笛鐘琴里、移籍のご報告と重大告知です。

「――と、いうことで改めて紹介だ」


「み、密林配信プロダクションから移籍してきました、笛鐘琴里です。えっと……移籍というか、実際はクビになって路頭に迷っていたところを、姫衣ちゃんと代表さんに拾って頂けたようなものなんですが……とにかく頑張ります。よろしくお願いします」


 事務所内にパチパチと拍手が鳴り響く。

 そしてFMK自慢の1期生たちは、わらわらと奥入瀬さんを取り囲んで我先にと自己紹介を始める。まるで転校初日の転校生まんまだな。

 親睦を深めるのは良い事だ。ただしほどほどにしておかないと、どう見ても人見知りするタイプの奥入瀬さんのメンタルが危険だろう。

 折を見て引き剥がしにかかるか。




 密林配信社長の有栖原から、笛鐘琴里の権利を買い取ってから数日が経っている。

 琴里の配信に必要な諸々のデータは既にこちらに引継ぎ済みだ。

 ついでに昨日の時点で、外部へ向けて『笛鐘琴里、FMKに移籍』との発表は済ませてある。

 それに対する世間の反応は『どういうこと?』である。


 そりゃそうだ。

 FMKと密林配信なんて、外から見たら一切接点のなかった事務所同士なのだから仕方ない。実際、小槌と楼龍の絡みがあったくらいで、本当に接点はなかったわけだし。

 一部では裏で妙な繋がりがあるのではと勘繰られているようだし(エゴサ調べ)、やはりある程度の経緯は説明するのがベターなのだろう。

 万年炎上事務所と一緒くたにして語られるのは、こちらとしては御免こうむりたいのが嘘偽りない本音なのだから。

 個人的にも有栖原は気に喰わないしな。

 で、その説明の役割は笛鐘琴里本人にやってもらうことにした。

 移籍後初となる、今日の配信でだ。


「ほら、お前らその辺にしとけ。奥入瀬さんが困ってるぞ」


 もみくちゃにされて玩具にされていた奥入瀬さんを救出する。

 バカどもはキャーキャー笑いながら蜘蛛の子散らすように逃げて行った。


「あいつらやりたい放題だな……大丈夫か?」


「あ、はい。ちょっとびっくりしただけです。密林配信はこういうのなかったので……なんだかアットホームな感じがして良いですね」


「おっ、そうだな」


 ちなみに俺はアットホームな職場という言葉が嫌いだ。

 求人募集に書いてある地雷ワードのひとつだしな。

 新しく入って来る人間が内輪のノリに馴染めないと、疎外感を覚えて精神的苦痛を味わうことがままある。

 奥入瀬さんは大丈夫だろうが、今後うちの事務所も規模が大きくなってくれば、そういった人間関係のトラブルは必ず発生することだろう。

 要注意だな。


「それよりも、今日の配信で話してもらう内容……密林からこっちFMKへの移籍した経緯についてだけど、七椿が作った台本をメールしといたから目を通しておいてくれ」


「分かりました」


 今回の件について、起こったこと全てをリスナーに説明すると、何処かしらに角が立つのは明らかだ。

 しかし関係者の口から何の説明もないと、ライバーに同じ質問を延々とする輩が現れたり、さっきも言ったように陰謀論めいた邪推をしてくる人間が出てきてしまう。

 なので、なるべく事実に基づいたカバーストーリーを用意して、それを当事者である奥入瀬さんの口から語ってもらうことに決まったのだ。

 一応、台本の中身については有栖原にも見てもらってOKをもらっている。

 本当に中身を見てくれたのかは怪しいところであるが。


 ちなみに奥入瀬さんからの要望で、幽名との出会いや、密林から契約解除されて塞ぎ込んでいた自分を幽名が救ってくれた話はちゃんと台本に盛り込まれている。

 お陰でちょっとした感動エピソードみたいになってるが、まあその辺は事実だから別にいいだろう。


「で、もう片方の件もしっかり宣伝よろしくな」


「はい!」




 ■




 笛鐘琴里、移籍のご報告と重大告知です。



 契約解除以来、初めての配信となる奏鳴は、大方の予想通りにガチガチに緊張してしまっていた。

 代表に威勢よく返事したは良いものの、いざ我に返ってみるとなかなかの大役であるように思う。

 移籍することになった経緯をちゃんと説明出来るか不安しかない。

 台本有りとはいえ、パニックにならなければいいのだが……。

 しかしモノは考えようだ。


「どうせ私の配信なんて元々人も少ないし……私のことなんて、みんなそれほど興味ないだろうから大丈夫だよね……」


 ネガティブ方向に舵を切ると、驚くくらいに精神が安定してきた。

 琴里の配信は確かにずっと前から同接数が少なかった。

 自分はダメダメな配信者だったのだから当たり前だ。

 そんな自分が戦力外通告という形で契約解除されて、更にお情けでFMKに拾ってもらって……。

 こんなに不甲斐ない自分について来てくれるリスナーなんて、きっと一人もいないだろう。

 そう思っていた。

 なのに、


〈おかえり〉

〈移籍おめでとう! 本当に良かった!〉

〈あのまま消えることにならなくて良かった〉

〈待ってたよ〉

〈FMKに感謝!〉

〈おかえり~〉


「――っ!」


 自分のことを待っていてくれたリスナーと、おかえりというたった4文字の言葉に、奏鳴は自分がどれだけ馬鹿だったのかにようやく気が付かされた。

 みんなに迷惑を掛けないために、笛鐘琴里を諦めようとしたことがあった。

 でもそれは間違いだった。

 人を想うあまり、自分を想ってくれる人の心を蔑ろにしていた。

 トップVTuberに比べたらまだまだ少ないリスナーたちだが、彼ら彼女らの想いを危うく傷つけてしまうところだった。


「心配かけちゃってごめんなさい、色々あったけど、無事にこうしてFMKに移籍という形でVTuberを続けられることになりました……その……」


 伝わるかどうかは分からない。

 それでも琴里は、画面の向こうで待っていてくれたリスナーに、力いっぱいの笑顔と共に、


「みんな、ただいま!」


 暖かい言葉への返事を返したのだった。


 ■


 奥入瀬さんはきっと気付けただろう。

 琴里は自分が思っている以上に、多くのリスナーに応援されていたってことに。

 彼女だけじゃない。小槌だって幽名だって☆だってナキだって、みんなには多くのリスナーが付いていてくれている。

 それはついぞ俺が成し得なかったことだ。

 漆原の帰りを待っている人間など間違なく皆無だろうが、琴里の帰りを待っている人間がいないわけがない。

 笛鐘琴里は、有栖原が馬鹿にしたほど無価値じゃなかった。

 ただそれだけのこと。


『それじゃあ最後に大事なお報せがあります』


 FMKへの移籍の経緯を説明し終えた琴里が、改まって重大告知を発表する。


『FMK所属のスターライト☆ステープルちゃん……さんが歌う、FMK初のオリジナル楽曲の作曲を、琴里が担当することになりました。頑張って最高の曲を作るので、楽しみにしていてください!』


 そして少女は夢に向かって新しい一歩を踏み出した。

 彼女の……彼女たちの夢が花開くかは、事務所がどれだけ手助け出来るかによって変わってくるだろう。責任重大だ。

 俺はこれからも彼女たちをサポートしていけるよう、より一層FMK代表として頑張らねばなと気合いを入れる。


 だがこの時の俺は知る由もなかった。

 トレちゃんのオリジナル曲を巡るこの一連の騒動が、まだ始まったばかりだったということを。

 そして俺は思い知るのだ。


 メリーアン・トレイン・ト・トレイン。


 彼女もまた、FMK触れるモノみな傷付けるな存在であったことを。


 


 ――To Be Continued.

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