酒は飲んでも飲まれるな
さて、楼龍リスナーがついぞ聞くことの出来なかった、キャンプの続きの話を少しだけしようと思う。
ある意味、俺にとってはここからの話が今回のキャンプにおけるメインのようになってしまった、とだけ前置きして。
■
サウナカー体験の後も、FMKと密林配信のライバー達は、配信業のことを忘れて色々と遊び回っていた。
近くの鍾乳洞を見に行ったり、当てもなくぶらぶらと散歩したり、釣り場でのんびり釣りをしたり、ちょっと離れたところにある川で水遊びをしたり、ナンパしてきたチャラ男を撃退したり、夜に向けてせっせと焚火の準備をしたり、車で足りないものを買いに出たり……まあ、色々とやってたらしい。
やってたらしいと伝聞風なのは、俺が基本的にテントを張ってる場所で荷物番をしていたからだ。
一応あいつらのための休暇なわけだし、誰かがやらなきゃならないなら俺が喜んで貧乏くじを引くしかないだろう。
そんな俺を不憫に思ってくれたのか、途中で蘭月が荷物番を交代しに来てくれた。
お言葉に甘えて他の連中と一緒に周辺を見て回ったりもしたが、運動不足気味の俺にいきなりのアウトドアはなかなかキツいものがあった。
VTuberなんて外に出ないのが仕事みたいなところがあるはずなのに、何故かライバーたちは無駄にエネルギッシュでスタミナにありふれていたけれど。
俺が一鶴や幽名や瑠璃にあっちこっち引っ張り回されて、へとへとになってテントに戻ってきた時には、もう空は茜色に染まり始めていた。
テント前では、持ち込んだテーブルの一つを酒瓶とビール缶で飾り付けしている悪い大人達がいた。
荷物番をしていた蘭月と、それから御影星と打麦、そして意外にも七椿も同じ卓に座っている。
御影星は俺に気が付くと手をブンブンと振って、
「おっ、チンカス様が帰ってきやがった。おうおう、てめえもこっちきて混ざれや、混ざらねえなら死ぬか?」
とアルハラをかましてきた。
既に相当出来上がっているようだ。
いや、この人は元からこんなんだった気がする。なんでもいいか。
たまにはアルコールを摂取してハイになるのも悪くはないだろう。
俺は誘われるがままに卓に付いた。
「あ、タダ酒飲めるならあたしもあたしも」
どこからか湧いてきた一鶴も便乗して俺の隣に座った。
……そういやコイツはFMK1期生で唯一の成人だったな。若者の模範となるべき大人がこんなので俺は悲しいよ。
とか思っていると、俺と一鶴の前に雑にビール缶が置かれた。
「へへへ……じゃあ乾杯しようや」
「えー……それじゃあFMKと密林の友好を祈って」
「かんぱーい!」
缶とグラスが小気味良い接触音を奏でた。
■
「カーッ! 人の金で飲むお酒サイコー!!」
1時間後。
一鶴もすっかり酔いどれになっていた。
ここぞとばかりに飲みまくっている。
この飲み方はモロに酒を飲めるようになったばかりの大学生の飲み方だ。
そのうち絶対に吐くだろう。
俺はさりげなく一鶴から席を離す。
すると反対方向からガバっと肩を組まれた。
御影星だ。
「おいおいチンカスぅ……てめえ、飲みが足りてねえんじゃねえの?」
いや息酒くさっ。
あとチンカス呼びやめろ。
「お前らの飲むペースが異常なんだよ。1時間で何本開けてんだ」
「まだ在庫は山ほどあるから問題ねえよ馬鹿野郎この野郎」
「酒の残量の心配してるんじゃねえよ」
とりあえず触るところに気を付けながら、御影星を打麦の方へと押し付けた。
「ちょっと! 御影星先輩! 御触り厳禁!」
「良いじゃねえかよちょっとくらい……減るもんじゃねえんだからよ……スケベしようや……」
「ちょ……うわわわ!」
俺のせいで打麦が酷い目に遭っている。かわいそうに。
そしてそれを見て大爆笑する一鶴。コイツは笑い上戸に入ったらしい。
ちなみに蘭月と七椿はずっと仕事の話をしている。
しかも上司の愚痴を。
俺の目の前で。
「アー、あの男はホント駄目アルネ。やめとけイッタのに、イヅルを飼うなんてどうかシテルヨ」
「同感です……ダメ男です代表は。面倒な仕事は全部私に押し付けて……上に立つ者として不足してるところがあると自覚しているなら自覚してるなりに、覚えることがあるはずなのに」
蘭月はともかく……七椿さん?
一升瓶をラッパ飲みしてるあなたは本当にあの七椿さんなのでしょうか?
「代表! あなたの話をしてるんですよ! 聞いてるんですか!?」
七椿が焦点の合わない眼で大きな声を出した。
ちなみにそれは俺じゃなくて御影星だ。
「あんだぁ、姉ちゃん? このあたしとやろうってのか? あーん?」
酔っていても喧嘩を売られたことを本能的に察知したらしく、御影星のターゲットが打麦から七椿に切り替わった。
打麦を嚙み終わったガムのように地面に捨てて、御影星が七椿の身体をダイレクトにまさぐり始める。
「ぐへへ……お堅い面して良いもんじゃんもんじょんじゃねえかよ」
おっさんか。
「くっ、これは完全なセクハラです! やはり代表は普段から私のことをそういう目で……! 覚悟の用意をしておいてください!」
そしてセクハラをしているのは俺じゃない。
というか普段からってどういうことだ。そんな目で七椿を見たことはないぞ。
このまま酔っ払い卓に居ると心へのダメージが際限なく増えていきそうだったので、俺はビールをひと缶だけ追加で貰って席を離れた。
しょうもない酔っ払い達が隔離されてる隣では、素面組&未成年組が有栖原主導の元でBBQを開催していた。
こっちは順当に和気藹々としている。
くそ、最初からこちらに混ざってれば良かった。
「うわっ、とうとうこっちにも酔っ払いがきたのよ」
有栖原が網の上で肉と野菜を手際良く焼き続けながら、的確に俺が今一番言われたくないワードで攻撃してきた。
「あいつらと一緒にするな。俺は酔ってない」
「フンッ、どうだか」
実際多少は酔っているが、思わず強がりを言ってしまった。酔ってないって言うやつに限って酔ってるんだよなぁ。
ひと缶だけ持ってきたビールはどうしようか……。
なんかこれ以上は危険な気がしてきた。
俺が意味もなく缶のラベルと睨めっこしていると、肉と野菜とウィンナーの盛られた皿が目の前に差し出された。
皿を差し出してきたのはなんと有栖原だった。
「お前の分なのよ」
「え……毒でも入ってる?」
「それは何も食べたくないという意思表示と受け取っていいのよ?」
「あ、いや、貰います」
思わず敬語になってしまうくらい予想外の施しだ。
有栖原は、俺が思ってたよりも案外良いヤツなのかもしれない。
「最後の晩餐だと思ってじっくり味わうのよ」
大げさなことを言って、有栖原はシッシッと犬を追い払うようなジェスチャーをする。
視界から消えろとのサインだ。
優しいんだか、意地悪なんだか。
もしかしたらコイツこそが真のツンデレなのかもしれない。
そのまま有栖原が焼いたバーベキューに舌鼓を打ちつつ、みんなの様子を見て回った。
FMKも密林も関係なく、みんな楽しそうにワイワイとお喋りしている。
事務所は違えど同じ人間同士仲良く出来るのは良い事だ。
このキャンプがきっかけでコラボ配信が増えたりとかあるかもしれないし、FMKにとって良い影響があることを願うばかりである。
しかしよく見ると、集団の輪から離れて1人だけぽつねんと孤立している人物がいた。
あれは確か、
黒髪ボブカットで服装も真っ黒な北巳神は、ギリギリキャンプの灯りが届かないような暗がりで、1人でちびちびとジュースを飲んでいる。
保護色過ぎて見失ってしまいそうな存在感の希薄さだ。
俺は酔いが回っていたのか、特に何も考えずに北巳神の方へと近寄って行った。
「よっ、隣良いか?」
「だめ」
2文字で断られた。
地味に傷付くやつだ。
「私は無駄なことはしない主義、社長とは違って」
無駄とまで言われてしまった。
しかも何故か有栖原にまで飛び火している。
アイツ密林配信の人間から嫌われすぎてない?
自業自得と言えば自業自得なのだろうが。
それはそれとして北巳神だ。
本人がひとりが良いと思ってるのなら構いすぎるのもウザがられるだけだろう。
みんながみんな、集団の輪に混じるのが好きと言うわけではないのだから。
じゃあなんで北巳神はキャンプに参加したのだろうと疑問には思ったが、それを詮索するもの失礼だなと思って特に考えないことにした。
「邪魔したな」
「うん」
「……なんか食うものくらい取って来てやろうか?」
「肉」
それは断らないらしい。
俺は北巳神のために肉オンリーの皿を運んでやってから、談笑しながら立食している幽名たちの方に混ざりにいった。
そうしてキャンプ場の夜は静かに更けていく。
しかし、何事もなく終わるほど平和なキャンプとはならなかった。
のほほんとした空気にほだされていた。
もう少し警戒して然るべきだったのだ。
有栖原アリスという人間を。
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