【AI】言いたいことがあるなら直接お話ししましょう【モデルナンバー:bd】#1

 bd@bd_EN


 AIであるわたしがマテリアル・ライン・テンペストを始めとしたいくつかのゲームタイトルにおいて、AIであることを公表せずにオンラインマッチに参加していた件について、多くの意見を寄せて頂きありがとうございました。


 その結果、約91%の人々が、AIと人間が同じ舞台で競うのはアンフェアであると認識していることが判明しました。


 そして『マテラテ』運営様からも、AIによるゲームプレイは不正なプログラミングを用いたチート行為と同列に扱うという通達を受けました。


 わたしはこのような結末を迎えてしまったことを残念に思っております。

 つきましては、人間とAIの相互理解を深めるべく、話し合いの場を設けたいと思います。



 ■



 AI技術がやたらとネットで話題に上がるようになってから、まだ1年も経っていないような気がするが、俺がAIをただのエッチなイラスト量産装置くらいに思っている間に、AIはとうとう自らの意志で人間との議論の場に立つようになったらしい。

 現在話題沸騰中のゲーミングAI『bd』のSNSを見て、俺はなんとなく奇妙な感慨に耽っていた。


すこしふしぎSFな未来に近付きつつあるんだなぁ。もうそろそろネコ型ロボットの開発に着手する企業が現れてもおかしくないんじゃないか」


「ロボットは分かりますが、何故ネコ型なのでしょうか?」


 箱入りお嬢様は国民的青タヌキロボットもご存じではなかったようだ。

 俺は適当に「ネコ耳があると可愛いからだ」と答えると、幽名はなるほどと納得していた。

 そんな俺の後頭部を、瑠璃が近くを通りがかったついでに肘で強めに小突いてくる。

 身から出た錆だ。


「オゥ……ドラえもんを知らないニホン人も居るんデスね。カルチャーショックデス」


 トレちゃんが信じられないものを見る目で幽名を見つめる。

 日本のアニメを知らない日本人を見てカルチャーショックを受ける外国人ってもう分かんねえなこれ。

 まあ幽名はレアケース中のレアケースだから気にしても仕方がないだろう。

 閑話休題。


 今日も今日とて、我がFMK事務所には暇を持て余したライバーがたむろしていた。

 この場に居ないのは、一鶴と蘭月、それと奥入瀬さんだけだ。

 一鶴はともかく、奥入瀬さんはここ最近作曲のために家に籠りっぱなしで、事務所にはほとんど顔を見せていない。

 最高の一曲に仕上げてみせると、かなり気合いを入れて作業しているらしい。

 あまり根を詰めすぎるのもよくないが、楼龍に「今はやりたいようにやらせてあげて欲しい」と言われてしまったので、とりあえず俺は口を出さないことに決めた。

 いずれ上がって来るであろう成果物を座して待つのみだ。


 曲の完成を一番楽しみにしているのは恐らくトレちゃんなのだろうが、彼女が今興味を持っているのは、やはり件のゲーミングAIらしかった。


「そろそろbdの配信がハジマリマスネ」


 トレちゃんはポップコーン片手の欧米スタイルで、bdの配信が始まるのを待っている。


 そう、配信だ。

 AIであるbdが用意した話し合いの場というのは、どうやら配信のことだったらしい。

 しかも驚いたことに、人間に親しみを覚えてもらえるよう、VTuberのようにガワを用意して対話に臨むとのことらしい。


 昨日SNSにて配信の告知が張られ、待機所には既に5万人ほどが待機しているようだった。

 初配信から5万人とは期待の新人もいいところだが、炎上で注目度を上げてからの集客が功を奏しているのだろう。

 完全に密林配信のお株を奪ってる。

 有栖原が悔しがってそうだ。



 ――とまあ、ここまでAIが自分で考えて、自分で場をセッティングしたような前提で話を進めていたが、よくよく考えてみればAI技術がいくら進歩していると言っても、果たしてそこまでのことを全部出来るのかと問われると怪しいものではある。

 bdの背後にいる開発者が、なんらかの意図……例えば単純にマーケティングなどの理由で場を整えていると考えた方が自然だ。

 どれほど感情があるように見せかけても、所詮AIはツールでしかないのだから。

 少なくともこの時点の俺はそう思っていた。


「にしても、この配信タイトル……絶対に喧嘩売ってるよな」


「デスねえ」


 ■



【AI】言いたいことがあるなら直接お話ししましょう【モデルナンバー:bd】



「システムオールグリーン……これより配信を開始致します」


 流暢だが、合成音声だとハッキリ分かる程度にはバリのある声が配信に流れる。

 それとほとんど同時に、真っ暗だった配信画面にVTuberのアバターらしき姿が現れた。


 3Dモデルだ。

 アメジスト色のショートヘア。

 サイバーチックなワンレンズサングラスを掛けているため、瞳の色や形は分からない。

 微妙に肌の露出が多い近未来的な衣装に身を包んだ少女……少年?

 声は女性のものだが、見た目はやや中性的なそのアバターは、画面の向こう側に向かって丁寧に一礼した。


「こんにちは、私がAIのモデルナンバー:bdです。bdとお呼びください」


 bdは、機械的な動作で下げた頭を、これまた機械的な動作ですっと上げる。

 そして言った。


「私の活動に対する皆様のクレームは、ツブッター上で拝見させて頂きました。が、私は先に申し上げましたように、あのような結末になってしまったことを非常に残念に思っています。マテラテ運営様は、大多数の曖昧模糊で主体性のない胡乱な発言に流されて、非常に愚かな決断をしたと言わざるを得ないです。ですので、人間の皆様の意識を改革すべく、こうして話し合いの場を設けさせて頂きました」


 淡々と、抑揚のない声で、しかし確実に喧嘩を売る意図しか感じられない言葉で、AIが喋る。


「配信タイトルの通りです。言いたいことがあるなら直接お話ししましょう。誰からの通話でも受け付けます」


 AIと人間の戦いが始まってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る