暗がりの死神
深夜になった。
馬鹿騒ぎしていた飲酒組は全滅。
全員酔いつぶれてテントの外で倒れている。
特に一鶴は酷い。林の中に駆け込んでゲーゲーしていたが、ほんとにしょうもない奴だアイツは。
それ以外の面子はたいそう大人しいもので、ちゃんとテントの中に入って静かにしているようだった。
もしかしたらまだ起きてて、トランプをしたり、もしくは女子らしく恋バナでもして盛り上がっているのかもしれない。
なんにせよ平和で結構。キャンプ場はマナー良く使うのが鉄則だからな。深夜にまで誰も騒いでいないのは良い事だ。
それで俺はというと、ひとり孤独に車中泊を決め込んでいた。
流石に女子しかいないテントにお邪魔するのはマズいから致し方なし。翌日身体がバキバキになってるかもしれないがそれはそれ、これはこれだ。
車中の寝心地はそれほど良くもなかったが、昼間の疲れがあって俺はすぐに眠りに落ちていたように思う。
どれくらい眠っていたか分からない。
何か昔の夢を見ていたような気がする。
瑠璃と親父とお袋が出て来る夢だ。
夢に現れる親父とお袋は大抵笑顔で優しくて、まさに理想の両親という形で美化されている。
実際の両親は真逆の存在なのに、あの人らがそういう形で夢に出て来るということは、深層心理で俺が一般的な家庭の幸せに飢えているということなのかもしれない。
まあ、そんなことは今となってはどうでもいいのだが。
ガチャッ
バタン
と、車のドアを開けて誰かが入って来る気配がして、俺の意識は急速に浮上させられた。
「んぁ……? 誰だよ」
「しっ、静かにするのよ」
この声と語尾……うぉっ、有栖原!?
「おま……何? え、何お前」
有栖原はさも当然のように助手席にちょこんと座ってこちらを見ている(暗くて視界が悪いがそれくらいは分かる)。
一方で運転席の俺は、予期せぬ来訪者に頭がパニックだ。
「あ、有栖原さん? 寝惚けて車とテントを間違えてなすってますよ? まあ良く似てるから仕方ないよな、俺もよく間違え……ないけど、うん、俺はお前を否定しないよ。でも今すぐに出てってくれる? 噂されたら恥ずかしいし」
「静かにって言ったのにどうして騒ぐのよ。別に変なことはしないのよ、ちょっと話をしにきただけなのよ」
「話って」
何もこんなみんなが寝静まった真夜中に来なくとも、俺と話す機会くらい山ほどあっただろうに。
真っ暗な車の中で若い男女が2人きり。
しかもよりにもよって相手は有栖原。
こんな場面を一鶴辺りに見られでもしたら飽きるまでネタにされる。
下手したら強請られるまであるぞ。
「話があるのは分かったが、今じゃなくてもいいだろ」
「今を逃したらお前とはもう一生口を利かないのよ」
「子供かよ~」
俺の煽りに対する返事は沈黙だ。
暗がりでよく見えないが、有栖原は真剣な表情をしているように感じた。
そこまで大事な話なのだろうか。
「分かった分かった、話は聞くけどここは止めよう。スキャンダラスな匂いがする」
「じゃあ外に出るのよ」
有栖原はまるで初めからそうするつもりだったかのように、さっさと車から降りた。
釈然としないが俺も外に出る。
深夜だがまだフリーサイトはチラホラと人が起きているようだった。
だが俺達のグループは、俺と有栖原以外に起きている人間はいないらしい。
そこらの地面で転がっている飲酒組も大いびきを掻いて眠っているようだ。
大丈夫かなあいつら……ちょっと心配だ。
「人のいない所で話したいからこっちに来るのよ」
有栖原が懐中電灯片手に歩き出す。
俺はまだ酒の抜けきっていない頭を押さえながら、小さな背中を渋々と追いかけ始めた。酒のせいにするのは良くないとは思うが、この時の俺は判断力が低下していたように思う。じゃなきゃド深夜の森に入ったりはしない。
俺達二人は真っ暗な森の中へと入っていく。
幽霊とか非科学的な現象を信じてない俺でも、深夜の森の中は流石に不気味に感じる。
だが俺よりも見た目も実年齢も年下のはずの有栖原は、一切の躊躇なく森の奥へ奥へと進んでいく。
どこまで行くのだろう。
背後を見やると、キャンプ場の灯りは木々の影に遮られて、もうほとんど見えなくなってしまっていた。
「なあ、どこまで行くんだ? こんな時間にこんな場所……もう近くに人が居るとは思えないんだが」
「黙って着いてくるのよ」
有栖原は止まらない。
もう既に戻って寝たい気持ちが強かったが、それでも有栖原の後を追いかけるのは、やはり多少なりとも有栖原の話の内容が気になったからだ。
流石に愛の告白ってわけじゃないだろうが……。
それから10分くらい歩いただろうか。
有栖原が不意に足を止めた。
「ここで良いのよ」
振り返った有栖原が懐中電灯をこちらに向けた。
眩しいんだが。
「で……一体話ってなんなんだ? 人をこんな場所まで連れて来て」
「大事な話なのよ。今からアリスが言うことに冗談の類は一切含まれていないのよ。だからお前も冗談抜きで、心して答えるのよ」
そう脅すように前置いてから、有栖原が言う。
「金廻小槌――丸葉一鶴との契約を解除するのよ。アイツをただちにVTuber業界から追い出すのよ。永遠に、二度と関わることのないように」
さもないと、と有栖原は続けた。
「FMKも密林配信も、それ以外のVTuberに関連する全ての人間に災厄が訪れるのよ」
沈黙が、場を支配した。
鏡がないから確認の仕様がないが、きっと俺はさぞかし間抜けな顔をしていたことだろう。
一鶴を追放しないとVTuber業界に災厄が訪れる?
正直言って、言っている意味が分からない。
「意味が分かんねえよ。一鶴が何をしたってんだよ。アイツはただの馬鹿だぞ」
「丸葉一鶴は疫病神なのよ。これまであの女と関わって来た全ての組織や業界は、例外なく壊滅的な損害を被っている」
「そりゃ驚きだな。で? カップラーメンを食べたことのある人間が100年以内に死亡する確率とどう違うんだそれは?」
「……やはり丸葉一鶴の特異性をお前に口で説明しても無駄なのよ」
無駄も何も、有栖原の言っていることは無茶苦茶だ。
俺じゃなくても、きっと誰もが理解を拒む話に違いない。
一鶴が疫病神じみているのはその通りだが、関わった人間全てを不幸にするようなヤツだとまでは思っていない。
たとえそうだったとしても、FMKから一鶴がいなくなるのなんて、俺は絶対にイヤだ。
「悪いが返事はノーだ。俺はお前とは違って、所属ライバーを大事にする事務所を目指してるんでな」
有栖原の要求をきっぱりと断って、俺は来た道を戻るべく背中を向けた。
懐中電灯を持ってるのは有栖原の方だが、スマホのライトさえあれば俺だけでもキャンプ場まで戻るくらいは出来る。
これ以上馬鹿な話に付き合ってられるか。
睡眠時間を無駄にした。
「返事は分かっていたけど、残念なのよ」
本当に残念そうに呟く有栖原の声に引っかかりを覚えながらも、俺はポケットからスマホを取り出してライトを付けて帰り道を照らした。
「え」
照らした先に、人が立っていた。
知っている顔だ。
「北巳神――っ!?」
真っ黒な髪に、真っ黒な服を着た北巳神が、ナイフを持って闇の中に佇んでいたのだ。
理解の出来ない展開。思考に空白が生まれる。
それでも生存本能が警報を鳴らす音だけは聞こえた。
何かヤバイ。
北巳神の目が、漆黒に濡れた瞳が、死を暗示させている。
「残念なのよ、本当に」
有栖原の声を合図に、凶器を手にした北巳神の姿が
そして気が付いた時には眼前に――
「さよならなのよ」
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