【サウナ】蒸されながらマテラテでコラボ配信【楼龍&小槌&ツン】#2

 ドン勝とは。

 とあるバトロワ系ゲームから生まれた用語であり、最後の1人まで生き残って勝利するという意味で使われる言葉である。

 最後の1人になるということは、他のプレイヤーを全滅させなければならないということであり、そもそも土台として敵に攻撃を当てるだけのPプレイヤースキルが要求されるのは言うまでもない。

 そして小槌はエイムがミジンコレベルで下手という致命的な弱点を抱えている。


「いや~、ミジンコ未満かもね」


『え、急になに?』


『頭の中で考えていたことの続きを口に出しちゃっただけね! 楼龍にはよくあることだから気にしなくていいわよ!』


『気になるっていうか絶対にあたしの悪口言ってない? 絶対にミジンコ未満のヘタクソとか思ってるわよね?』


「あ~、惜しい」


『おい』


 流石に気安すぎたかなと楼龍は火照った頭で少しだけ反省する。

 いくらサウナで脳みそがドロドロになっていたとしても、そこまで親しくない相手を馬鹿にするような発言を配信中に漏らすほど迂闊ではない。

 ないはずだったのだが、なんというか、小槌が相手だと不思議と気持ちが緩んでしまうのだ。

 小槌は超絶大雑把で適当な性格をしているが、だからこそこちらまで自然と適当な応対をさせられてしまう。

 まるで十年来の付き合いがある、お互いに気兼ねのない友人のように。


 普通なら自分の何倍も登録者数のあるVTuberとコラボするとなれば、多少は委縮したり遠慮したり、そういう態度が隠そうとしても滲み出てしまうものだが、小槌は最初からそういう気配が微塵もなかった。

 DMを一週間も未読無視した件に関しても平謝りだったし、最初から兎斗乃依っち呼びだったし、タメ語だったし、新しいマネージャーへの愚痴とか聞かされたし。

 楼龍が『小槌って距離の詰め方超えぐいね』と言ったのは、そのままの本心だったわけだ。


 自分は相手に対して遠慮しないし、相手にも自分に対して遠慮させない。

 まさに無敵の女ってわけだ。


「ふっ……小槌は無敵城シルヴァーグローリーってわけだ」


『何言ってんの? 頭大丈夫?』


『そろそろヤバイかもしれないわね! いつもはもうちょっと長持ちなのに、今日は早めにサウナで倒れるかもしれないわ!』


 褒めたつもりなのに何故か通じなくてがっかりする楼龍だった。

 そんなくだらないやり取りをしている間にもマテラテのマッチは無慈悲に進行していく。 

 今小槌は、またもエリアに追われるように移動を始めたところだ。

 残り人数は更に1チーム分減って残り19人。

 それほど広くない、もう十分狭いといって差し支えないマップ内に19人ものプレイヤーがひしめいている。


「まだこんなに残ってんの? もっと減っときなさいよ」


『乱戦になりそうね!』


 バシャぁ。


 二人の会話に、楼龍は石に水をかける音で返事をした。

 場は急速に煮詰まり、楼龍の脳内もグツグツと心地良い煮え方をし始めている。


 状況を整理しよう。

 現在のエリア縮小から予測するに、最終的な戦場は4、5階建てのビルがいくつも立ち並ぶ市街地エリアとなりそうだった。

 隠れる場所が多く、ソロとなった小槌がハイドし続けるにはそこそこ有利なマップと言えなくもない。

 が、敵プレイヤーに狙われた場合、隠れていた建物がそのまま棺桶になる可能性は大いにある。

 屋内戦の立ち回り方なんて当然小槌は知らないだろうし、それ以前にスナイパーライフルで屋内戦はやるもんじゃない。

 世の中には凸砂という、芋砂とは真逆の概念も存在しているが、小槌にはどちらも無理ゲーだ。

 はよスナイパーライフル捨てろ。

 そう思っている目の前で、小槌がスナイパーライフルを抱えたままビルの中へと入っていく。


 ここまでで多少は操作のコツを掴んだらしく、まだぎこちなさはあるが、最初よりはマシな動きで小槌がビル内のアイテムを回収していく。

 インベントリを開いて、いらないアイテムを捨てる動作は全然遅くてヒヤヒヤするが、それでも確実に成長しているのが見て取れた。

 そして小槌は迷いない足取りでビルの屋上に上がる。


 位置取りは悪くない。

 敵プレイヤーが同じ建物に入って来さえしなければ、この屋上から市街地のある程度の範囲を狙撃出来る場所にいる。


『っし、ここなら――』


 と、スコープを覗き込もうとした小槌の肩を銃弾が貫いた。


『痛った!?』


『隠れて小槌ちゃん!』


 ツンに言われるまでもなく、小槌は今しがた昇って来たばかりの階段の方へと転がり込んだ。


「狙撃されたね」


『それ、あたしがやりたかったヤツなのに』


 こちらが考えることは大体相手も考えているものだ。

 他のビルの屋上に陣取っているプレイヤーが、ノコノコと屋上に顔を出した小槌に手痛い一撃を喰らわせた。ただそれだけのことだ。

 だが、ただそれだけのことで、小槌は一気に屋上に顔を出しづらくなった。

 もしフォーカスされて全弾命中しようものなら、一瞬でヘルスが溶けてなくなるだろう。

 小槌にはダウンしても起こしてくれる味方ももう居ないし(自分で殺したから)、これ以上リソースを削られても補充する余裕もない。

 だから敵に狙われていると分っている場所に、安易に飛び出していけなくなってしまった。


『今どっから撃たれたんだろ。せめて場所が分かれば反撃のしようもあるのに』


 普通に安易に飛び出そうとしていた。

 感心なチャレンジ精神だ。

 下手だけど。


「場所分っても当てられなくない?」


『できらぁ!』


『このゲームの窓ガラスは割れない仕様だと思うから、階下の窓越しに確認してみるといいわよ!』


 ツンの案に従って、小槌が回復しながら窓越しに市街地の様子を確認する。

 見える範囲に少なくとも3チーム、計9人がそれぞれ別の建物の屋上でうろちょろとしていた。

 それから建物の中を動き回っている影が1、2、3、4……全部で6。2チーム分。

 そして遅れて遠くから最後の1チームが市街地に走って来るのが見えた。

 ソロで引き籠っている小槌と合わせて19人。

 全員が同じエリアに集結したことになる。


『うわー、ここまでひしめき合ってると、かなりカオスなことになるわね!』


「本当に酷い乱戦になりそう。運が良ければ漁夫って勝ちを拾えるかもだけど」


『運、ね』


 バトロワ系FPSで小槌くらい下手な初心者がソロになってしまった場合、最後まで生き残るにはある程度の条件が重なる必要がある。

 理想的な展開としては、自チーム含めて残り3チームくらいのところまで生き残り、他の2つが勝手に潰し合って、その戦いが終わったら敵の残りが1人になっている、とかだろうか。

 小槌の腕からして残敵チームが1になったとしても、相手が2人以上なら敗北は必至だ。

 更に、最後に都合良く敵が1人だけになった場合でも、相手のプレイヤースキル次第では手も足も出せないはず。つまり最後の1人がそこそこ未満の腕前であることも必須条件といえる。


 加えて敵のヘルスがある程度削れていてくれる必要もある。

 ここまで全攻撃を外している小槌のことだ。1対1に持ち込めたとして、スナイパーライフルを2回以上当てるのはかなり困難だろう。

 出来ることなら、たった一発当てるだけで倒せるくらいに敵の体力が減っていてくれることを祈るしかない。

 そう考えると相手に回復の隙を与えない戦術も必要だろう。

 

『まずは最終盤まで生き残らなきゃ話にならないわね』


 ビルの内部に腰を落ち着けながら、小槌が呑気にエモートを出して遊ぶ。

 状況は膠着している。

 市街地に集結したパーティーは各々が陣取ったビルから動こうとせず、遠距離攻撃が可能な銃か魔法で相手のリソースを削るべく牽制攻撃を仕掛けているのみに留めているようだ。

 動きがあるとすれば、次のエリア縮小のタイミングだろう。

 市街地中央へとエリアが狭まり、いくつかのビルは範囲外へと放り出されてしまう。

 そうなると範囲外となるビルを拠点にしていたプレイヤー達は否が応でも移動せざるを得ない。

 残念ながら、小槌の居るビルは範囲外。エリア縮小に合わせて移動しなくてはならない。

 次のエリア縮小まで残り45秒。もう時間がない。


「ここからどうするの?」


『ギリギリまで待つ』


『そうするしかないわね! 今動いても集中的に狙われるだけよ!』


『そんで建物には入らずに、外の安全そうな場所で待機するわ』


『清々しいくらいにハイド一辺倒ね!』


 そもそもエリア内のビルは、先んじて行動している他のプレイヤーに占拠されてしまっているだろう。

 中に踏み込んで制圧するだけの力があれば話は変わるが、今の小槌にそれを期待するのは酷でしかない。

 つまり最初から、外で敵に標的にされないようコソコソするくらいしか選択肢が残されていないだけとも言える。


『エリアが縮小するわよ!』


 ツンが叫ぶと同時に、小槌が動き始めた。


 ■


 エリア外は視覚的に判別出来るように、半透明の赤い壁として表現されている。

 その赤い壁を割って外に出てしまうと、継続的にダメージを受ける仕様だ。

 ビルの裏手からコッソリと脱出した小槌は、迫って来る赤い壁を限界ギリギリまで引き付けてから、ようやく移動を始めた。


 既にあちこちでド派手な銃撃戦が幕を開けている。

 鳴りやまない銃声と爆発音、水の音と何かが凍る音、雷鳴、土砂崩れみたいな音、風の声。

 音だけ聞いていると、戦場と言うよりまるで地獄のようだった。

 戦場と地獄にどれほどの差異があるのかは知らないが、ともかく。

 小槌は無事にエリア内に入り、安全そうな遮蔽物の裏に隠れられていた。


 気付けば残チーム数5、残り人数は12人になっていた。

 小槌を除くと残り4チームで11人。

 3人チームが3つ、2人チームが1つという計算になる。

 順調に絵に描いた餅が現実のモノになりつつあるが、同時に厄介な問題が浮き彫りになってきていた。


『1人やたらと強いヤツがいるくない?』


 小槌に言われて気が付いたが、キルログを見ると直近の4キルが全部【bd_EN】という名前のプレイヤーによるものだった。

 いや、確認している間に更に2キルで連続6キル……ログからはみ出ているだけで、もしかしたらもっとキルを重ねているかもしれない。


『bd? bdって、もしかしてあのbdなの!?』


 そのbdという名前に、ツンが過剰な反応を示してきた。

 いや、ツンだけではない。


:bd?

:bdって、最近他のFPSでも名前見るアイツか

:例のチーター疑惑のプレイヤーだよな

:マジか、小槌も運ないな


 リスナーの中にもbdの名前を知っている者がちらほら居る様子だった。

 どうやら有名人らしい。


『誰なのよ、bd』


『ここ最近色んなFPSで大暴れしてる謎のプレイヤーよ! プロゲーマーを一方的にボコるくらい強いんだけど、あまりに人間離れした挙動をするからチーターか何かじゃないかって噂の!』


 ツンの解説によると、bdはとりあえず滅茶苦茶強いらしい。

 その力が実力か不正によるものなのかはともかく。


『人数を減らしてくれてるのはありがたいけど、コイツが残ると厄介ね』


 想定していた中での悪いパターンの一つ――最後の敵が小槌がどう足掻いても勝てっこないくらいの強敵、に当てはまる。

 bdを何とか出来るものなら何とかしたいと小槌も思っているのだろうが、それが出来ればとっくに与ダメ0から抜け出せているだろう。

 指を咥えて見ている間にbdの犠牲者が3人増えた。

 これで残りは7人。残チーム数は4チームとなった。


 敵の人数分配は、

 1、2、3か、

 2、2、2かのどちらかだ。

 最悪なのは3人チームの中にbdがいる場合。

 好都合なのは1人チームがbdで、小槌以外の敵をbdが殲滅してくれる場合。

 いずれにせよbdとの決戦は免れないが、可能性に掛けるならbdが1人で居てくれることを祈るしかないだろう。

 

 長かったマッチが急速に収束を迎えつつある。

 そして決着を早めるかのように、次のエリア縮小まで始まってしまった。


『腹括ってやるっきゃないわね』


 小槌が物陰から動き始める。

 ここまでは運良く標的にされていなかったが、小槌の幸運は残念ながらそこまで長く続かなかった。


「――お、足音」


『小槌ちゃん右!』


『っ!』


 動揺に画面が揺れ、視点が90度右に回転する。

 道路を挟んだ向かい側。

 そこには、湖で小槌を追いかけてきていた3人組が、仲良く銃口をこちらに向けて立っていた。

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