配信強化夏合宿
配信強化夏合宿という名のFMKライバーお泊り会が実施される運びとなり、その日の昼過ぎには事務所にライバー5人が集まっていた。
つい数日前にキャンプをしたばかりなのに、何故こうもうちの女子たちはお泊り会に前向きなのか。
これが若さというやつか。
そして一番緊張したのが、昨日の音楽スタジオ以来となるトレちゃんと奥入瀬さんの対面だったのだが、
「カナー! 昨日はスイマセンダヨ!」
「謝るの私のほ……ってはわわわ」
外国人らしく、すいませんを万能日本語だと思っている節があるトレちゃんが奥入瀬さんに熱烈なハグをする。
いつものことながらトレちゃんは距離感がバグってるなぁ。
人見知りでまだ幽名以外のFMKライバーに慣れてない奥入瀬さんには、いささか刺激が強すぎるスキンシップだ。
だがまあ、恐れていたようなギクシャク感は無いので一安心だな。
少なくとも表面上は。
「で、全員集まったところで言っておくが、事務所を合宿場として使って良いのは1週間だけだからな」
俺がきっちり期限を宣言すると、一鶴が露骨に不服そうな面をした。
「こういうのって夏休みの間ずっとが定番よね? 野球漫画だって夏季合宿は大抵みっちりよ」
「スポコンを引き合いに出すな。今回OKしたら次もOKになるから悪しき前例は作らないぞ。だいたい夏休みの間ずっとって、お前だけその休みが長いのは分かってるんだからな大学生」
「ちっ、ばれたか」
ばれたかじゃねえよ。
俺が迂闊に夏休みの間はずっと使って良いなんて言ってたら、言質は取ったとばかりに夏の間は事務所に居座るつもりだったのだろう。
もし本当にそんなことをしようものなら、蘭月マネージャーによる実力行使で強制退去させていたところだけども。
「それと配信強化合宿って銘打ってるんだから、全員ちゃんと配信するように。遊んでばかりいるなよ。あと俺と七椿は通常通り仕事してるから邪魔だけはしないように。それから――」
「先生話長いでーす」
誰が先生だ。
予め色々と注意しておかないと何をしでかすか分かったもんじゃないから、こっちも必死なんだよ。
「とにかく問題だけは起こすなよ」
「分かりました先生」
「先生やめろ」
■
「それでさあ、この1週間ずっと5人揃ってるんだから、配信もオフコラボし放題なわけじゃん? 何やるよ」
仕事の邪魔をするなと言ったのに事務室で作戦会議をし始めた一鶴たちだが、一応は配信業に関する話をしているので見逃しておいておく。
これで関係ない話で盛り上がり始めたら、さっきから事務室の片隅で気配を消しながらスマホを弄っているチャイナ服のマネージャーに摘まみ出してもらうとしよう。
俺は仕事をしながら5人の会話に耳を傾ける。
「ヤミナベとかどうデス?」
「おっ、流石トレちゃん良い案出すわね。それ採用」
「闇鍋とは?」
「みんなで食材を持ち寄って鍋をするんだけど、自分が持ってきた食材を他の人に秘密にしたまま鍋に入れるの。で、真っ暗な部屋で鍋から具を取って食べる。何が入ってるか分からないハラハラドキドキが楽しめるスリリングなギャンブル料理よ」
「一鶴さんはギャンブルならなんでもいいだけでしょ。まあ、私も配信映えする企画だから文句はないけど」
「瑠璃ちゃんも賛成派ね。姫ちゃんと奏鳴さんは?」
「何事も経験ですわ。やりましょう」
「姫衣ちゃんがやるなら私も……」
「よっし、じゃあ合宿1日目の配信は闇鍋でいくわよ。早速これから各自食材を調達してきましょう。配信開始は20時からとして、19時までに事務所に帰って来ること。はいスタート」
闇鍋の食材を集めるためにライバー達はぞろぞろと事務所から出て行った。
闇鍋ね……異臭騒ぎとかにならなきゃいいけど。
イカれた面子の闇鍋なのだから常軌を逸した食材の持ち寄りになるだろうし、常識人寄りの感性である奥入瀬さんのメンタルが心配だ。
「七椿、悪いがこの1週間はあいつらの動向から目を離さないようにしてくれ。今日の闇鍋も、もし誰かがシュールストレミングみたいな危険物を持ち込んでたりしたらアウトだから、食材のチェックだけはやっといてくれ」
「はい」
勿論俺も目は光らせるが、七椿にも手伝ってもらったほうが精度は上がるだろう。
……ああ、そうだ。もう一つ重要な案件があった。
「それと、昨日録った楽曲を元にMVを作成してくれるクリエイターを探しておいてくれ」
「分かりました」
トレちゃんが自分の声で歌えていなかったとして未完成の烙印を押されてしまった楽曲だが、これはこれで既に形にはなっている。
とりあえず仮歌状態だとしてもほぼ完成には近いので、この歌に合わせてMVの映像部分だけでも先んじて作っておいてもらうに越したことはないだろう。
曲データを差し替えるだけならそれほど手間にもならないだろうしな。
あとはこの合宿期間に、トレちゃんの歌を収録し直すだけだ。
――だけだったのだが、トレちゃんに自分の歌声を出してもらうという一事が、想像した以上の苦難を招くことになる。
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