【マテラテ】新作FPSやるわよ【金廻小槌/楼龍兎斗乃依/広小路ツン】#2

 マテラテにはいくつかのゲームモードがあるようだったが、小槌たちはまずスタンダードなルールのカジュアルバトルから挑むことにした。


『ランク戦もやってみたいけど、初心者が二人いるしまずはカジュアルね!』


 FPSガチ勢はランクとかに固執するよなー、と小槌はマッチングを待ちながら思った。

 普段はあまりFPSをやらない小槌的には、この手のジャンルのゲームは適当に銃をバカスカ打ってストレス解消出来ればいいというスタンスでプレイしている。

 文字通りのカジュアル勢というやつだ。


 味がしなくなるまでマテラテを擦るなんて冗談交じりに言いもしたが、多分誘われない限り自発的にマテラテを起動することは今後ないだろう。

 小槌のFPSに対する興味はその程度でしかない。


「お、マッチング成立したわね」


 ロビー画面が切り替わり、微妙に長いロードが挟まる。

 こういう間を持たせるために会話を繋げるのも、配信者として必要な技術なのだろう。

 ラジオなら5秒以上の沈黙は放送事故になると聞いたことがあるし、配信だってきっと多分恐らく同じようなもののはず。

 小槌は会話のネタを適当にいくつか思い浮かべてから、特に深く考えずに口を開く。


「そういや、兎斗乃依っちに聞きたいことがあったんだけどさ」


『へぁ?』


 心底気の抜けた返事が返ってきて、こちらまで脱力しかけてしまう。

 配信前の楼龍とは完全に別人だ。

 サウナにIQを吸われている。


「今回のコラボ、兎斗乃依っちから誘ってきたじゃん? どうしてあたしを誘おうと思ったの?」


 それは誰しもが疑問に思ってたことだろう。

 チャットを見ていると :これどういう組み合わせのコラボ? みたいなコメントも流れている。

 当事者である小槌でさえ、未だになぜ楼龍のような登録者的にも上位であるVTuberが、わざわざ他所の箱の格下Vに声を掛けたのかがイマイチ分かっていない。

 

 かたやギャンブル好きで、かたやサウナ好きのVTuberと、接点が無いどころか配信スタイルや好みまで全然違っている。

 しかもコラボするゲームが小槌も楼龍もそれほど得意じゃないFPSときたもんだ。

 何もかもチグハグで噛み合っていないようにしか思えない。

 どういう意図があって今回のコラボを企画したのか、小槌はその辺りも含めて楼龍本人に直接疑問をぶつけた。

 楼龍は『うーん、そうだなぁ』と少しだけ思案した後、


『じゃあこうしよう。このカジュアルバトル中に、小槌ちゃんが敵への与ダメを私より多く稼げたら、その質問に答えたげる』


「ほぉ」


 小槌は思わず感嘆の声を漏らした。

 サウナで脳みそは溶けているが、金廻小槌をやる気にさせる術は解っているらしい。

 カジュアルなゲームではモチベは上がらないが、何かを賭ける勝負事なら話は別だ。


「いいわね、それ。じゃあ兎斗乃依っちが勝ったら、あたしは何をすればいい?」


『それじゃ……小槌ちゃんの借金の理由でも聞こうかな』


「む」


『同期の子からお金借りてまで借金返したって噂は聞いたけど、その借金の理由とかは誰も知らないんだよね。それを聞きたいな』


 変な質問だ。

 興味本位でつつくにしてはプライベートに踏み込み過ぎているような。

 それに楼龍がいきなり饒舌になった気がする。


 怪しすぎる。

 密林配信が危ない事務所だという先入観を抜きにしても、その質問はライン越えギリギリ。普通ならそんなデリケートな所はつっつかない。

 しかし、だからこそ面白い。


「いいじゃん、面白くなってきた。乗ったわ」


『……本当にいいの?』


「金廻小槌に二言はないわよ。その代わりそっちも約束は守ってね」


『分かった』


『ちょっと! 何勝手に二人だけで盛り上がってるのよ! あたしも混ぜなさいよ! ずるいわよ!』


 ツンが叫んだところで、ちょうどタイミングよくゲームがスタートした。


 ■


 ――時は、小槌と楼龍のコラボ配信前日まで遡る。


 密林配信プロダクションの社長室。

 そこで楼龍は、密林配信トップである合法ロリ社長と一対一で向かい合っていた。

 なにやら重要なミッションがあるとかないとか、そんな呼び出しを受けての面談だ。


 どうせロクな話じゃない。

 そうとは分かっていても、断れる立場にないのが密林VTuberの辛い所。

 サウナ巡りをする予定をキャンセルして、楼龍はノコノコとここまでやって来たのだった。


「FMKの金廻小槌から失言を引き出すのよ」


 案の定と言うべきか。

 有栖原から下された指令は、そんな意味不明にもほどがあるものだった。


「ちょっと意味が分からないんですけど。FMKって最近出来たばかりのVTuber事務所だよね? 金廻小槌ってのも、競馬で1億もすって有名になった人ってことくらいしか知らないし、どうしてそんな人にちょっかい掛けるような真似をしなくちゃならないのかな」


「お前は黙って従えばいいのよ、今の生活を続けたいのならね」


「……」


 あまりにも傲慢な物言い。

 だが楼龍は首を縦にも横にも振らなかった。

 沈黙は肯定の合図にしかならないと分っていながら、楼龍は身動きが取れなかった。


「素直でよろしいのよ」


 社長――有栖原アリスは、蔑むような嫌らしい顔付きで笑う。


「些細な失言から炎上したVTuberは数知れないのよ。あの金廻小槌というVも、借金がどうとかきな臭い発言をしているし、叩けば埃が出てくるタイプだと思うのよ。だからまずはそこを突くのよ」


「でもどうやって」


「簡単なのよ。あの性格なら、ちょっと煽ってやれば簡単に勝負に乗ってくるはず。心配しなくてもアリスのプランはパーフェクトなのよ」


 ■


 まさかこうも上手くいくとは思わなかった。

 楼龍はふやけた脳みそをフル回転させながら、有栖原の思い描いた通りの展開になったことに驚いていた。

 あとはこの勝負に勝って、小槌の秘密を自らの口で語らせてやればいいだけだ。

 それで炎上するかどうかは小槌の借金の理由次第だが、もう賽は投げられてしまった。

 こうなったら楼龍も全力で戦うまで。


 全てはサウナのある生活を守るために――。



 ゲームが始まり、広大なフィールドに60人のプレイヤーが解き放たれた。

 マテラテのマッチ戦のルールは、世に数多くあるバトロワ系のゲームと大体同じ。3人1チームの計20チームがマッチに参加しており。最後の1チームになった時点でゲーム終了。そのチームの勝利となるルールだ。

 ただ、今回の主目的は小槌より多くの与ダメージを稼ぐこと。

 チーム全体での勝利を狙うよりも、個人の成績を優先した立ち回りが重視されるはず。

 転移魔法によって、バトルロワイアルの戦場に立たされた楼龍は、まず基本的な操作方法から確認していく。


『えっと、持ってきた魔法はどのキーで使うのかしら?』


『キーボードなら数字の1と2よ! パッドは分からないわ!』


 小槌の方も操作を確認する段階にあるようだったが、パッドでプレイしている楼龍と違い、キーボードの操作はツンが教えてくれるので確認はあちらの方が早そうだった。

 少しだけ焦りが生まれるが、ここで操作確認を怠ってしまっては勝てる勝負も勝てなくなる。

 まずは落ち着いて、冷静に――


『よっしゃあ! 死ねええ!』


「え」


 そんな雄叫びと共に楼龍の見ている画面が真っ赤に染まり、コントローラーがぶるぶると振動した。

 魔法が飛んで来た。どこから。背後から。

 敵? いや、違う。

 味方に撃たれたのだ。


「え、ちょ、ええええええ?」


『はい、ワンダウンと』


 容赦なく2発目の魔法がぶちこまれ、呆気なく楼龍の使用キャラがダウンした。

 フレンドリィファイア判定のある魔法による攻撃を、小槌が楼龍目掛けて使用したのだ。

 間違えてではなく、わざと。

 楼龍は遅れて小槌の意図に気が付いた。

 しまった。と思ったがもう遅い。

 

『あっはっは! その体じゃあ、もう敵にダメージ与えられないわねえ!? つまりこの勝負、もうあたしの負けはないってことよ!』


 無茶苦茶なやり方で勝ちを取りに来た小槌に、さしもの楼龍も開いた口が塞がらない。

 私、初対面のコラボ相手だぞ?

 これ配信だぞ?

 こんなやり方で勝ちを狙いにくるか? 普通。


「こ、この人頭おかしい……!」


『クレイジーは誉め言葉として受け取ることにしているの。狂気の沙汰ほど面白いってね』


『ちょっと! 仲間同士で殺し合いとかやめなさいよ! 無茶苦茶じゃないの!』


『蘇生されたら面倒だからツンも殺しとくか』


『はぁ? ちょ、やめ――いやぁあああ!!』


 勝負に負けたことよりも、巻き込まれて振り回されただけのツンが可哀想だと、楼龍は今更ながら心の中で謝るのだった。


 ■


:2Kill(味方)

:勝つために手段選ばなすぎやろ

:やっぱ小槌はそうでなきゃな

:草すぎる

:初対面の人間にする仕打ちか? これが

:そうそれだよクズ!



 楼龍との与ダメ勝負に勝つために、楼龍を含めたパーティーメンバーを二人とも容赦なく殺した小槌に対して、リスナーもすっかり慣れた様子で盛り上がる。

 ツンまでキルしたのはちょっとだけ罪悪感がないでもないが、敗北に繋がる要因を排除するのは至極当然のこと。勝負の世界は非情なのだ。


 とはいえまだ勝ちが決まったわけじゃない。

 味方へのダメージはシステム的にも与ダメにカウントされていない。

 ここから他のプレイヤーに一回も攻撃を当てられなければ、引き分けというしょっぱい結果に終わってしまう。

 味方をぶっ殺しておいてそんな幕引きはあまりにも格好が付かないだろう。


「さて、邪魔者が消えたところで物資でも漁ろうかなっと」


『誰が邪魔者よ! 味方!』


『……』


 普通にご立腹のツンとは対照的に、楼龍はノーリアクション。

 急に黙ってしまった。


 もしかしてマジで怒らせてしまったのかと小槌はちょっとだけ焦ったが、直後にヘッドホン越しにバシャバシャと水を掛ける音が聞こえてきて意識をそっちに持っていかれた。


「え、なにこれ、ゲーム音……じゃないわよね」


『これはロウリュのロウリュよ!』


「は? ……あ、サウナのロウリュか」


 ロウリュとはそもそも、熱したサウナストーンに水を掛け、発生した水蒸気で温度を上げるサウナの入浴法の一つである。

 今聞こえた水掛け音は、楼龍が柄杓か何かで石に水を掛けていた音だったのだろう。

 手持無沙汰になったから思う存分サウナに熱中するつもりなのだろうか。


『あぁ~~アロマオイルが毛細血管から染みわたる~~』


「めっちゃ寛いでるじゃん」


 サウナを満喫し始めた楼龍をおいておいて、小槌はいよいよマテラテに集中する。


 バトロワ系のゲームとジャンルで一括りにしても、やはりゲームによって仕様は若干異なっていたりするものだ。例えば装備についてがそうだろう。

 ある程度の武器やツールなどを最初から所持しているゲームもあれば、完全に体一つでマップに放り出されるゲームもある。

 マテラテは後者の方だ。


 マッチ開始時点でプレイヤーが所持しているのは、カスタマイズ画面で選択した二つの魔法だけ。

 それ以外の装備品やアイテムは、マッチ開始後にマップを探索して集めなくてはならない。


「まずは銃ね」


 与ダメを1でも与えれば、その時点でこの勝負は小槌の勝利となる。

 それなら別に今所持している二つの攻撃魔法だけでも十分かもしれないが、それだけだと不安要素がないでもないのだ。


 小槌が今回持ってきた魔法は[赤き紅レッドクリムゾン]と[火炎槍ファイアランス]の二つ。

 赤き紅は、前方の狭い範囲に触れたら大ダメージを受ける火柱を発生させる炎属性魔法。射程距離は目測2メートルほどと、かなりの至近距離専用だ。

 火炎槍は、炎で出来た槍を射出する魔法でミドルレンジクラスの射程はあるが、先程(楼龍とツン相手に)使ってみた感じだと、槍が飛んでいく速度がそこまで速くない。見てからの回避が間に合うくらいには遅い。


 どちらの魔法もさっきのように油断している相手に不意打ちで当てるなら十分使えるが、相手に気付かれている状態で当てるのは少々難しいところがある。


 それに魔法の弾数も問題だ。

 魔法はクールタイム制ではなく、MPがある限り何回でも使えるタイプのようだが、逆に言えばMPが底を尽きれば撃てなくなるということ。

 今さっき消費したMPは時間経過でじわじわ回復していっているが、回復速度は遅い。

 戦闘中にMPが底を付けば、その時点で魔法による攻撃はしばらく出来ないと思った方が良いだろう。


 魔法だけに頼っていると、射程距離、弾速、弾数、手数の全てにおいて後れを取ることになる。

 つまり魔法以外の攻撃手段があった方が絶対に良いということだ。

 そんな当然の理屈を頭の中で捏ねながら、とりあえず手近なビルの中へと入っていく。


「ビルとか銃とかあるから文明水準は近代以上っぽいけど、魔法も普通に存在してるのよね。マテラテってどういう世界観のゲームなの? ハリポタ的な?」


『科学と魔術が交差する世界観なんじゃない?』


『現代ファンタジーね!!』


『日本のゲーム会社が作ってるゲームだからね。世界観はラノベとかを意識していたとしてもおかしくは……ああ~~』


『最後まで頑張って喋りなさいよ! サウナに脳がやられてるわよ!』


「力抜けるわね」


 しょうもない雑談をしながら物資を集めていく。

 基本的にはそこらへんに転がっているアイテムにカーソルを合わせて、特定のキーを押すだけでアイテムを拾えるのだが、ここで少しだけ問題点が見えて来た。


:漁り速度おっそw

:モタモタ……

:初心者特有のモタモタ感

:操作がぎこちない

:なんやこのヘタクソ

:これはダメかもわからんね

:味方キルするのは上手いのに漁るのは下手なんですね


「くっ……チャットが腹立つ」


 リスナーに煽られるレベルで操作が下手だったのだ。

 これもこの手のゲームあるあるなのかもしれないが、物資を拾い集めるだけの行為一つとっても、熟練プレイヤーと初心者とでは雲泥の差があったりする。

 操作に慣れたプレイヤーなら流れるような動作で一切立ち止まらずにアイテムを集めていける。

 しかし小槌は典型的な初心者ムーブで、いちいちアイテムの前で一旦止まり、丁寧にカーソルを合わせて、それからキーを押してアイテムを拾っていた。

 そしてアイテムを拾う度にインベントリを開いて説明を読むオマケ付きだ。


『私より下手な人初めてみたかも』


『すっごいムズムズするプレイね! 手取り足取り教えてあげたいわ!』


「死んでるやつらがうるさいなぁー、もぉー」


 結局、一通り漁り終えるまでそれなりの時間を使ってしまった。

 その間に他のプレイヤーが姿を現さなかったのは幸運としか言いようがない。

 こんな下手糞な操作では、戦闘になれば一発も攻撃を当てられなかった可能性がある。

 そこらへんは小槌自身も自覚しているから、とりあえず漁り中に邪魔が入らなかったことに安堵の息を吐いた。

 ここからどう動くのかが問題だ。

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