ビカムヒューマン

 人類の科学は日進月歩だが、昨今のAI事情にはやはり目を見張るものがある。

 AIがイラストを描き、AIが小説を書き、AIがチャットで質問に答え、そしてAIがゲーム配信するような時代にまでなっている。

 遠い昔に数多のSF作家たちが夢想してきたように、そろそろAIが人間の仕事を奪ってしまうようなビカムヒューマン的未来が近付いているのかもしれない。


 いずれAIがネット掲示板やSNSに普通に書き込みするような日だって来ることだろう。

 いや、もう既にそうあってもおかしくない所まで来ているのだ。


 あなたがフォローしているアカウントは本当に人間か?

 あなたのフォロワーは本当に人間か?

 画面の向こう側に生身の人間が存在している保証がどこにある?

 確かめるすべは?

 そもそも人間である必要はあるのか?

 中身がAIであったとして、そこに何の不都合がある?


 AIという技術……或いは存在に対しての社会的な扱いは、目下のところ大いに議論の真っただ中だが、一つだけ確実に言えることがある。

 それは、人間という生き物は、たとえ無機物にだって感情移入出来るということだ。


 ■


「はぁ? bdの正体がAIだったって?」


 あと一週間もすれば梅雨が明けるだろうという7月の半ば。

 一鶴は自宅のオンボロアパートで素っ頓狂な声を上げた。


 住まいの質に見合わない超高性能PC(以前の借金したときに買ったモノ)で通話している相手は、個人勢VTuberである広小路ツンだ。

 ツンとは先月のコラボで知り合って以来、こうしてたまに通話して親睦を深めたりしている。

 今日はツンの方から通話を掛けてきたのだが、出だしから大声で『あのbdがAIだったらしいのよ!』と叫ばれ、一鶴は確認するように反芻した。


『そうだったの! 驚いたでしょ!』


「いや……そもそもbdって誰だっけ?」


 イヤホンの向こうからずっこけるような音が聞こえた。

 見えもしないのに律義にリアクションしてくれたらしい。

 それはそうとして、bdという名前に心当りがないのは本当だった。

 確かにどこかで聞いたか見たかした覚えはあるのだが、どうにもどこで目にした名前なのかを思い出せない。


『もう! 忘れっぽいんだから!』


「あたし、過去は振り返らない主義なのよね」


『え、やだ……かっこいい……すき……』


 相も変わらずツンは死ぬほどちょろかった。

 それはさておき。


「で、結局誰なのよ、ビーディー」


『本当に覚えてないの? ほら、あたしと楼龍と小槌が初めてコラボした時に、マテラテでやたらと強いプレイヤーがいたでしょ? そのプレイヤーがbdって名前だったじゃない』


「あー……そうだっけ?」


『そうなの!』


 言われてもあまりピンと来ない一鶴だった。

 しかし名前は覚えていなかったが、やたらと強いヤツがいたという事実だけは覚えている。

 そいつのせいで楼龍との与ダメ勝負が邪魔されたようなものだったわけだし。

 しかもその中身が人間ではなく、AIだった。


「それってズルじゃん」


 一鶴は思ったことをそのまま口に出した。


 AIは機械だ。

 プログラム次第では人間に出来ない反射速度で、人間に出来ないような思考速度で、人間に出来ないような操作だって出来てしまうだろう。

 それこそ 巷に出回っているチートツールを使ってるプレイヤーすらも凌駕するレベルの動きだって可能かもしれない。

 そんなのが人間のプレイヤー同士が戦っている舞台に紛れ込んでいたというのだ。

 一鶴は正直ちょっとムカついた。


「プログラム上での戦いでAIが本気出したら人間が勝てるわけないじゃん。フェアじゃないわよ」


『あたしもいちFPSプレイヤーとしてそう思う。AIを人間同士が競ってるゲームに参加させるなんて、どう考えたっておかしいわよね!』


 プンプン。という擬音でも聞こえてきそうな怒りっぷりでツンが叫ぶ。

 まあ、一鶴としてはFPSにはそこまで思い入れはないので、ツンほどの感情はないのだが。


「で、なんでそれが発覚したの? あまりに人間っぽくない動きで無双しすぎてたから?」


 言わなければバレなさそうだが、しかし現にツンがbdの正体を知っているように、既に彼……彼女? がAIであることは周知の事実になっているらしい。

 発覚の経緯を尋ねると、ツンは少しだけ落ち着きを取り戻して事情を説明し始める。


『それもあるわね。あたし達が配信で遭遇した時以前から、bdは色んなFPSで猛威を振るっていたから。観戦モードでbdの動きを見ても、明らかに挙動が人間のソレじゃなかったり……まあ、その時点ではただのチートツールを使ってるプレイヤーなんじゃないかって疑惑だけだったのだけれど』


「それがなんでAIだってことになったわけ?」


 ツンはそこで勿体ぶるように間を空けた。

 そして、


『本人が自白したの』


 という言葉と共に、あるSNSアカウントのURLが送られてきた。


『それがbdのツブッターアカウントなんだけど、そこで本人が自分はAIだって投稿をしたの。つい1時間くらい前に』


「マジか」


 URLを開いて呟きを辿ると、その発言はすぐに見つかった。


 ■


 bd@bd_EN


 わたしがチーターではないかと疑問するDMを多く頂いております。

 この質問に回答します。


 わたしは人工知能、所謂AIと呼ばれているプログラムであり、わたしの実体は現実には存在しません。

 ゲームプレイの腕前はAIとしての学習の成果であり、チートツールに類する補助装置には頼っていません。


 この回答でご納得いただければ幸いです。


 ■


 この上なくハッキリと、自分はAIであると書いてあった。

 そしてやはり当たり前と言うべきか、bdは炎上しているようだった。

 どうやらAIと違って感情豊かなネットの皆様方には、ご納得頂けなかったらしい。


「はー、AIの書き込みが炎上する時代か。そろそろターミネーターが未来から送られてくるんじゃないの?」


『スカイネットが作られるようなことがあったら本当に人類は終わるかもね』


「それよりAIでどう儲けられるかの方がまだ興味あるわね」


 所得税の支払いに絶賛頭を悩ませている最中の一鶴からすれば、AIだろうとなんだろうと金稼ぎに使えるのならなんだって良いと思っている所存だ。

 そんな一鶴の相変わらずな意地汚さに、ツンが渇いた笑いを送ってきた。


 その後は他愛もないくだらない雑談で時間を潰した。

 どうやらツンはただ愚痴を言いに来ただけだったらしい。

 一応今日は平日で、今はまともな人間なら学校か会社に行ってる時間帯なのだが、ツンはもしかしてニートか何かなのだろうか。

 などと、最近大学に顔を出してない自分のことを棚に上げながら、一鶴は失礼過ぎる考えを巡らせた。


「ツンって実はニート?」


 そしてその考えをそのまま口にするのが一鶴クオリティだ。


『違うわよ!』


「えー、平日のこんな時間に暇してるからそうだと思ったんだけど」


『失礼ね! これでもあたし、そこそこ忙しいんだから! 今は休憩時間みたいなものなの!』


「ふーん? あ、じゃあ実は主婦だったりして」


『……っ! そ、そそそ、そんなことどうでもいいでしょ! あたしのリアルなんて詮索しても面白くないわよ!』


「え……なにそんな焦ってんの? まさかマジで」


『あー! もうこんな時間! この後出かける予定があったんだったわー! また今度一緒にコラボしましょうね! じゃあ!』


 そこで通話が切れた。

 とんでもない慌てっぷりだったが、まさか本当に予想が当たっていたのかもしれない。


 そんな流れがあって、一鶴はツンの中身の方に気を取られて、bdのことをすっかり忘れてしまっていた。

 どうせFPSなんてやらないし、もう自分とは関わり合いになることはないと思ったから、記憶に残らなかったというのもある。

 しかし後日、bdの名前が更なる脚光を浴びる事態が発生し、一鶴もbdという名前を強制的に思い出されることになる。


 bdがVTuberとしてデビューするという事件によって。

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