているが。
「わたくし、鍋自体が初めてなので楽しみですわ」
「初鍋が闇鍋だなんてツイてるわね、姫ちゃん」
「姫依ちゃんが変なものを引かなければ良いけど……」
「あたしはむしろ姫ちゃんがどんなリアクションを取るのか楽しみで仕方ないわね。というか琴里さんは自分の心配をしておいた方がいいわよ、くっくっく……」
「小槌さんの笑いが怖すぎるんですけど……」
「ハヤク始めたいデス! モゥお腹ペコペコデスヨ!」
闇鍋に備えて昼を抜いて来ているので全員空腹がマッハな状態だ。
飢えてさえいれば、ある程度鍋にそぐわない食材を引いたとしても許容出来る……かもしれないから。
無論、最悪一口目でギブアップする可能性もあるのだけれど。
〈どう考えても小槌はろくなもの持ってきてない〉
〈姫様も感性がズレてらっしゃるからなぁ〉
〈琴里あたりはまともな食材選んでそうだけど〉
〈☆とナキは読めないな〉
〈グロ注意〉
〈絶対草鞋持ってきてるやついるだろ〉
〈流石に食べられないものは禁止らしいぞ〉
わいのわいのとチャットも盛り上がり始めたところで、闇鍋を始めることとなった。
「じゃ、やるわよ。マネージャー、電気消して」
小槌が合図すると、壁際で控えていた七椿が明かりをパチッと落としてくれた。
途端に部屋が暗闇に包まれる。
「みんな大丈夫かしら? 具材を入れるわよ?」
「あ、ちょっと待ってくださいませ」
具材を投入しようという段階で、幽名が待ったを掛けてきた。
「わたくしの具材がどこかに逃げてしまったようで……」
「ストップストップ! 逃げたってなに!? なにを入れようとしてたの姫ちゃん!」
「?」
「いや『?』じゃなくて!」
「逃げたというのは言葉の綾ですわ。暗くて自分の具材をどこに置いたか分からなくなっただけで……ああ、有りましたわ」
「本当に大丈夫なの!? あたしですら不安になるような発言はやめてもらっていい!?」
ただの言い間違いのようなものだったらしい。
流石の小槌でも元気に走り回るほど生きてる感のある食材は持ってきてないので、一瞬だけマジでビビリ散らかしてしまった。
「それじゃ気を取り直して今度こそ……入れるわよ」
ドボドボドボ……ベチャリ……ドボン……ポチャン……ゴンっ。
暗闇の中で鋭敏になった聴覚が、出汁の中に投じられる不穏当な音を聞き取ってしまう。
自分以外にも間違いなく変な食材を入れている人間はいる。
琴里は幽名が変な食材に当たる確率を下げるためにまともな具材を持ってきているはずなので、確実にひとつは『当たり』が入っているだろう。
逆に言えば、他4つは大ハズレの可能性が大きい。
生き残れるのはたった1人のみの闇鍋デスゲームの開幕だ。
「もう十分煮えたんじゃにゃいかにゃ」
「意外とニオイはフツーデスネ」
確かに。
部屋の中には出汁の良い匂いが充満し始めている。
しかし油断は禁物だ。
覚悟もなしに闇鍋の具を口にすることは自殺行為に等しい。
「……順番通りに具を取って、食べるわよ」
具を取る順番はあらかじめジャンケンで決めてある。
最初は……。
「ステがトップバッターデスネ!」
☆ちゃんが意気揚々とおたまで鍋を掬う気配がした。
「ナニカ、べちょっとしたモノが取れマシタ」
「じゃ、食べてみてもろて」
「ハイ」
パクリと食べる音が聞こえた。
「ウッ……アマイ……デスネ」
「甘い?」
「コレ、タブン生クリームデス」
「あ、それは当たりですわね」
幽名が嬉しそうに声を弾ませる。
「わたくしのショートケーキですわ」
「ハズレデース!!!」
「ケーキは甘くて美味しいので当たりですわよ?」
「ドロドロ溶けた生クリームと、ダシをタップリ含んだスポンジの味が混じって、気持ち悪いコトにナッテマス!!! うぇええ……」
「?」
幽名の食材はハズレの部類だったらしいが、生き物じゃなくてちゃんとした食べ物だっただけまだマシだろう。
そして☆ちゃんは泣き言を言いながらもちゃんと完食していた。
ショートケーキなのにイチゴが見当たらないと騒いでいたが、それはどうやら幽名が鍋に入れる前に食べてしまっていたらしい。
これで残りは4人。
闇鍋はまだ始まったばかりだ。
■
「次はナキちゃんの番ね」
「にゃまクリームが溶けてる時点で出汁も終わってるけど、やるしかにゃいか……」
2番手のナキが決死の覚悟でおたまを鍋に突っ込んだ。
「にゃんか、デカくてゴロっとしたものが取れた」
「それ多分あたしのだ」
「うわ、小槌のか……いただきます」
露骨に嫌な反応を見せながらも、ナキが一思いにがぶりと具材を口にする。
その味は、
「に、苦ぁ~……にゃにこれ~……野菜?」
「生のゴーヤ」
小槌が闇鍋に投入したのは4分の1サイズにカットしたゴーヤだ。
ちなみにカットしただけで下処理など全くしてないので種もワタもぎっしり詰まっている。
「ぺっぺっ! せめて種は抜いてよ~! も~!」
「あっはっは!」
ナキが種を吐き出しながらもゴーヤを完食する。
その様子に小槌は膝を叩いて爆笑した。
〈人の不幸を笑える女〉
〈のび太の対義語かな?〉
〈でも小槌にしてはまともに食べられるもの入れてきたな〉
〈クサヤとかシュールストレミングとか入れると思ってた〉
リスナーの小槌に対する印象は大概酷いものだが、小槌だって鬼畜じゃない。
食べたら健康上の被害がありそうなモノを仲間に食べさせるような真似はしない。
そのくらいの加減は心得ているつもりだ。
……というのは方便で、本当は意気揚々とシュールストレミング缶を用意してきたのだが、代表と七椿と蘭月に待ったを掛けられて取り上げられてしまっただけだったりする。
仕方ないね。
「次は私……ですね」
3番手は笛鐘琴里だ。
おっかなびっくりといった様子で鍋から具材を引き上げる琴里。
しかしおたまに乗せようとした具が上手く掬えずに悪戦苦闘している様子だった。
「なんかすごい細長いものが沢山……これって麺ですか?」
「ソレはステが入れたグザイデース! ペヤングデース!」
まさかのカップ焼きそばだった。
鍋に入れる具材としてはまあまともな方だと言える。
「ずるずる……うん……ちょっと生クリームが混じってるけど普通に美味しいですね」
具的には当たりだが配信者的にはハズれとも言えなくもない。
そしてまだ鍋を食べてないのは小槌と幽名だけとなった。
ちなみに具材のほうは、琴里とナキの入れた具材がまだ出ていない。
琴里の方は多分十中八九まともな食材なのは間違いない。
だが問題はナキの方だ。
ナキはナキで、なかなかエゲつない性格をしていると小槌は思っている。
ナキならきっと、ちゃんと配信のお約束を心得ているというか、この手のロシアンルーレット形式の料理に欠かせない『アレ』を絶対に入れて来ているはず。
アレとはそう……激辛系の食材だ。
配信者的に一番美味しいのはそれを引き当てることだが、小槌的には辛さにもだえる幽名を見て見たくてたまらないのが本音である。
「4番、金廻小槌」
バッターボックスに立つ4番打者の心境でおたまを手にする小槌。
しかし狙いはホームランではなく、送りバント。
――姫ちゃ~ん、
小槌はあろうことか、電気が消される前から片目を瞑ることによって暗闇に目を慣れさせていた。
そして誰がどんな形状の食材を入れたのか把握していたのだ。
幽名がショートケーキを入れたのも見えていたし(しかも食べかけだった。どうやら摘まみ食いしていたらしい)、トレちゃんが麺状のものを入れるのも見えていた。
そして当然、琴里とナキの入れた食材の形状も把握済みだ。
暗さに目を慣らしていたとはいえ、流石に形ぐらいしか分からなかったがそれで充分。
あとはおたまの感触で狙いの形の食材を探し、掬い上げるだけだ。
「え~どうしようかな~? これにしよっかな~?」
なんて白々しい台詞を吐きながら、小槌は見事に琴里の入れた具材を引き当てた。
ゴルフボールサイズの球状のなにかだ。
つみれ? っぽいが、出汁を吸ってふにゃっとしている。
何か分からないが琴里の入れたものなので大丈夫だろう。
箸で摘まんだそれを、小槌は迷いなく口の中に放り込んだ。
「いただきまーすっ―――――――っっっっっっ!!????!!!??!?!??!??」
そして無事死んだ。
■
「えっと……小槌さんが食べたのは私が入れた特製たこ焼きです……すいません」
琴里が具の解説を始めた。
小槌は倒れて動かなくなっているが、とりあえず気絶しているだけで息はあるようなので放置されている。
「たこ焼きの
「辛い物の詰め合わせを……デスソースとかも混じってます」
「顔に似合わずやるにゃあ」
「いえ、あの……密林ではこの手の企画で遠慮したら逆に怒られてたのでつい……」
どうやら密林配信の薫陶の賜物らしい。
とんでもないダークホースだった。
もうオチがついたようなものだが、闇鍋自体はまだ継続中だ。
オオトリである幽名がおたまで最後の具材を皿に移した。
ナキが鍋に入れた具材である。
「これは? 初めてみる形状の食べ物ですわね」
「ギョーザだけど、食べきれにゃかったら吐き出してもいいからね?」
ギョーザの中身を知っているナキは、申し訳なさそうに幽名にそう告げる。
ネタバラしてしまうと、琴里のデスたこ焼きと同じ発想の元作られたギョーザだ。
つまり中の具が激辛調味料の詰め合わせ。
食べたら即死の危険物となっている。
友達である幽名にそんなものを食べさせるのは心苦しいが、自分たちは配信者だ。
ライブ配信という土俵に立つ以上は手心は許されない。
そこらへんは密林配信のやり方に少しだけ共感出来なくもない。
ナキはそう思いながら、幽名がギョーザを食べるのを見届けた(暗くて見えないけど)。
「もぐもぐ……ごくん。美味しかったですわ、ごちそうさま」
「ん? んん?」
しかし幽名はなんともない様子だ。
そんな馬鹿にゃ。
「えっ、姫様? 本当に食べた?」
「食べましたけれど」
「あれれー?」
ナキが首を傾げたところで、パっと明かりが点いた。
幽名は眩しそうな顔をして目を細めているだけで、辛さを我慢しているような感じではない。
「おかしいにゃあ? 私のギョーザも死ぬほど辛いはずだったんだけど」
「あ、ネタ被っちゃってたんですね。ごめんなさい」
「それも闇鍋の醍醐味だから大丈夫だよー。死体が1つでも2つでも大差にゃいしね」
「言ってるコトがクレイジーデスネ!」
ただ幽名は激辛で死ななかったようだが。
「もしかして思ったより辛くにゃかったのかもしれにゃい。ブートジョロキア? とかいうのも入れたけど、味見はしにゃかったし」
そうボヤきながら、ナキは手元のタッパーから予備のギョーザを鍋に入れた。
「え……ナキさん? 何を……?」
「いや、折角だから自分で辛さを確かめておこうかにゃと思って」
「やめておいた方が……」
「もうステにもオチが見えマシタ」
「美味しかったですわよ?」
周りにごちゃごちゃ言われながらも、ナキは煮えたギョーザを口の中に放り込んだ。
「ニ゙ャ゙ーーーーーーーーーーーー!!!!」
〈草〉
〈草〉
〈草〉
〈ちゃんとオチが付いたな〉
〈姫様の舌が強いだけだった〉
〈どっから声出してんだ〉
死人が2人出たが、闇鍋は無事取れ高ある終わりになったのだった。
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