密林配信、社長室の一幕

「――で、結局金廻小槌の失言を引き出すまでは至らなかったと」


 小槌、楼龍、ツンのマテラテコラボ配信があった翌日。

 密林配信事務所の社長室にて、二人の女性が対峙していた。

 一人はこの部屋の主である有栖原アリスその人。

 そしてもう一人は、楼龍兎斗乃依の中の人をしている女だ。


 ポニーテールと、前髪で片目を隠した特徴的な髪型。

 そして場違いにもスポーティなデザインのサウナスーツを身に纏った楼龍は、社長室に置いてある高級そうな革張りのソファーに腰かけて、リラックスした様子で首肯した。


 金廻小槌から失言を引き出して炎上させよ。

 という、数日前に有栖原から言い渡されたミッションは普通に失敗していた。

 今はちょうどその報告を済ませたところである。

 本当はこの程度の報告は電話で終わらせても良かったのだが、別件で事務所に寄る予定があったので、どうせならと楼龍は直接報告に来たのだった。


「いやぁ、めんごめんご。私としても最大限努力はしたんだけど、やっぱり何事も思うようにいかないのが世の常ってやつなのかな。現実問題、相手に狙って失言させるってなかなかどうしてハードルが高くてにっちもさっちもいかなくなっちゃったね」


「よくもまあ、そこまで中身のない台詞をだらだら引き延ばして話せるものなのよ」


 誤魔化すように捲し立てる楼龍のお喋りに、有栖原がしっかりと苦言を呈してくる。

 呆れ混じりの溜息を吐いて、それから有栖原は興味が失せたように楼龍から視線を外してスマホを弄りはじめた。


「まあ、最初からお前には期待してなかったのよ。もう下がってもいいのよ」


 ドライに淡白に、有栖原が退室を促してきた。

 しかし楼龍は帰ろうとせずに、むしろソファに横になってリラックス極まる体勢を取ってから話を続けようと試みる。


「ふーん、もっと嫌味や小言を言われるのかと思ったけど、今日はそういうのないんだ。いつもみたいにネチネチしてこないのはなんで? 最初から期待してなかったってことは、駄目で元々でやらせていたってこと? それとも本当は有栖原社長には、小槌を炎上させる以外に何か狙いがあったとか――」


「ええいもう! お前ぺちゃくちゃと五月蠅いのよ! なんで帰れって言ってるのに居座ってるのよ!」


「いーじゃん、私と有栖原社長の仲じゃーん。で、実際の所はどうなの? 後学のために聞いておきたいなぁ、社長の聡明で深遠なお考えの一端を」


「ふんっ、煽てたって無駄なのよ。ただまあ、少しくらいなら答えてやってもいいのよ」


 相変わらずのちょろさだった。


「金廻小槌が燃えれば良いと思っていたのは事実なのよ。前にも話した通り、金廻が引退するようなことがあれば、FMKにとってかなりの痛手になるだろうから」


 そこは本当に前に聞いた通りの答えだ。

 楼龍は余計な口を挟みたくなるのを我慢しながら続きを促す。


「もう一つの狙いは、金廻がどれほどの力を持っているのか確かめるためなのよ」


「どれほどの力を持っているか?」


 有栖原の言葉に、楼龍はつい我慢出来ずに口を開く。

 短い我慢だった。


「どれほども何もド下手クソだったよ、小槌のFPSの腕前は。初心者以下、初心者未満、まだチンパンジーか猫の方が上手にプレイ出来るんじゃないかって言うくらいには下手を極めていたかな」


「流石のアリスもそこまで悪し様に扱き下ろしたりしてないのよ……じゃなくて」


 楼龍の容赦ない物言いに若干引きつつ、有栖原がおもむろにスマホをデスクの上に置いた。


「ゲームの腕前なんてどうだっていいのよ。知りたかったのは、ヤツがどれほどの天運に恵まれているか……例えば運の要素がそれほど介在しない戦いに放り出された場合、果たして金廻小槌はどのような結果を導き出すのか、それを見たかったのよ」


「はぁ……? なんか言ってる意味が良く分からないんだけど」


「分からないように言ってるから当然なのよ。…………昨日のマテラテでの勝負は、FPSが苦手な金廻にとって1の目しかないサイコロで6を出せと言われていたようなもの。そういう勝ち目のない戦いで強引に因果を捻じ曲げて勝ちを引き寄せようとした結果、マテラテのサーバーがダウンした。アリスと我が王はそう結論付けたのよ。幸運の女神に見初められてはいるが、上手くいかなければ全てを巻き込んで台無しにする。全く、つくづく恐ろしくて厄介な存在なのよ」


「???????」


 疑問符をいっぱい頭上に浮かべる楼龍。

 有栖原の発言を短くまとめるなら、小槌はめちゃくちゃツイてるけど、運の力だけじゃどうしようもない勝負だったから、世界がバグってサーバーが落ちた。みたいな感じだろうか。


 戯言にもほどがある。

 因果がどうとか急に中二病めいたことを言い始めたし、もしかしたら有栖原は最初から楼龍の質問にまともに答えるつもりはなかったのかもしれない。

 それよりも気になったのは、なんだか有栖原が小槌のことを詳しく知っている口振りを取ったことだ。


「社長って、もしかして小槌の中身を知ってたりするの? 実は旧知? 声を聞いただけで知り合いだって分かるような深い仲? それがまさかVTuber業界で敵同士で巡り合ってしまったなんてドラマティックな展開だったり? うおおおお熱くなってきた」


「勝手に熱くなるんじゃないのよ。金廻についてはこっちが一方的に知ってるだけなのよ。アレの中身は、裏の世界ではそこそこ有名だから」


「裏の世界? さっきから中二病過ぎない? その歳で拗らせるのはちょっと……来年には二十歳だよね、もうちょっと大人になろう」


「アリスは正常なのよ! お前と話してるとほんと疲れるのよ! ちょっと誰か! このアホを社長室から摘まみ出すのよ! 今すぐに!」


 どうやら怒らせ過ぎたらしい。

 有栖原の呼びかけに応じて数名の黒服が部屋になだれ込んでくる。

 そのまま楼龍は、黒服たちに拘束されて社長室の外に放りだされてしまった。

 

「気が短いなぁ、うちのボスは。まあいいや仕方ない今日のところは引き下がるとするか」


 一人になっても口を動かし続ける楼龍は、近くのエレベーターに乗り込んでグリーンヘルズビルの1階まで降りて行った。

 そして1階に着いてエレベーターの扉が開くと、見知った顔がいきなり目の前に飛び込んできたので、思わず驚いてハグしそうになってしまった。


「お、琴里だ。こんな場所で会うなんて珍しいね」


「あ、楼龍さん。どうもこんにちわ」


 密林配信に所属している楼龍と同期のVTuber――笛鐘琴里の魂がそこにいたのだ。

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