Chapter 2.5 "One Inch Punch!!"

【金廻小槌】新しい仲間と親睦を深めるわよ【笛鐘琴里/FMK】

【金廻小槌】新しい仲間と親睦を深めるわよ【笛鐘琴里/FMK】



『景気どう? FMK所属の金廻小槌でーす』


「えっと……同じくFMK所属になりました、笛鐘琴里です」


 時刻は現在22時。

 自宅で作曲作業をしていた琴里は、唐突に小槌からの呼び出しを受けて雑談配信にお呼ばれしていた。

 作曲に集中しすぎていたので琴里はまだ晩御飯を食べておらず、そろそろ何か食べようかなと思っていたタイミングでの招集だった。

 が、基本的に押しに弱い琴里は、断ることも出来ずに現在小槌との通話を繋いでいる。

 琴里としても、FMKに出来るだけ早く馴染みたかったので、わりと乗り気ではあったのだが。


『いやぁ、まさかの電撃移籍だったわね』


「はい、そうですね……自分でもこんなことになると思わず驚いてます。拾ってくださったFMKの運営さんには感謝しかないです」



:ほんと密林からの移籍はびっくりした

:よくあの有栖原が権利譲ってくれたな

:FMKの代表なかなかやるね



 FMKが密林に1000万円を払って琴里の権利を買い取ったこと自体は公表していない。

 あくまでも両事務所が話し合った結果そうなった、と説明しただけだ。

 細かい契約は守秘義務があるからという理由で聞かれても答えてはいけないようになっている。


:1000万で権利買ったって噂はマジなのかな

:1000万の話結局ソースどこだよ

:1000万は流石にないでしょ

:1期生に支給された金額と混同してる説


 しかしどういうワケなのか、1000万で権利をやり取りしたという話は既に一部で噂になっていた。

 事実を知る関係者は限られているが、その中で最も噂を漏らしそうな人間は1人しか心当たりがいない。

 有栖原アリスだ。


 何の目的があってかは分からない。

 もしかしたら、より話題を大きくして注目を集めようとしているだけなのかもしれない。

 とにかく、そういう噂が出回ってしまっていることだけは確かだ。

 琴里はその手のコメントには触れないように気を付けようと意識した。


『じゃ、琴里ちゃん。なんか色々質問していい?』


「あ、はい、どうぞ」


『なんで姫ちゃんと兎斗乃依っちから聞いたけどさ、楽器ならだいたい何でも扱えるってマジ?』


「そうですね……大体何でもいけますけど……」


『え、すげーじゃん。でもなんで普段は音楽配信やってないの? アーカイブ一覧見てもゲームとかばっかじゃない? もっと生演奏とかやればいいじゃん』


「それは……」


 めちゃくちゃ答え辛い質問が飛んで来た。

 金廻小槌……密林配信の社長室での一件の時にも思ったが、小槌は有栖原と少し似ているところがある。

 つまり、琴里がちょっと苦手なタイプの人間だということだ。


 だが有栖原なんかとは違って、根は悪い人間じゃないということも、何となくだが分かる。

 悪気があっての質問ではないのだろう。

 琴里は少し悩んでから、自分も少しずつ前に進まなきゃダメだと思って、胸のうちを語ることにした。


「実は人前で演奏しようとすると、手が震えて、頭がぐちゃぐちゃになっちゃって、楽器の使い方も分かんなくなっちゃって……」


『意外と重いやつきたわね』


 などと軽い反応をする小槌。

 重く受け止められすぎるのもそれはそれで困るので、逆に有難かったが。


『緊張するってこと?』


「緊張……とはちょっと違って……どっちかって言うとトラウマ的な……」


『へえ、なんかトラウマになるようなことがあったんだ。路上ライブ中に大ブーイング受けて石投げられまくったとか?』


「そこまで酷くはないですけど……でも音楽での失敗が重なって、自分の演奏を披露するのが怖くなったっていうのは、そうですね」


『失敗そのものがトラウマの原因って感じね、なるほど』


 自分の音楽がダメダメだったせいで、パークが落ちぶれていった。

 その失敗がずるずると尾を引き、配信でリスナーに演奏をイマイチだと言われ、有栖原からも酷評され、それらが積もり積もって琴里のトラウマは形成されている。

 どうやって克服すれば良いのか分からない。

 だがもしかしたら小槌なら何か別角度からの解決策を見つけてくれるかもしれない。

 なんとなくそんな気がしていたのだが、


『はい、じゃあ、次の質問だけど』


「ええ!?」


 この話はこれで終わりにするつもりらしかった。


:草

:草

:空気重くするだけ重くして次にいくな

:トラウマ喋らせただけじゃねえか

:せめてなんか気遣いの言葉くらい言え

:じゃあ次で草

:琴里さん、相談する相手間違えてますよ


『楽器なら何でも扱えるのは分かったけど、一番得意な楽器はなに?』


 チャットからも苦言が飛ぶが、小槌は完全に全てを無視して次の質問をしてくる。

 これには琴里も困惑するしかない。


「ええ……あの……特に得意なのはキーボードとドラムですね」


『ドラムもいけるんだ、流石。逆に音楽関係で苦手なことってなんかあんの?』


「苦手なのは歌ですね、昔から音痴で……」


『あ、そうなんだ。なんか楽器出来る人って歌も上手いって勝手に思ってたわ』


「あはは……」


 その後も小槌の質問責めにあって、気が付けば1時間近くが経過していた。


『そういや、あたしから質問してばかりね。琴里ちゃんはなんかあたしに聞きたい事とかないの?』


「え、聞きたい事……」


『なんでもいいわよ』


「うーん」


 急に振られてもそれはそれで何も考えてなかったので困る。

 というかそろそろ空腹が限界なのだが、この配信はいつまで続くのだろうか。

 小槌と言えば金、ギャンブル……。


「あ、そうだ。小槌さんて、前に競馬で1億も当ててましたよね?」


『まあね、あたしくらいになれば、あれくらいはね』


「あの後1億負けちゃってましたけど大丈夫なんですか? 翌年の税金凄いことになりそうなのに」


『……………………ぜい、きん?』


 ■


 事務所で小槌と琴里の雑談を聞いていた俺は、思わず吹き出しそうになってしまった。


『ぜぜぜ、税金がどうしたって!?』


『え……どうしたって、所得によって収める税金が変わるから……』


『あ……あ……? あぁあああああああああああ!?』


 俺が一鶴のモチベに関わるから、言おうか言うまいかずっと迷ってたことを琴里に言われちまったか。

 別にいいけど。いずれは知ることになる運命だったのだから。


 1億競馬で稼いだ場合の納税額など正直考えたくもないが、恐らく数千万くらいはいくんじゃないだろうか……。

 流石に可哀想なのでどうにかしてやりたいとは思っているが……まあ、一番良いのは本人が頑張って稼ぐことなので、ギリギリまで助け船は出さないつもりだけど。

 ちなみにであるが、宝くじの当選金は非課税扱いなので、俺は翌年の税額が急上昇して死ぬという経験をしたことがない。

 なので俺からしたら完全に対岸の火事である。南無三。

 

 好き勝手琴里に質問した挙句、最高のカウンターをもらった小槌は、そのまま発狂しながら配信を閉じた。

 琴里もある意味ではFMKの素質があるのかもしれない。

 それが色々あった6月を締めくくる最後の配信だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る