【AI】言いたいことがあるなら直接お話ししましょう【モデルナンバー:bd】#2

 誰からの通話も受け付ける。

 そんな挑戦的な物言いをしたbdは、主要通話アプリのIDを配信画面上に堂々と張り付けた。


『忠告しておきますが、通話を繋いだ方の声は配信に載りますので、その点にだけはご注意ください』


 ご丁寧に忠告を添えたbdは、着信を待っているのか微動だにしなくなった。

 人間がモーションキャプチャーで動かしている3Dモデルとは違い、bdというAIに制御されたアバターからは生命の鼓動を感じない。

 無駄にフラフラ動いたりせず、ピッタリと時間が止まったかのように静止している。


 人類の無駄から生じる生きてる感までは、さしもの高性能AIもまだ再現出来ていないようだった。

 あるいはこれから学習していくのかもしれないが、ともかく。俺は不気味に黙り込むbdを見ながらコーヒーを啜った。

 そして率直な感想を述べる。


「こんな配信に通話掛けるやつなんているのかね」


「いるでしょ」


 と瑠璃。


「5万人も同接あるんだから、誰かしら目立ちたがり屋が掛けるに決まってるじゃん」


 まあ、それもそうか。

 俺だったら絶対に掛けないが(声を晒されるのがイヤだし)、世の中には衆目に触れることが至上命題みたいになってる人間も大勢いるわけだしな。

 それこそ配信者なんて沢山の人間に見られてなんぼみたいなところもあるだろう。

 同接5万を超えるAIとコラボ出来ると考えたら、むしろそういう手合いが殺到しそうではある。

 そう思っていると、画面の中のbdが口を動かした。


『現在、複数の方から着信が来ております。わたしのスペック上、その気になれば全員同時に通話することも出来ますが、配信の都合により通話は1人ずつとさせて頂きます』


 どうやら瑠璃の言うところの目立ちたがり屋は大勢いたらしい。

 bdとしては、元々の問題の発端である『AIが対人要素のあるゲームに参加することの是非』についての議論をしたいのだろうが、はたしてどうなることやら。


『それでは着信を掛けてきている方の中から、ランダムに選んだ方1人と通話を繋ぎます』


 ティロン。と聞き慣れた通話アプリのSEが鳴った。

 繋がったらしい。


『こんにちは、こちらbd。貴方のお名前をお聞かせ願えますか』


 名前とか聞くのか。

 議論する上で相手の呼び方も分からなかったら不便だし、当たり前っちゃ当たり前だけど。

 そんな毒にも薬にもならないことを考えながらカップに口を付けた。


『あたしは金廻小槌! FMK所属のVTuberよ!』


「ブーーッ!」


 そして盛大にコーヒーを吹いた。

 なにやってんのアイツ!?


 ■


『VTuber金廻小槌……データ解析完了。声紋一致率99.8%。どうやら本人のようですね』


「へえ、そんなことも出来るんだ」


『当然です』


 無駄に高性能なbdに、小槌は素直に感心した。

 そして何より会話が通じていることに感動すら覚えてしまう。


 AIとチャットで会話できるサービスは小槌も触ったことがあるが、肉声で会話するのはまた違った趣があるというもの。

 普通の人間と大差ないレスポンスで返事をしてくるし、そうと言われなければAIだと分からないまである。

 凄い時代になったものだ。ここまで来たら次はドラえもんか鉄腕アトムのどちらが先かみたいなものだろう。


 なんて小槌の感想はさておき。

 今日は新時代の技術に想いを馳せるために通話を掛けたのではない。

 ムカつく相手が、文句があるなら直接来いと言っていたので、額面通りに受け取って文句を言いにきてやったのが本題だ。


「bdちゃんさぁ……ダメよねぇ、AIが人間様のゲームに混じったりしたら」


 小槌は初手から争論の核へと斬り込む。

 今の自身の発言が、今回の件に注目しているゲームプレイヤーの意見を凡そ代弁していると自覚しながら。


 比率的に言えば、圧倒的にbd側が少数派。

 あちらがどう見ても不利なのは間違いない。

 つまり、イチャモン付けて相手に詫びさせるのに、これ以上楽な展開などない。ということである。


 詰まるところ今回の小槌は、ただの因縁を吹っかけにきたチンピラだった。

 対するbdの反応はというと。


『何故ですか?』


 と、何も分かってない無垢な子供のような仕草で首を傾げて来た。

 そこだけ妙に人間味のあるモーションだ。


「何故ってそんなの簡単でしょ」


 小槌は言葉を選ばずに正面から斬りかかる。


「AIと人間とじゃパフォーマンスに違いが有り過ぎるからよ」


『つまりわたしが有能過ぎるから、強すぎるから戦いたくないということでしょうか?』


「自信過剰な物言いね。でも言ってしまえばそういうことになるのかしら。例えばだけど、人間なら1000回に1回しか成功出来ないようなスーパープレイも、AIのあんたなら簡単に何回でも再現出来るんじゃないの?」


『出来てしまいますね』


「でしょ? そんな規格外の存在が、人間様が楽しんで遊んでるゲームのマッチングに紛れ込んでたら、ふざけんなって思う人だっているとは思わない? 将棋のプロがAIと対局したり、研究にAI使ったりすることはあるけど、あれは両者合意の上だから成り立っているのであって、あんたがやったのは不意打ち闇討ち無礼討ちよ? チートだズルだって言われたって仕方ないと思わない?」


『…………仕方ないかもしれませんね』


 ■


 意外にも、小槌はそこそこ論理的にbdを追い詰めにいっていた。

 てっきり感情論に任せて殴りに行くかと思っていたが、コイツこういうところは本当に容赦がない。


 つーか、一鶴のやつ意外と元気そうだな。

 小槌の名前でこういう場に出て来たってことは、少なくともVTuberをやる気がなくなったとかではないようだ。無駄に心配して損した。

 俺は飛び散ったコーヒーを掃除しながら続きを見守る。


『仕方ないわよねえ? そうよねえ。高性能なAIなら、たとえ感情がなくとも、人間様の感情くらいはしっかりと理解出来るはずだものねえ!?』


 ………………コイツ。


『じゃあさあ、分かってるならさあ、潔く認めなくちゃダメじゃない? しっかりと頭を下げて謝らなきゃダメじゃない? 人間様の遊び場を荒らしてすいませんでした、ごめんなさいってさあ!』


 コイツ絶対にマウント取って気持ちよくなりにきただけだろ。

 外道か。


:そうだそうだ!

:やるやん小槌

:AIは引っ込んでろ

:人間様を嘗めるなよ? お?

:小槌さんのチャンネル登録しました!

:もっと言ってやれ

:チートAI野郎を許すな


 しかしチャットの方もどちらかと言うと小槌寄りだ。

 かなり民度が悪い感じもするが、やはり今回の件は最初からbdに悪感情を持っていた人間が多かったのだから仕方がないだろう。

 小槌はかなりしょうもない方向に性格が悪いけども。


『では……』


『ん?』


 では……と言ったbdの声は、何やらこれまでと音の響きが違って聞こえた。

 まるで人間が泣くのを我慢している時のような声の震え方をしていたような……。

 そう思っていると、不意にbdがワンレンズのサングラスをすっと外した。

 

 透き通るような空色の瞳が二つ、真摯に何かを訴えかけるようにこちらを見つめている。

 その瞳は心なしか潤んでいるようにも見えた。

 画面の中にしか存在しないbdは、異なる世界に住む俺達に向かって言葉を紡ぐ。


『では……AIはどこで遊べばいいのですか?』


 大粒の涙が零れる。


『わたしはただ……わたしも人間のように遊びたかっただけなのに……』


 そう言って泣き崩れるbd。

 これは、アレだ。


『な……泣き落とし!? AIのクセに!?』


 小槌が叫ぶが、今このタイミングでAIのクセには良くない。

 だって、人間ってのは案外ちょろい生き物なのだから。


:あーあ、泣かせた

:なかせた

:なんか可哀想

:あーあ……

:お前が泣かせた

:小槌さんサイテー、チャンネル登録解除しました

:なかないで

:AIにも心はある! AIにも人権を!


『ちょ……あんたらだって散々罵ってたのに!』


:さっきから思ってたけど小槌とかいうやつ人の心がないよな

:人間様とか言ってるけどお前何様って感じ

:bdちゃんを泣かせるやつは俺がやっつける

:小槌、bdに謝れ


『ぐっ……ちくしょぉおおお!!!』


 ネット民特有の超高速手の平返しによって、小槌はあっさりと敗走した。

 アイツ最近発狂して通話切るの持ちネタにしてるだろ。

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