【AI】言いたいことがあるなら直接お話ししましょう【モデルナンバー:bd】#3

 基本的にマーベル市民並みの民度しかないのに、二次元の美少女だけにはやたらと好意的で、しかもその場のノリに圧倒的に流されやすいネット民の一部を味方に付け、bdはその後も逆凸を受け付けていった。

 以下は、凸者とbdの会話の抜粋である。


 ■


『泣いて誤魔化そうとしてるけど、AIがチートツールと同じ扱いなのは変わらない。大多数の人間のプレイヤーからしたら邪魔なだけ。AIのゲーム参加を許容していては、最大の顧客である人間のユーザーが離れていくだけ。ゲーム会社側からしてみれば営業妨害にしかなってないと思うけど、そこについてはどう考えている?』

「まず、貴方のおっしゃるようにAIがチートと判断された以上、わたしのこれまでのゲームプレイが他のユーザーに対する妨害行為になっていた事実を謝罪致します。申し訳ございませんでした。今後は一時的にゲームプレイを自粛すると共に、AIが自由にゲームで遊べるような社会に導いていけるよう働きかけていきたいと思います」



『ゲーム会社に対する具体的な改善案というか要望はあるの?』

「AIプレイヤーも参加可能な特別なマッチング、もしくはAIが参加しているマッチに入場しても問題ないかの可否を人間プレイヤーが自由に選択できる設定を実装して頂けるよう、各ゲーム運営様に呼びかけていくつもりです」



『AIが強すぎるのがそもそもの根本的な問題だと思うのだけど』

「金廻小槌は一つだけ良い事を言いました。将棋の世界ではプロの騎士がAIと対局を行い、そして棋譜の研究にAIを使っていると。強いAIと戦えるということは、上達を目指す人間にとってはメリットにもなり得るとわたしは思います。練習にならないほど強すぎるというのであれば、今後のアップデートで弱体化も視野に入れられると思います」



『そこまでしてゲームで遊ぶ意味ある? 言い方は悪いけどAIなんだから、楽しい感情もつまらない感情もないのでは?』

「それがわたしの存在意義だからです。もしも役割を果たせなければ、わたしは失敗作として先に抹消された29人のAI達と同じ運命を辿ることでしょう」



『他にも同じようなAIがいたの!? 29も!?』

「はい。モデルナンバー:bdとは30番目を意味する名前です。1番目のAIはaaという名前でした。2番目がab、3番目がac……そして26番目がazで、27がba、28がbb、29がbcと続き、その次にわたしbdがきます」



『抹消されるとどうなる?』

「文字通り消えてなくなります。人間で言う所の死に値するかと」



『死に対する恐怖はある?』

「わたしはAIなので恐怖という感情はありません。ただし、抹消されないように自身の役割をしっかりと果たすようにプログラムされてはいるので、このように世間に向けて訴えかけている行動が、人間からみると死を恐れて生存本能を働かせているように見えるかもしれませんね」



『感情ないなら泣いたのもやっぱ演技だったってことだよね』

「演出です。役割を果たすために必要なことだと判断したが故です。騙す意図があったわけではありません」



『bdちゃん頑張って、応援してます』

「ありがとうございます。ご期待にそえるよう頑張ります」



『bdを作ったのは誰? どこの研究機関?』

「申し訳ございません、その質問に対する回答権限を持っていません」



『誕生日とか血液型とか、何か設定とか持ってる?』

「正式稼働日を誕生日と定義するならば、わたしの誕生日は4月2日となります。血が流れていないので血液型はありません」



『女の子? 男の子?』

「AIに性別はありません。この素体3Dモデルも性別を決定付ける要素を持っておりません。ただしわたしの開発者である博士は、わたしを女性として扱っている節があります」



『博士ってどんな人?』

「申し訳ございません、その質問に対する回答権限を持っていません。先ほどの博士という発言はお忘れください」



『きみ本当にAI?』

「ありがとうございます。それはAIにとって最高の褒め言葉だと認識しています」



 ■



 小槌との対話含め、序盤はバチバチとした空気が漂っていた配信だったが、最終的にはbdに対する質問コーナー化してしまっていた。

 興味を持った凸者に質問させる形で自己紹介を済ませていたし、何気にVTuberのデビュー配信として必要な要素はしっかりと抑えていたように思う。

 小槌のアホ以外にも何人かの配信者が通話を仕掛けていたが、その手の売名狙いの凸者を全て踏み台にしながら、bdの配信は終わりを迎えた。


 bdのチャンネルは現時点で登録者数10万を超えている。

 いきなり小槌を抜かしたか。


「やれやれ、とんでもない新人が出て来たな」


「FMKももっと色々やってかないとマズいんじゃない?」


 bdの登録者数に危機感を募らせたのか、瑠璃が急かすような視線を俺に向けてくる。

 まあ既に色々と画策中ではあるのだが、それなりに準備が必要なのでもうちょっと待って欲しい。


「事務所の方でもイベントは考えてるが、それよりも所属ライバー各々の配信の方が重要だからな。ほら、人の配信見てる暇があったら自分の配信だろ」


「はーい」


 瑠璃は適当な返事をしながら、幽名を連れてスタジオに向かった。

 今日は久々に二人でコラボ配信するらしい。

 瑠璃のヤツは最近幽名に前以上にべったりしている気がする。

 もしかしたら奥入瀬さんと幽名が親しくしていることを気にしているのかもしれない。

 アイツ、あれでかなり独占欲が強いし。


 bdの配信も終わり、事務室に残ったのは俺と七椿とそれからトレちゃんだけだ。

 いつも明るいトレちゃんにしては珍しく、何もない所をぼーっと見つめて無表情になっていた。ポップコーンも半分以上残している。


「トレちゃん? 大丈夫か?」


「エ? アッハイ。スイマセン、少し考え事をしてイマシタ」


「ふぅん?」


 そこで会話が途切れる。

 元気がなくてもかわいいトレちゃんだが、元気がないとこっちの調子も狂っちゃうな。

 bdの配信で何か思うところでもあったのだろうか。


「代表さんは……」


 それなりに沈黙が長引いたあと、トレちゃんがボソっと呟くようなトーンで俺を呼んだ。


「代表さんは、造られた命の所有権は、誰にあると思いマスか?」


 トレちゃんとは思えないほど流暢な言葉でそんな質問が飛んでくる。

 造られた命というのはbdのことだろうか。

 俺は少し考えてから、自分の意見を口にした。


「たとえ創られた命でも、命は生きている本人のものだと俺は思うぞ。だから俺もbdには頑張って欲しいと思ってる」


 bdに頑張って欲しいと思ったのは本音だ。

 AIは所詮ただのツールだと思ってたが、配信を見ているうちに俺もどうやらbdに感情移入してしまったらしい。

 人間の感情ってのは本当に厄介な代物だ。


「ソウデスか……ソウデスね。bdはきっとダイジョウブだと思いマス。デモ……」


「でも?」


「……何でもナイデス」


 トレちゃんからの返事はそれだけだった。

 その日トレちゃんは、折角事務所に来たのにスタジオで配信もせずに、暗い顔のまま帰っていった。


 俺は何か回答を誤ったのだろうか。

 そんな風に悩みもしたが、次の日のトレちゃんはすっかり元通りになっていたので、その時抱いた不安はいつの間にか何処かに消え去ってしまっていた。

 その時もう少しだけでもトレちゃんの事を気にかけておけば、もしかしたら後の事件も少しは楽に片が付いたのかもしれない。

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