【マテラテ】新作FPSやるわよ【金廻小槌/楼龍兎斗乃依/広小路ツン】#3
「一鶴のやつ、箱外コラボでまで無茶苦茶なことするなぁ」
小槌のコラボ配信を事務所で見ていた俺は、味方二人を躊躇なく消し飛ばした小槌の奇行に呆れを通り越して感心すら覚えていた。
楼龍とのよく分からない勝負に勝つためとはいえ、手段に一切拘らず、真っ先に負けの芽を摘みに行く辺りは流石である。
やっぱ事務所の同期相手にコイントスでイカサマするやつは違うな。
俺達に出来なことを平然とやってのける。
そこに痺れないし、別に憧れもしないけど。
「代表、丸葉さんの配信が気になるのは分かりますが、今はこちらに集中してください」
「そーデスヨ!」
「あ、すまんすまん」
七椿とトレちゃんに窘められ、俺はスマホの画面を消して机の上に置いた。
俺は今事務所の会議室にいる。
会議室には、俺と七椿、それからトレちゃんと幽名が同席している。
議題はもちろん、例のオリジナル楽曲についてだ。
「奥入瀬さんから送られてきたサンプルは全員聞いてくれたか?」
「聴きマシタ! トッテモ良かったデス!」
トレちゃんが俺の質問に真っ先に挙手して答えてくれた。
トレちゃんは今日もかわいいですね。
幽名の友達の奥入瀬奏鳴さんが、FMKに拉致られる形で関りを持ってしまってからはや3日。
幽名の強引な勧めにより、オリジナル曲の制作に作曲者として推薦されていた奥入瀬さんは、早々にサンプル曲をいくつかまとめて送ってきてくれていた。
そのどれもが予想以上のハイクオリティ。
あらゆるジャンルのあらゆる曲調に対応出来るらしく、バラエティ豊富なサンプルの数々に思わず唸ってしまったほどだ。
トレちゃんの反応も上々だ。
「七椿と幽名はどう思った?」
「私も良いと思いました。ハッキリ言って素晴らしい腕前かと。これほどの曲を作れる人が、この分野でこれまで無名で居たことの方が驚きです」
おお。
あの七椿にここまで言わせるとは。
これはいよいよ本物だな。
「わたくしも右に同じですわ。やはりわたくしの眼に狂いはなかったようですわね」
当然幽名も高評価だ。
思わぬ人材発掘。まさか奥入瀬さんがここまでの実力者だとは思いもしなかった。
今回ばかりは幽名を褒めてやらないとな。
「曲の評価は満場一致で合格点だし、正直このまま奥入瀬さんに作曲を依頼しても良いと思ってるんだが、みんなの意見も聞かせて欲しい」
「イギ無しデスヨ? ハヤクこのヒトに、トレの曲を作ってホシイデース!」
「私も異論はありません」
「わたくしは最初から奥入瀬様以外に頼む気はありませんでした」
と言うわけで、満場一致であっさりと、奥入瀬さんに作曲を依頼することに決まった。
こうもとんとん拍子に話が進むと気持ちが良いな。
世の中の全ての会議がこうであればいいのに。
「それじゃあ、奥入瀬さんへの正式な依頼メールは七椿に頼んでもいいか?」
「はい、今送りました」
「はやい」
流石の七椿である。
ともあれこれで作曲者は決まった。
近いうちに奥入瀬さんをまた事務所に招いて……またというか、前回は拉致だったけど……ともかく、この集まりに奥入瀬さんも交えて、作って欲しい曲のイメージなどを伝えることになるだろう。
奥入瀬さんは作曲担当なので、MVの作成などはまた別の人を探す必要もあるだろうが、ともかくこれで一歩前進した。
気が早いかもしれないが、今から曲の完成が楽しみだ。
「トコロデ、コヅチの配信はどうなりマシタ?」
なんやかんやトレちゃんも一鶴の配信が気になるらしい。
「じゃあみんなで見るか。七椿、会議室のモニターに小槌の配信を映してくれ」
「はい」
「わたくしは自分の配信がありますので失礼しますわ」
なんか配信者みたいなことを言いながら幽名はさっさと会議室から出て行ってしまった。
みたいな、ではなく紛れもない配信者なのだけど。
だとしても、あんな言葉が幽名から出て来たのが驚きだ。
驚きのあまり気の利いたコメント一つ捻り出せなかった。
あのお嬢様にいつの間に配信者としての自覚が芽生えたのやら。
人間とは分からない生き物である。
「代表、モニターに映ります」
「ん」
会議室の壁掛けモニターに、金廻小槌が配信しているマテラテのプレイ映像が映し出される。
ゲーム画面と、配信画面右下に小槌、楼龍、それから広小路ツンとかいう個人Vの立ち絵を表示しただけの、VTuberのゲーム配信としてはまあよくある画面構成。
ぶっちゃけ普通のゲーム配信との違いは、Vのガワが置いてあるかどうかしかない。
そしてV界隈のほとんどのゲーム配信がこういう感じだからこそ「それってVTuberである必要なくね?」みたいな本質にメスを入れてくる輩が現れるのだ(この間の瑠璃みたいに)。
言いたいことは分からんでもないが、俺は基本的にはVTuberのゲーム配信に肯定的なスタンスでいる。
あなたがVTuberだと思ったものがVTuberです、みたいな心持ちだ。
さて、思考が逸れたが小槌の配信に話を戻そう。
会議室のモニターに映るプレイ映像は、先程から驚くくらい一切動きがない。
どこぞの高台の上で銃を構える黒髪の少女(マテラテはキャラクリが可能で、キャラの見た目は小槌に寄せてある)は、まるで時が止まったかのようにスコープを覗いたままの姿勢で完全にフリーズしていた。
これは、まさか――
「い、芋砂デス」
トレちゃんが俺の言葉を代弁してくれた。
■
どんな界隈にも業界にも、マナーとしてやってはならないこと、やらない方がいいことというものは存在している。
ネットゲームや対人ゲームにだって、そういう暗黙の了解的に忌避or非難される行為はある。
死体撃ち、屈伸煽り、騒音ボイチャ、遅延行為、負け確定からの回線切断、対人で一撃、ザンギエフに対する待ちガイル、バグ昇竜エトセトラエトセトラ……。例を挙げればキリがないくらいだ。
で、芋砂――イモムシみたいに這いつくばってその場から動かないスナイパーがマナー的にセーフかアウトかと問われると、正直微妙なラインだと俺は思っている。
延々とその場に留まり続ける行為は、ある意味スナイパーとしては正しい在り方だろう。
が、ゲームとして芋プレイが面白くないという感情は大いに理解出来る。芋プレイヤーにやられた側がムカつきを覚える感覚は全人類共通の概念だ(クソデカ主語)。
芋が不利になるシステムのゲームだと、そんなプレイヤーが味方だったりしたらいい迷惑だし、そういう意味では敵からも味方からも嫌われる行為とも言えなくもない。
やってる側は楽しいだろうけどな。
しかし俺の意見はどうあれ、芋砂という存在に対して快い感情を持っていないどころか、親の仇のように忌み嫌っている人間が多くいることを忘れてはならない。
ましてや配信者が芋行為に走るのは、画面的に動きが無くなってしまうのでどう考えても推奨出来ない。
何年か前に、ホッケーマスクの怪人が暴れ回るホラー対戦ゲームで箱内コラボをして、ベッドの下に隠れ続けてまで勝ちを拾いにいった結果「面白くない」という理由で炎上したVTuberも居たくらいだ。
そんな理由でいちいち炎上するなと言いたいが、そのくらいの些細な理由で炎上するのがネットというもの。
であれば、配信中の芋は極力控えるべきだろう。
というのが俺の見解だ。
君子危うきに近寄らず。
そしてそんな俺の信条と相反するスローガンを掲げる女がいる。
虎穴に入らずんば虎子を得ず、金は天下の廻りモノ、丸葉一鶴こと金廻小槌だ。
■
もう数分ほど経っただろうか。
小槌はなるべく目立たないよう姿勢を低くして、高台の上から一心不乱にスコープを覗いて敵の姿を探していた。
手に持つのは長距離射程のスナイパーライフル。
連射こそ出来ないものの、威力と射程に秀でているのがスナイパーライフルの特徴だ。
威力はともかく、今の状況において射程がどれほど重要かは説明するまでもないだろう。
なにせこちらは一発当てるだけでいいのだから。
ちょっと掠めるだけ、1ダメージでもいれられれば小槌の勝ち。
逆に一発も入れられないまま倒されるようなことがあれば、その時点で楼龍との勝負はドローになってしまう。
まともな撃ち合いになってしまうと、FPSヘタクソな自分の腕では本当に一発も当てられない可能性がある。
それを自覚しているからこその芋砂という選択肢。
まともな撃ち合いからの逃げだった。
:ガチで勝ちにいってるじゃん
:見に来たら芋ってて草
:へいへい小槌ビビってる?
:起きてる?
:うごけー!
:やーい芋女
:漁るの下手ですけど芋るのは上手いですね
チャットという名の雑音にも小槌の心は小揺るぎもしない。
波紋一つない水面のような穏やかな心でスナイパーライフルを構えている。
小槌はギャンブラーだが、目の前の勝ちを易々と見逃すほど甘い生き方をしていない。
イカサマだろうがアンチマナーだろうが、それが勝ちに繋がるのなら実行することに何の躊躇いもない。
何の賭け金もない勝負ならまだしも、これは相手から吹っかけて来た賞品有りの喧嘩だ。
そりゃあ全力で勝ちに行くだろう。
外野の野次などで動じるほどやわじゃない。
『それじゃあ暇だから、サウナASMRでもやろうかな。サウナストーンにかけたアロマオイルが蒸発する音~』
『ちょっと! 右耳がぞわぞわするじゃないの! 気持ちいい!』
「ぐ……」
何事にも動じないつもりだったが、思わぬ方向からの妨害に小槌は歯を食いしばる。
高性能ダミーヘッドからから送られてくる蒸発音に右耳をくすぐられて、全身から力が抜けそうになってしまった。
やることがなくて暇だというのもあるだろうが、楼龍の行動は徐々に奇行が目立つようになってきている。
さっきはハンドタオルから鳩を出す手品をやっていた。
鳩の鳴き声と羽音が聞こえたので多分本物の鳩を出していたのだろう。
リアルの様子が見えないのでリスナーの誰にも見えていないようだったが。
とにかく楼龍の奇行は、小槌の集中力を確実に削ぎ取っているのは確かだ。
いっそヘッドホンを外すか、楼龍の通話音量を下げれば解決するだろうがそれだけは出来ない。
コラボ相手との通話を切るのはデメリットがでか過ぎる。
勝負面だけを見れば利になるが、配信者としては大損となるだろう。
ただでさえ芋砂を選んだことで配信的には損を取っている状況だ。
これ以上、配信者としてリスナーに背信する行動だけは避けていきたい。
勝負に勝っても、試合で負けてたら話にならない。
勝負に勝って、試合で勝って、自分が一番得をするのが金廻小槌の最大目標なのだから。
そのためにどうすべきか、芋りながら頭を回して考える。
とりあえず与ダメ勝負に勝つのは当然として、どうせなら――。
とそこまで考えた所で制限時間がやってきてしまった。
『エリアが縮小してるわよ!』
自分を殺した相手にも懇切丁寧にアドバイスを送るツンの言葉を聞いて、小槌はマップを開いた。
バトロワ系のゲームは、それなりに広いフィールドに複数のプレイヤーが放り出されるのは前述した通りだ。
プレイヤー数が多い序盤は、フィールドが広くとも他のプレイヤーとの接敵はそれなりに発生する。
だがプレイヤー数が減って来る後半戦はそうもいかない。
もし運営がなんの対策も講じてなければ、バトロワの後半戦はだだっ広いマップを他プレイヤーを探して彷徨う時間の方が長いゲームになってしまうことだろう。
しかしそこら辺は上手く考えられているものだ。
大半のバトロワ系ゲームでは、時間の経過と共にプレイヤーが活動出来るエリアは徐々に制限されていく仕組みとなっている。
制限エリアの外にいると
つまり最終的には狭まっていくエリアに背中を押されるように、全てのプレイヤーがひとところに集まるようなゲーム設計がなされているわけである。
そしてそのシステムの意味するところは、芋行為が無限に出来ないということだ。
どれだけ芋りたくとも、エリア内に行かねばダメージを負ってしまうので、どうしても芋を中断して移動しなくてはならない。
「仕方ないわね、そろそろ動くか」
小槌は重い腰を上げて、次のスポットへ移動することを決めた。
結局他のプレイヤーの姿は見つけられなかった。
これ以上この場に留まっていても成果は得られないだろう。
芋のターンはもうおしまいだ。
チャットが芋女というワードで埋まってきててムカついてきたことだし。
心無い罵倒が効いてないフリをしても、しっかり効いている小槌なのだった。
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