【リズム地獄Remix】にゃーにゃーにゃっにゃっにゃにゃー♪♪【薙切ナキ/FMK】

 前回のあらすじ。

 自分のことを猫だと思い込んでる瑠璃が街中に逃げた。


 字面にするとヤクでもやってんのかって感じだが、実際はただの自己暗示による催眠状態のようなものだ。

 なんにせよ、正気を失った状態の瑠璃を放置すれば大惨事は免れないだろう。多分。

 瑠璃を追いかけて事務所を出た俺と幽名と蘭月は、周囲を見渡して瑠璃の行方を探る。


「どっちに逃げた!?」


「こっちアル」


 蘭月がほとんどノータイムで駆けだした。

 俺と幽名もそれに続く。


「こっちで本当にあってるのか!?」


「気を辿っテルから大丈夫ネ」


「気て」


 バトル漫画かな?


「ただ恐ロシク速いヨ、ワタシも全力で行かナイと離されるネ」


 今の瑠璃は自己暗示パワーによって、身体能力の枷が外れてるんだったか。

 あの蘭月にここまで言わせるのだから相当な速度なのだろう。

 俺と幽名では絶対に追いつけない。


「蘭月マネージャーは、わたくし達に構わずに先に」


「ワカッたヨ」


 瞬間、蘭月の姿がブレて、音を置き去りにするほどの速度で消えて行った。

 まともな人間に出せるスピードじゃないな。

 俺は一旦足を止めてスマホを取り出した。


「代表様? 急ぎませんと……」


「まあ待て」


 2人の後を追おうとする幽名を引き留める。


「どうせ俺達の足じゃ追いつけない。だから追跡は蘭月に任せて、俺達は捕まえるための道具を用意しよう」


 猫と言えばアレが鉄板だろう。

 俺はスマホからお目当ての品が売ってる場所を検索して、幽名と共にそちらに向かった。


 ■


 屈辱ネ。

 と蘭月は思った。


 追跡対象はほんの18歳の小娘。

 平和ボケした日本のいち女子高生に過ぎない。

 だのにほぼ全速力の蘭月から付かず離れずの距離を保ち続けている。

 恐るべき自己暗示パワーだ。


「昔、催眠術を大マジメに研究シテる機関ヲ潰したことがアッタけど、やっぱアレは潰しといて正解ダッタネ」


 独り言ちながら蘭月も打開策を練り始める。

 今は日曜日で人通りがかなり多い。

 瑠璃は猫のようなしなやかさで人ごみの間をすいすいと通り抜けていっている状態だ。

 多少手荒でも良いなら捕まえる手段はなくもないが、怪我をさせるのは許されない。

 瑠璃も、それ以外の人間にも。


 となれば、どんな手段で捕まえるにせよ、まずは人の少ない方へと誘導する必要がある。

 さて、どこに誘導するべきか――。

 そう考え始めたところで蘭月のスマホに着信が入った。

 代表だ。


「なんネ」


『状況は?』


「追跡中アル。すばしっこスギるネ」


『捕まえる用意が出来たから、誘導頼む。場所はメールで送った』


「カンタンに言ってくれるアルネ」


『頼んだぞ』


 言いたい事だけを言って通話は切れた。

 即座にメールを開いて誘導先を確認する。

 どうやら近場の建設現場らしい。

 今は人がいないことも確認済みのようだ。

 条件は満たしている。

 あとは蘭月が追い込むだけだ。


「人使いの荒いボスだネ」


 しかしどうしたものか。

 誘導するにしても、もう一人くらい人手が欲しい。

 それも今の瑠璃と蘭月に匹敵するくらいの身体能力のある人間が。


「……アイツに頼るカ」


 蘭月は現状を書いたメッセージを――に送った。

 すると直ぐに返事が返ってきた。


『3分で着く』


 案外近くに居たようだ。

 大方事務所に用事でもあったのだろうが好都合だ。

 蘭月はスマホをチャイナ服の隙間にしまって、追跡に集中する。


 なにやら進行方向が騒がしい。

 瑠璃の気配もそこで止まっているようだ。

 恐らくは何かしでかしたのだろう。


「こら~! 君~! 危ないからそこから降りなさい!」


 誰かが誰かに向けて大声で注意を呼び掛けているのが聴こえる。

 蘭月が現場に着くと、状況は一瞬で把握出来た。

 信号機の上に私服姿の女子高生が鎮座していたのだ。

 そりゃあ騒ぎにもなるだろう。

 野次馬がどんどん集まって来てしまっている。


「ナンデ猫ってヤツは高いところに登りたがるアルネ」


 溜息を吐きながら、蘭月はさも当然のようにその場から掻き消えた。

 否。消えたと錯覚するほどの速さで移動した。

 そして信号機の上の瑠璃へとスマホのカメラを向けていた一般人を手当たり次第に気絶させ、ついでに周囲を走っていた車のドラレコだけを発勁による衝撃波でまとめて破壊した。

 ほんの数十秒の気絶はともかく、ドラレコという物的損害の方はやりすぎかもしれない。


「マァ、ボスの身内を守るためナラ仕方のないギセイアルネ」


 悪びれもなく言い訳しつつ、返す刀で瑠璃のいる信号機へと跳躍した。

 だが瑠璃は蘭月の手をするりと躱し、地面に着地して、またも何処かへと駆け去っていく。

 これじゃイタチごっこだ。

 長引けば長引くほど、蘭月は一般人を気絶させて、スマホとドラレコを破壊して回らなければならなくなる。

 もうほとんどテロだ。


「お」


 だが、追いかけっこにも終わりが見えた。

 援軍が到着したのだ。

 姿は視認できずとも、気配で分かる。

 アイツが来た。


「ニャ!?」


 瑠璃も野生の勘でただならぬ気配を察知したらしく、情けない鳴き声を上げて進行方向を変えた。

 どうやらそれが狙いで殺気をだだ漏れにしていたようだ。


「イイネ。このまま、ポイントまで追い込むアル」


 お互いに姿が見えない距離にいる。

 そのため流石に声は聞こえなかっただろうが、蘭月の動きに合わせて――も移動を開始した。

 こちらの思惑は理解してくれているらしい。


 そのまま蘭月と――は、二方向からの殺気で瑠璃の行き先を誘導していった。

 そしてあっさりと目的の建設現場に無事に追い込むことに成功したのだった。


「ごろにゃ~ん♪」


 で、蘭月が建設現場に入ると、大量のマタタビの葉の上で瑠璃がゴロゴロと転がっていた。

 それを哀れなものを見る目で見降ろす代表と幽名も一緒に居た。

 シュールな絵面である。


「おう、蘭月。ご苦労さん」


 蘭月の姿を見ると、代表が手を上げて労をねぎらってきた。

 それに肩を竦めて応えながら、――の気配を探る。

 どうやら瑠璃を確保出来たのを確認して、ただちにこの場を離れたようだ。

 全く難儀な立ち位置にいるヤツだと、蘭月はかつての戦友に同情を寄せた。


「しかしマタタビアルカ」


 瑠璃が必死に頭を擦りつけたりしている葉っぱを一枚拾う。

 まごうことなきマタタビだ。


「ジコアンジに掛かっテルとはいえ、マタタビもキクとは驚きアル」


「ああ、俺もまさか本当に効果があるとは思わなかった。なんでも試してみるもんだな」


「そうアルネ」


 言いながら、蘭月は瑠璃の首元に手刀を打ち込む。

 その一発で瑠璃の意識はあっさりと落ちた。


「これで一件落着ネ。目が覚めタラ、元に戻っテルはずヨ。タブン」


「不安だなぁ」


「信じるほかありませんわね」


 ■


 結果から言うと、目を覚ました瑠璃は元通りに戻っていた。


「ぐわあああああ! もう最悪! 一生の恥! 死にたい!」


 しかし猫化していた最中の記憶はハッキリと残っていたらしく、正気に戻った瑠璃は事務所でジタバタと藻掻いて苦しんでいた。


「可愛かったですわよ? 写真を取ってなかったのが残念ですわ」


「写真取ってたらスマホを破壊してるところなんだけど……はあぁ」


 盛大に溜息を吐く瑠璃。

 まあ人間に戻れたのだから結果オーライだろう。


「しかしこうなると迂闊に『にゃ』を連呼する配信は出来ないな」


 俺がそう言うと、瑠璃は不機嫌フェイスを維持したまま首を振る。


「やっ。まだあのゲーム最後までクリアしてないし、途中までやった配信スタイルを変えるのもやだ」


 駄々っ子か。

 そんなこと言っても、また自己暗示に掛かって猫になってしまったら大変だろうに。

 どう説得したものかと悩んでいると蘭月が口を出してきた。


「イチオウ、対策方法はアルアルヨ」


「対策?」


「ジコアンジにはジコアンジで解決アル」



 ■



【リズム地獄Remix】にゃーにゃーにゃっにゃっにゃにゃー♪♪【薙切ナキ/FMK】



「にゃにゃっにゃー、にゃにゃにゃにゃにゃー、にゃにゃっにゃー、にゃっ、にゃ、にゃにゃにゃにゃにゃー、にゃにゃにゃっにゃにゃ、にゃーっにゃー……私は人間、私は人間。にゃーにゃーにゃっにゃっにゃにゃー♪ 私は人間……にゃー♪」



:草

:え……こわ

:なんだこいつ

:お前はネコだろ



 結局瑠璃はゲームクリアまで、自分が人間だと自己暗示を上掛けしながら強引に配信を続けたのだった。

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