【サウナ雑談】キャンプに行ってきたよー【楼龍】#1
【サウナ雑談】キャンプに行ってきたよー【楼龍】
「うぃー……配信始めるよー……ろうりゅう……」
挨拶をするだけして、いつも通り楼龍はサウナでの寛ぎモードに入ってしまう。
配信を見ているリスナーに聞こえて来るのは、サウナストーンに掛けられたアロマオイルが蒸発する音だけ。
:はよ始まれ
:まーだかかりそうですかね?
:お前ら楼龍の配信は初めてか? 力抜けよ
:普通の配信なら放送事故なんだよなぁ
そんな環境音だけの時間がたっぷり10分くらい続いたあと、ようやくゴソゴソと楼龍が動く音が聞こえて来た。
「あぁ~ようやく頭が回ってきた。それじゃあそろそろ始めるかな……っと」
:さっきも始まっただろ
:頭全然回ってなさそう
:楼龍の雑談枠も久々だな
:先月は琴里の件があったから楼龍も配信少なかったしね
:丸く収まったんだからその話蒸し返すのやめよう
茹ってきた頭でコメントを見る楼龍は、6月にあったゴタゴタを思い返す。
笛鐘琴里が密林配信から契約解除を言い渡され、それからFMKに移籍した一連の事件。
琴里がいなくなったことに影響された楼龍は、一時的に配信に対するモチベを失っていた。
楼龍もあの時は本気で密林脱退を考えていたほどだ。
結局はFMKが琴里の権利を買い取ってくれたお陰で、琴里も楼龍もVTuberを続けられることになったのだが……。
FMKの面々には感謝してもしきれないくらいの恩が出来たと思う。
「――ってな感じで、琴里の復活祝い&移籍祝いを兼ねて、FMKの人らを誘ってキャンプに行ってきたんだけど、その時の話をするね……」
言ってから、また熱せられた石に追いオイルを加え、緩みかけていたバスタオルを強めに巻きなおし、じっくりたっぷりと熱気を堪能した後に、楼龍はゆったりとした口調で話し始めた。
「まぁ、4日くらい前のことなんだけど、私すごい良いものを見つけて、それを使って是非キャンプをしたいと思ったんだよね……ふぅ………………それで思い立ったら吉日だと思って琴里に連絡を取ったわけ」
■
7月も中盤を過ぎて、日本列島の中心をジメジメとさせていた梅雨が終わった。
本日の天気は久々の晴れ。
世に蔓延る陽キャたちが一斉にはしゃぎ出すアウトドアシーズンの幕開けである。
とは言ったものの、俺は特に出かける予定も立てずに今日も事務所で仕事をしていた。
こういう暑い日は外に出ずに、クーラーの効いた部屋でのんびり作業するのが陰キャ道の嗜みと言うものだ。
そうやって俺がだらだらと仕事をしているフリをしながら、適当なネットニュースを見て時間を潰していると、何者かが事務所に勢いよく飛び込んできた。
「出来ましたー!!!」
奥入瀬さんだ。
すげえ久々に姿を見るが、どうやら元気そうで安心した。
……いや、目の下に隈が出来てるし、かなりやつれているようにも見える。
思ったよりも根を詰めていたようだ。
そしてその追い込みをかけていた奥入瀬さんが事務所に姿を見せたということは……。
「まさか完成したのか?」
「はい! 最高の一曲が出来ました! 聞いてください!」
アドレナリンがドバドバ出ているのか、興奮気味の奥入瀬さんが目を血走らせた怖い形相でUSBメモリを渡してくる。
ついにトレちゃんが歌う(予定)のオリジナル楽曲が出来たのだ。
「わたくしも微力ながらお手伝いさせて頂きました」
「姫様も居たのか」
奥入瀬さんの後ろから遅れて入ってきた幽名が、えへんと誇らしげな顔で無い胸を張る。
そういや幽名もヴァイオリンで曲作りに参加するって言ってたもんな。
そのために880万もするヴァイオリンを買って、練習して、その練習中に奥入瀬さんと出会って、それから奥入瀬さん――笛鐘琴里がFMKに移籍してきて。
よく考えたらこの曲が完成するまでに、現時点で1880万もの出費があるんだよな……。
これからレコーディングの費用とかMVの作成費用とか、諸々経費が嵩むことを考えると、最終的には2000万以上の出費になりそうな気がする。
随分と高くついたものだが、完成品にそれだけの価値があれば何も問題はない。
「早速聞かせて貰おうかな」
「折角なのでトレちゃん様と一緒に聞いた方がいいのでは?」
「まあそれもそうか、ちょっと連絡してみる」
幽名の提案に従ってトレちゃんにメッセージを飛ばすと、直ぐに『マッハで向かいマース!』と返事がきた。
世間の高校生は夏休みが始まったばかりで、トレちゃんも時間を余していたのかもしれない。
■
で、30分後に事務所についたトレちゃんや、事務所下の喫茶店でお昼を食べていた瑠璃と一鶴も合流し、久々にFMKの魂が全員集合した。
緊張とワクワクが事務所を満たす中、俺は事務所のPCで奥入瀬さんから預かった楽曲データを再生する。
一言で言うならパーフェクト。
奥入瀬さんは完璧な仕事をやってくれた。
トレちゃんがノートに書いてきた要望を取り入れつつ、売れ線の曲調に寄せながらも奥入瀬さん自身の持ち味であるパレード風の賑やかさを忘れず、そしてそこに幽名のヴァイオリンが重なって、味わったことのないハーモニーが五線譜の上に生み出されていた。
まだ歌詞もないメロディだけの曲だが、既に俺はある確信を抱いていた。
この曲は間違いなくバズると。
「う……うぅぅ……エクセレントデース!!!」
トレちゃんが全身を使って喜びを爆発させた。
「素晴らしスギデス! アンタチャブルデスよ、カナ!」
感極まったトレちゃんは、奥入瀬さんにギュッと抱きつく。
俺も女の子だったら奥入瀬さんに抱きついていたと思う。奥入瀬さんはそれくらいの仕事をしてくれた。
だが奥入瀬さんは首を振り、まだ終わってないと兜の緒を締めてくる。
「次は作詞、それから歌の収録とMIX作業とか色々残ってます。喜ぶのは最後までやり切ってからにしましょう」
外の暑さに負けないくらい熱血になっている奥入瀬さんは、しかしフラフラで足元が覚束ない。
7月初めからずっと姿が見えなかったし、折角復帰出来たのに笛鐘琴里の配信もあまりやれていなかった。
自宅で缶詰になっているとは聞いていたが、こんなにもボロボロになるまで篭り切りだったのか。
一刻も早く完成楽曲を聞きたい気持ちは俺にもあるが、奥入瀬さんには一度休んでもらった方がいいだろう。
「奥入瀬さん、とりあえずドクターストップだ。逸る気持ちは分かるけど、焦ってばかりじゃ作れるものも作れないだろ」
「ですけど……!」
「そうですわ、奏鳴。奏鳴は十分頑張ったのですから、一度休息を挟むべきですわ」
「……姫様がそういうなら」
正常な判断を失っていた奥入瀬さんだが、どうやら幽名の言うことならちゃんと聞いてくれるらしい。
……奥入瀬さんとしては、自分を助けるために1000万も払ってくれたFMKに恩を返したくて、それで直ぐにでも成果を上げたいのだろう。
その気持ちは俺にも幽名にも十分伝わっている。
1000万借金しといてへらへらしているどこかの馬鹿に、爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだ。
おい、そこのアホ面のお前だ。
「ま、そういうわけだし、リフレッシュついでにみんなで遊びにでも行ったらどうだ? 多少の旅行代くらいなら俺が出してやるぞ」
俺がそう言うと全員から歓声が上がった。
この事務所において唯一俺が持て囃される瞬間が、こうしてみんなのために身銭を切る時である。
俺は財布か……まあ、自ら望んでこういう立ち位置にいるのだけれど。
「あ、そういう話なら、ちょうど楼龍さんからキャンプの誘いが来てるんですけど」
全員の視線が奥入瀬さんに集中する。
「楼龍から?」
「あ、はい。FMKの人たちと一緒に是非キャンプに行きたいんだけど、聞いておいてってメールが来てて……すっかり忘れてました」
キャンプね。
ザ・陰キャな俺とは無縁のイベントだが、キャンプと聞いて年頃の女子共はワイワイと楽しそうに盛り上がり始めた。
「いいじゃんキャンプ。あたし釣り道具とか持っていこうかしら」
「キャンプの経験はありませんが、楽しそうですわね」
「トレもキャンプは好きデス! バーベキューしたいデース!」
「みんなが行くなら私もいくけど」
ライバーは全員参加の意志を見せている。
瑠璃は若干乗り切れていないが、こいつ根は俺と同じ陰属性だから仕方ないね。
「イヅルが行くならワタシも強制参加アルネ」
「……では私も」
蘭月はともかく、なんと七椿まで同行するらしい。
……俺もついて行っちゃダメかな……。
いや、女子だらけの所に男一人は逆に居心地悪い。
俺は大人しく事務所で留守番しておくとしよう。
そんな感じで、楼龍+俺以外のFMKの面子でのキャンプが決まったのだった。
■
「――で、しばらくして琴里から返信があったんだけど、なんと向こうは琴里含めたライバー全員と、FMKのマネージャーまで一緒に来るって話になったらしくてさ…………ふぅ……」
:楽しそう
:FMKの人たち仲良さそうだよね
:超アウェイじゃん
「あーうん、私もアウェイだなーって思ってさ……だからこっちも密林から何人か呼ぶことにしたんだよね……」
:おっ
:誰呼んだんだ?
:そんな突発で誘って来てくれるヤツおる?
「私が声掛けたのは、えーっと……
:またクセの強い面子を……
:メイさんとか絶対呼んでも来ないだろw
:密林のVは濃いのしかいねえな
:つーか名前読めねえんだよ
:琴里みたいな素朴な感性の子は貴重だったんやなって
:琴里帰ってきて
琴里に帰ってきて欲しいと思ってるのは楼龍も同じだったが、今琴里は新天地で頑張っている。
この場で野暮なことは言うまいと心に決めつつ、楼龍はサウナベンチに横たわった。
横になって体温の均等化を図りながらも、タブレットで自分の配信を開いてコメント確かめる。
:で、誰が来たんだ?
目に留まったのはシンプルな疑問。
楼龍の誘いに乗って、キャンプに参加したのは誰かと問われば、返す答えは一つしかない。
「ああ、誰が来たかって言うとマジビックリなんだけど、まさかの誘ったやつらが全員来ちゃってさあ……」
:えぇ……?
:全 員 参 戦
:あーもう滅茶苦茶だよ
:まさか過ぎて草
:草
:@everyoneで招集掛けただろ絶対
「声掛けた私が一番ビックリしたんだから、私の人望の高さにね」
:暇人が多かったんやろなぁ……
実際暇人だらけだったのは事実なのだが、そこは特に言及しない。自爆するだけだし。
「で、一番のビックリポイントはそこじゃなくって、私が呼んでないゲストが当日来ちゃったことなんだけど――」
■
そしてキャンプ当日。
朝っぱらからFMK事務所にはいつものメンバーが勢揃いしていた。
聞いた話によると、参加者は一度FMK事務所に集合して、そこからまとめて車で移動する手筈になっているらしい。
俺はただのお見送りだ。
「それにしても……もうすでに楽しそうだな」
どいつもこいつも浮かれ気分のアウトドアな服装だ。
スーツ姿しか見たことのない七椿でさえ、今日は夏らしいラフな格好をしている。
ちなみに一鶴はキャップを被り、タンクトップにホットパンツの動きやすそうなララ・クロフトみたいなコーディネート。
幽名は麦わら帽子に白のワンピースのお嬢様スタイル。これ以上ないくらい様になっているが、もう少し汚れが目立たない服装が良いのでは?
トレちゃんはデニムのオーバーオール。配管工か、そうじゃなきゃ幼稚園児みたいな服装だ。可愛い。
瑠璃は雑に薄手のパーカーを着こなしている。
そしてオチ担当の蘭月は、いつも通りのチャイナ服。
こいつはブレねえな。トレちゃんでさえ今日ばかりはメイド服を脱いでるってのに。
スリットだらけだから通気性だけは良さそうだけどさ。
「奥入瀬さんは?」
「密林の人らを連れて来るってさ」
釣竿とクーラーボックスを担いだ一鶴が俺の質問に答えた。
そういや、そういう話になっているんだったか。
今回のキャンプ、最初は楼龍とFMKメンバーのみの開催だったはずだが、アウェイを嫌った楼龍が密林配信のVTuberも誘ったらしい。
それで密林側の参加者は楼龍含めて全部で6人。
FMKの7人と合わせると全部で13人。そこそこの大所帯だ。
果たしてどんなヤツらが来るのやら……。
「あ、来た」
車が3台、事務所の前に停まってきた。
ミニバンが2台と、もう1台は……キャンピングカー? だけど普通のキャンピングカーとはなにか違うような……。
俺が違和感の正体を考えている間に、車からぞろぞろと人が降りて来た。
「すいません皆さん! 遅れてしまいました!」
「ごきげんよう~、時間通りですから大丈夫ですわよ奏鳴」
ミニバンから降りてきた奥入瀬さんがこちらに走り寄って来る。
ふわっとしたワンピースを着た森ガール風の衣装だ。
これでFMKメンバーは全員が揃ったことになる。
で、肝心の密林陣営はというと……全部で7人もいる。
密林配信からの参加者は6人だって聞いてたのに1人多い。
「いやぁ、絶好のキャンプ日和だねー。FMKのみんな先日はどうもお世話に……というかご迷惑おかけしました。改めまして密林配信所属の楼龍兎斗乃依でーす。結構突発的なキャンプの誘いだったのに、FMKからは全員が参加してくれたみたいで嬉しいね。全力でひと夏のアバンチュールを楽しもー!」
恐らくアバンチュールの意味を理解しないで使ってるであろう楼龍は、梅雨も過ぎて地味に気温が高いにも関わらず、飽きもせずに漆黒のサウナスーツを着用している。
どうやらこの女に季節感と言う概念はないらしい。
死ぬほど暑そうだし、頬が紅潮しているし、既に息も荒い。そのうち熱中症で死ぬぞ。
で、残りの密林メンバーは当然初対面の知らない顔だけ。
Vとしてのガワは見たことがあるかも知れないが、中の人の顔を見ても誰が誰だがさっぱり分からない。
――と、言いたいところだが、1人だけ知っている顔が混じっていた。
「お前は……!」
俺に指差された人物は、ムッとした顔で精一杯不機嫌を表現する。
目立つ青髪と、ワンダーランドから飛び出してきたかのようなフリフリドレス……は今日は着ておらず、可愛らしいパステルカラーのUVカット仕様パーカーに、サンバイザーを被ったそいつは、忘れたくとも忘れようのない人物だった。
「有栖原アリス?」
「気安く呼ぶんじゃないのよ。というかなんで疑問形なのよ」
「なんでって……」
まさか有栖原がこんなところに姿を現すと思ってなかったから、ワンチャン偽物の可能性もあるかと思ったからだ。
しかしこの口調と特徴的な語尾からして、どうやら本物であることは間違いないらしかった。
「社長業にも休息は必要なのよ。だからアリスも今日は羽を伸ばさせてもらうつもりだから、よろしくなのよ」
■
「ほんと参ったよね、どっから嗅ぎ付けたのか、当日になって社長が『アリスも連れて行くのよ』って押しかけてきてさあ……こっちも立場上断りづらくって」
サウナで寝っ転がる楼龍は、リスナーに向けて事実を多少ぼかしながら喋っている。
実際は、当日参加を表明してきた有栖原に対し、楼龍は全力でノーサインをぶん投げていた。
当たり前だ。
有栖原アリスは琴里を傷付け、密林から追放した張本人で、しかもFMKを目の敵にしている悪の親玉なのだから。
自分の事務所の社長をこんなふうに悪く言いたくはないが、琴里追放の一件から楼龍の中での有栖原株は連日ストップ安だ。
が、しかし、楼龍以外の面子……被害者であるはずの琴里を含めた全員が、有栖原の同行を許してしまった。
普段は独裁政治を強いているクセに、都合の良い時だけ民主主義を利用する有栖原は、これ幸いとばかりに楼龍の反対を跳ねのけて車に同乗。
半ば強引にキャンプに参加してきたのだった。
:アリスちゃん暇なの?
:キャンプに付いてきたがるなんて可愛いなぁ
:まだまだ子供だよね
:お子様社長の名は伊達じゃないな
:お前ら見た目に騙されすぎ。アイツがやったこと思い出せ
有栖原は、自分の思い通りにならなかったからという理由だけで、何人ものVTuberを一方的に契約解除に追い込んでいる。
そして有栖原自身、それが客観的に見て悪い事だと自覚しながらやりたい放題やっている。
見た目が子供だということはなんの免罪符にもなり得ないくらいの悪行だ。
背後に居る密林の王の存在とか関係なしに、有栖原はどうしようもないくらいにドス黒い。
「…………まあ、それで有栖原社長も加えたメンバーでFMKの事務所前まで行ったんだけど――」
■
「お前は来ないのよ?」
と、有栖原が見送る気満々だった俺にそんなことを言ってきた。
他の奴らは自己紹介もおざなりに、さっさと車に乗り込み始めているというのに。
「俺? いやいや、俺はこう見えて忙しいんだ。悪いがキャンプなんて浮ついたイベントに出席している余裕はないね」
嘘だ。
実はめっちゃ時間に余裕がある。
一日休んだところで何も問題がない程度には暇だ。
これも常日頃から七椿が黙々と粛々と淡々と、山のように積もり積もったデスクワークを片付けてくれているからなのだが、それは言わないお約束。
俺は毅然とした態度で忙しい代表取締役の顔をしたが、有栖原は馬鹿にしたように「フンッ」と鼻で笑って一蹴してきた。
「こんな小規模な箱の代表如きが忙しいなんて嘘八百も良いところなのよ。アリスでさえ時間を作れたのだから、お前だってキャンプに行くくらいの時間は捻出出来るはずなのよ」
見抜かれている。
というか、有栖原の口振りは、どう考えても俺にキャンプに付いて来いと言っているようにしか聞こえない。
なんだ……? どういう意図があっての誘いだ?
俺はこんな女子しかいないようなキャンプに参加するような空気読めない奴になりたくないぞ。
「おいおいおいおい、何チンタラやってんだよ」
柄の悪そうな怒声が飛んで来た。
声の方を見やると、密林が用意してきたミニバンの助手席から、やたらと目付きの鋭い茶髪の女がこちらにガンを飛ばしていた。
ギャル……じゃなくてヤンキーっぽい雰囲気がある女だ。
怖い。
「トロトロしてんじゃねえよ有栖原ぁ! こっちは昨日の夜からキャンプが楽しみでワクワクして寝付けなくてイライラしてんだよ! 男とイチャついてねえでさっさと乗れやチビ!」
超絶チクチク言葉だぁ……。
でも言ってることはちょっと可愛い。
キャンプが楽しみで寝れなかったって、小学生か。
そして有栖原は額に青筋浮かべてキレていた。
「御影星!
「あー? チビがなんか吠えてらあ。身長差がありすぎてここまで声が届かねー」
「こ、この……殺す……!」
有栖原がガチギレしてギャースカ喚きだしたのを見て、御影星と呼ばれたヤンキー女はゲラゲラと笑っている。
あんまりお近づきになりなくないタイプの人種だが、あんなでも密林配信では上の方のVTuberだったはず。
Sekilala Ch.御影星石珀羅々 チャンネル登録者数80.5万人
今FMKに居るVTuberのチャンネル登録者数を全部足しても届かないほどの位置にいる化け物だ。
だからこそ、有栖原にもここまでデカイ態度で接することが出来てるのだろうが。
……いや、この人はなんか数字とか関係なく、誰にでもこういう態度でぶつかってそうな気がする。
「おいチンカス」
その予想を証明するかのように、御影星の言葉の刃が俺に向けられた。
「誰がチンカスだ。俺は――」
「FMKの代表だろ? 知ってんだよ、んなこたぁ」
俺の名乗りを封じた御影星は、そのまま会話のイニシアチブを握りしめながら続ける。
「てめえもてめえでグダグダ言ってねえでさっさと乗れや」
「いや、だから俺は行かないって言ってるだろ。最初から行くつもりもないから何の準備もしてないし、今だってスーツだし」
「代表」
と、俺と御影星の会話に、瑠璃が割って入ってきた。
その腕には、見覚えのない荷物鞄が抱えられている。
「代表の荷物なら持ってきてるんだけど。着替えも入ってる」
「は? なんで?」
「……可哀想じゃん。おにいだけ、置いてけぼりなんて」
瑠璃が俺にだけ聞こえる声で呟いた。
うーん……普段は生意気な妹にこう言われたのでは、俺も強く断れない。
本音を言わせてもらうと、俺だってみんなとワイワイはしゃぎたい気持ちがなかったわけじゃない。
独りぼっちは寂しいもんなって杏子ちゃんも言ってたし。
それに、だ。
こんな危ない奴らをまとめて野放しにしとくのも怖いしな。
そう心の中で言い訳しながら、俺は瑠璃から荷物を受け取った。
「仕方ねえな、俺も行くよ」
「……うん!」
瑠璃が珍しく屈託のない笑みを浮かべた。
ああ、そうか。
瑠璃がキャンプにあまり乗り気じゃなさそうに見えたのは、俺が一緒に行きたがらないのを知っていたからだったのかもしれない。
……なんて、そんな風に考えるのは流石にシスコン過ぎてキモいか。
そこから俺は瑠璃が用意してくれた服にちゃっちゃと着替えた。
スーツを脱ぎ捨て、いかにもアウドドアが趣味ですと言わんばかりの動きやすそうな服を着た俺は、七椿が運転手を務めるSUVに乗り込んだ。
そうしてFMK&密林配信のVTuberとスタッフを乗せた5台の車は、キャンプ場目指して出発したのだった。
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